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それぞれ一つずついただけまして?

 


 桃色の後輩ちゃんとサヨナラした私は、工場跡地に向かうその前に、再度商店街の方に足を運んでおりました。


 この町から買って帰りたいお土産と言えば一つしかございません。かつて私たちが懇ろにさせていただいていた揚げ物屋さんの商品です。


 今朝方はまだ準備中とのことでしたから指を咥えて待つしかできませんでしたが、用事を済ませた今は時は既に正午を軽く過ぎておりますの。


 世の中は完全にお昼ご飯タイムというわけです。この時間となってはさすがに開いていなければおかしいのです。 


 というわけで正面まで戻ってまいりましたの。

 まずは対面のベンチ付近から様子を伺います。



「おっ、よかったですの開いておりますのっ」


 先ほどまでは見えていなかったカウンタータイプのガラス棚に、様々な形の狐色に染まった揚げ物が並べられております。


 唐揚げに、コロッケに、メンチカツ、揚げ餃子、春巻き、更にはイカリングにオニオンリングにポテトフライまで……!


 昔よりもだいぶ品揃えが増えておりますのねっ! ひとえにおばさまの努力の賜物なのでしょう。手広い商売に感服いたしますの。


 しかしながらさっと駆け寄ってご挨拶するようなことはいたしません。


 本来であれば〝お久しぶりですね〟やら〝その後お変わりございませんか〟やら、長らく姿を消していたイチ知り合いとして話し掛けて差し上げるべきだとは思います。


 けれども何と言いますか、今更ちょっと気まずいとも言いますか。横に茜が居なければ尚更なんですの。


 それに私、今はただの部外者で行方不明者の一人でしかありません。一時的な帰郷を容易に一般の方に認知されてはいけないんですの。



 幸か不幸か、かつての私は制服姿かジャージ姿を訪問のデフォルトとしておりました。しかし今日は夏っぽい薄手の黒色ワンピースを着ております。


 顔付きだって多少は大人っぽくなったでしょうし。正面から見られたとしてもすぐには(いま)(むかし)を紐付けられないでしょう。であるならばあえて赤の他人を貫き通しておいた方が都合がよろしいのです。



 お店の入り口に近づくにつれ、酷く懐かしい香りが鼻腔をくすぐります。


 ああっ、とっても香ばしくて、全てが美味しそうに感じられて……またほんの少しだけ過去の思い出を振り返って、ついつい大きな溜め息を吐いてしまいます。


 まるで幽霊か透明人間にでもなってしまった気分ですわね。


 私が居ても、居なくなっても、ずっと変わらない暮らしがそこに存在し続けるというのは……とても喜ばしいことであり、同時に虚しいことでもあるのです。


 言いようのない疎外感を感じてしまいますの。

 これは仕方がないことなのでしょうけれども。



 名残惜しさという足跡を残したとして、いずれは他人に踏み固められて消されてしまうのがオチなのです。自分でも重々に分かっておりますの。


 ともすれば。私は風に吹かれて舞い踊る落ち葉のように、ヒラリヒラリと右へ左へ、勝手気ままに流れゆくだけですの。



 他のお客さんに混ざりながらしれっと店内に足を踏み入れます。多種の商品に目移りしてしまったとはいえ、買いたい物自体は朝に訪ねたときから変わっておりません。


 この町に来てから最初に食べた狐色の平俵の塊。


「あの、おばさま。コロッケとメンチカツ、それぞれ一つずついただけまして?」


 それが二種類ワンセット。両者のちがいと言えば中身がじゃがいもかお肉かくらいでしょうか。


 見るからにホクホクそうで美味しそうです。間違いなくお店のイチオシのままなのでしょう。その証拠に今も目の前でたくさん揚げられておりますの。



「はいよ。300円ね。めちゃくちゃ熱いから気を付けるんだ……あら? あなた……」


「きっと気のせいですのっ。今のはおばさまの勘違いか、よくて他人の空似程度の些細な気付きですの。コッホン。商品、確かに受け取りましてよ。それではまた」


「あ、ああ、ご贔屓に」


 素早く小銭を手渡して、代わりにアツアツな湯気の立つ紙袋を受け取ります。そうして訝しまれないうちにそそくさと店から退出いたします。


 ちょうどおばさまも確信が持てないようでしたので好都合でしたの。すぱぱっと誤魔化させていただきます。



 足早に人の波をくぐり抜け、裏路地を早足で駆け抜けて廃工場跡地へと辿り着きます。何度か後ろを振り返って確認してみましたが尾行などの気配は毛ほども感じられません。



 だだっ広い元駐車場に、私一人がポツンと佇んでおります。


 咳をしても一人、という不定型句が世の中には存在しておりますが、こういう寂しさが今の私にはお似合いですの。正直に言ってソロ活動は慣れっこ甚だしいのです。



「……ふぅ。さぁて、完全にミッションコンプリートですの。これ以上油を売っていては揚げ物が冷めてしまいましてよ。急いで帰りませんと……」


 茜には可能な限り美味しい状態で食べていただきたいのです。もう記憶の中には無いかもしれませんが、せめて私が淡い感傷に浸るくらいは許していただけましょう。



 悲しみの心を隠すように独り言ち、よっこらと地面に腰を下ろします。転移酔い対策です。



「では…………転移ッ! よろしくお願いいたしますの!」



 空いたもう片方の手で胸のブローチを握りしめ、強く言い放ちます。この装置を通じてアジト内のスタッフさんが合図の宣言を聞いてくださっているはずです。



 ものの数秒後、ブローチが手の中で鈍い光を放ち始めました。それに合わせてこの駐車場全体も淡く青白く発光し始めます。


 次第に身体が軽くなっていく様子がダイレクトに伝わってまいりまして……!


 おまけに脱水症状にでもなったかのように目の奥がチカチカと輝いてまいりまして……!


 やがて私のお尻が地面から離れるのを感じました。どうやら始まったようです。遅い来る酔いに耐えられるよう必死に目を瞑ります。


 上も下も右も左も、前も後ろも表も裏も、全てが分からない奇妙な感覚に囚われつつぅ……!


 またただでさえ空きっ腹で調子がよろしくないのに、そこから更に静止の訪れないバンジージャンプを何度も繰り返すような気色の悪さにびっしょりと冷や汗をかきまくりましてぇ……!


 こればっかりは何度やっても慣れません。

 私の三半規管は心以上にデリケートなのです。



 う……うぅ……うぇっぷ。

 ぐぐ……きゅるる……きゅう。


 あ、もうダメかもしれませんの。


 お馴染みのおゲロさんが喉のすぐ手前にまでコンニチハしてきて、流石にもうダメだと覚悟しかけたそのとき――








――もう一度お尻が固い地面に触れ直しました。



 ゴツゴツしたアスファルトではなく、ある程度ツルツルした打ちっぱなしのコンクリートな感触です。


 ああよかった。ホントに間一髪でした。私、吐瀉するぎりぎりで弊社のアジトに帰り着けたらしいのです。


 私の不快感が喉奥から胃のほうへと戻っていきます。

 毎回この調子では頻繁に外出するのは難しそうですわね。



 息を整えつつゆっくりと立ち上がります。


 手に持ったモノが冷める前に茜に合流いたしましょう。

 総統さんやカメレオンさんへのお仕事的な進捗報告はその後でも全然問題ないのです。


 

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