百理くらいありますね
「――以上が私から貴女にお伝えできる、身の上話の全てとなりますの……」
いつのまにかお天道様は真上近くに昇っておりました。話し始めから一、二時間くらいは経ってしまったのではございませんでしょうか。
滴り落ちていく汗を忘れてしまうほど昔話に集中しておりましたの。その間何も言わずに聞き込んでくださった花園さんには感謝の意しかございません。
「…………なる、ほど」
聞き終えた彼女はとても神妙そうなお顔になっていらっしゃいました。口を一文字に結ばれて、静かにお目を閉じられて。
何か彼女なりに思うところがあったのか、それとも心の底からただ共感してくださったのか、それ以上は特に何も仰いませんでしたの。
語りの途中、辛かった日々を思い出して涙ぐんでしまうこともございましたが、語れる範囲を出来る限りありのままに話させていただきましたの。心残りは一つもございません。
私が魔法少女になった経緯を起点として。
茜が倒れて、緊急搬送されて。
正しく治療を受けているのかと思えば、実は連合本部からの洗脳操作を受けていて。
意図せず暴れる彼女を取り押さえて。
……独りきりで戦うことを余儀なくされて。
全てがイヤになった私を、メイドさんが心から抱きしめてくださって。
確かな温もりをくださって。
逃げてもいいと、仰ってくださって。
……けれでも、それをよく思わない本部のヒーローに攫われてしまって。
そのお身体を傷付けられて、出血多量で気を失われて、運良く総統さん方に助けられたはいいものの、今もまだ、お目を覚まされていなくて……。
そうして、ずっとお待ち申し上げておりますの。
「…………正直、言葉に詰まってしまう内容、ですよね。にわかには信じがたいと言いますか」
「そう仰るのも仕方がないとは思いますの。けれども、全て紛れもない事実そのモノなのでございます……」
誇張と思われてしまったかもしれませんが、つい先日に追体験したばかりですもの。だから事細かにお伝えできるのです。
なお、助け出された以降のお話は伏せさせていただきました。何分企業秘密を多大に含んでおりますし、それにっ……まだお若いこの子には刺激的すぎる内容が溢れておりますからっ……!
うふへへへぇと頬が緩んでしまいそうになるのを必死に我慢いたします。こちらは自分の心の中だけに留めておきましょう。
さてさて話を戻します。
安全の為、私は悪の秘密結社さんのところにお世話になり始めました。手狭ですが自室も与えていただいて、ごろごろと勝手気ままに過ごさせていただいておりますの。
地下施設が意外なほど住み心地がいいとか、実は気さくで魅力的な怪人さんも多いとか、とにかく総統さんが男前で乙女心をギュンギュン刺激されてしまうのだとか、他にもたくさん理由はございますけれども……ッ!
今ではあの場所が私の拠り所となっておりますの。だから落ち着いて過去を懐かしむ余裕はあるのでございます。
「……これがお涙頂戴のお伽話だったらどんなによかったことか。何事もなかったら私、きっと今もメイドさんにべったり甘えたちゃんだったと思いますの。ずっとお子ちゃまのままで居られたはずですの。
……でも。現実はとっても非情でしたの」
「ううむぅ…………」
グッと息を呑み込んだ花園さんが今度はまっすぐな瞳でお言葉を発せられます。
どうやら何かに気付かれたご様子ですの。わりと顔に出るタイプの子らしいので分かりやすいのです。
「あのっ!」
「ふぅむ?」
「翠ちゃんのお姉さんがかなり危ない状況だったってのは分かりました。でも、今も確かにご存命なんですよね!? 会うことだって! 絶対に無理ってわけではないんですよね!?」
「え、ええ。それはもちろんですの」
あらあら中々核心をお突きなさいますのね。
むしろそれが本日の主題ですの。
長い長い前置きをさせていただきましたが、今日は貴女方のご招待をお知らせするべく、遥々この地上へと繰り出してきたのでございます。
懐かしの土地お巡りツアーが目的ではないのです。
ここぞとばかりに言葉を続けさせていただきます。
「ただし。その為にはお二人のご協力が不可欠となりますわね。今日はその交渉と言いますか、取り継ぎのご相談として貴女を尋ねさせていただいたのです。
ほら、いきなり翠さんに直接お伺いでもしたら、また無意味な争いに発展しかねないでしょう?」
「確かに……百理くらいありますね」
納得してくださったのかウンウンと頷きなさいます。
この私が早々に負ける相手ではございませんが、無傷で叩きのめせるレベルでもないと分かっておりますの。多少の生傷は覚悟していく必要があるのです。
その後に落ち着かれてお話を聞いていただけるならいいのですが、更に逆上されて逃げられてしまって、挙句の果てには修復不可能な仲となってしまう可能性も無きにしも非ずというわけでして……!
慎重にならざるを得ないというのが現状です。
実は和解のチャンスは次が最初で最後なのかもしれません。
独り渋い顔をしておりますと、こちらの意を汲んでくださったのか、彼女もほとんど同じ顔になってくださいました。
私とほんの少しだけ異なっているのは、苦笑いの要素も含んでいらっしゃるということですの。
「ふふっ。でも英断だと思いますよ。あの子、昔っからお姉さんのこととなると目の色変えちゃいますから」
「やっぱりお姉さん思いの子なんですのね……悪いことをいたしましたわ……」
私が幼少期からメイドさんに甘えて過ごしてこれたのは、妹の翠さんがずっと我慢してくれていたからなのかもしれませんわね。
この手で奪ったつもりはございませんが、このままずっと会わせてあげられないのも可哀想なのです。メイドさんもさっさとお目を覚ましてくださればもっとハッピーな形を迎えられるのですけれども……!
今ウダウダ言っていても決して前には進めませんの。
一気に跳躍する必要はございませんっ。
一歩一歩確実に歩みを進めてまいりましょう。
「というわけで、貴女には私の代わりに翠さんのご説得をお願いしたいのです。頼まれてくださいまして?
後日、秘密結社のアジト内へ〝私の友人〟としてご招待させていただければと思いますの。もちろん厳格な情報統制と監視の下で、とはなりますけれども」
「うぅむぅ……分かりました。どうなるかは正直読めませんが私の口から話してみます。あの、最終確認なんですけど、これホントに罠ではないんですよね?」
「ええ。最初からそう言ってますの。まったく疑い深い人でーすのー。今更貴女方レベルを罠に嵌めたところでっ、弊社にはなーんのメリットもございませんのにっ」
さすがに冗談混じりの質問だとは私も理解しております。ふふんとドヤめいて軽快にお返事して差し上げます。
やるならもっと手っ取り早い方法を選びましてよ。正直なお話、カメレオンさんに頼めば現役ちゃん二人なんて秒で攫ってこれるのですからっ。
ひっ捕えて猿轡を咥えさせて目隠しも被せて、縄でぐるぐる巻きにして俵担ぎの刑に処しますのっ。そうしないのは私の慈悲深さゆえですのっ。ですからご感謝くださいましっ。
「では、よろしくお願いいたしますの」
顔には決して出さず、代わりにぺこりと頭を下げます。
「こちらこそっ。今日はお手合わせをありがとうございました。あの、よかったらまたお願いしてもよろしいですか?」
「ええ。気が向いたらっ、でしてよっ」
せいぜい弄んで差し上げますの。
私としても気晴らしの運動程度にはなるのですから。
ただ、私たちが仲良くしているのを快く思わない方々もいらっしゃるはずです。その辺は十分にお気を付けくださいまし。
私も憎き連合本部の尻尾を掴む為、現役の貴女方を存分に利用させていただきますの。地の底に転げ落ちてもタダでは起き上がりませんので悪しからず。
これはその皮切りイベントとも言い表せるのです。
こうして私たちは次の面会の簡単な段取りを付けたのち、このまま学校裏修行広場にて解散いたしました。
花園さんとの連絡手段自体は交換しておりませんが、たまーにこちらから遊びに伺って進捗を確認させていただきたく思っておりますの。
その算段が付いただけ儲け物とも言えましょう。
これにて本日のミッション完遂です。
あとは茜へのお土産を買って、さっさとアジトへと帰りましょうか。