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私の過去

 

 おおよそ10分……いえ、20分は草原に座り込んでおりましたでしょうか。


 その間ずっと夏の日差しを身に浴び続けておりましたが、首元を通り抜ける風が意外なほど涼しげで、実はそこまでの苦には感じておりません。


 むしろのんびりとした気持ちになれて、いい気分転換になりましたわね。



 真隣に横たわっていたピンクさんからはいつの間にか啜り泣くお声は聞こえなくなっておりました。


 そうして、いつしかゆっくりと半身を起こされましたの。お腹を(さす)りつつも、お顔はどこか晴れ晴れとしておいでです。


 まるで今までの心の憑き物が落ちたかのような……もしくは悲しみの向こう側を正しく見据えられたかのような? 


 この短時間に心境の変化があったのでしょう。


 ひとまず疑問のお顔を向けて差し上げると、私の視線に気付かれてクスリと微笑みをお零しなさいます。どこか諦めにも似た苦笑い気味に見えますの。



「……やっぱりお姉さんって強かったんですね。こうして拳を交えてみて実感しました。あぁ、伝説の魔法少女さんは、ホントのホントに実在していたんだなぁって」


 そのまま遠い目で青い空をお見つめなさいます。


「んまっ。まさか疑っていらしたんですの? アレだけ私のファンを語っておいて!? 宝石よりもキラッキラした目を向けておいて!?」


「語る……? えっとそれいつの話ですか?」


「あ、いえ、何でもありませんの。お構いなく」


 咄嗟に大袈裟な身振り手振りで誤魔化しておきます。


 そうですの。あれは地下施設に捕らえていた頃の出来事なんですもの。忘れ薬を飲まされた今のピンクさんがカケラほども覚えていらっしゃらないのも無理はありません。


 むしろ、この()()では貴女と深くお話をしたことはございませんわよね。今日がお初とも言っていいくらいなのです。


 

 たーだーしっ。そうでなくともっ、私が伝説かどうかをさておいたとしてもっ!


 この強さは間違いなく本物なんでしてよ。

 前回だって目の前でお見せして差し上げたでしょう?


 もちろん現役の頃よりも今の方が格段にパワーアップしてはおりますが、少なくとも過去の私だって貴女よりは数段上の存在だったと旨を張って言えるんですのー。伊達に私、10万分の1の確率をくぐり抜けておりませんのー。



 ムムムと口を尖らせて抗議して差し上げますと、またもや小さな笑みを浮かべなさいます。



 そしてすぐ、悲しそうなお顔にお戻りになりましたの。


「…………最初から、疑ってなんていませんよ……」


 ふよふよと空を流れる雲を見つめながら、喉奥から絞り出すようにお続けなさいます。


「……貴女が本物だと分かっていたから……だからこそ、伝説の魔法少女さんは、もうここには居ないんだなぁって……そう実感してしまって」


「あっ……」


 

 ピンクさんの仰る意味がほんの少しだけ理解できてしまいました。



 募る思いの向け先が無くなる瞬間。


 場面も対象も異なりますが、私の先ほどの〝過去の我が家〟を慈しむ気持ちと近しい状態だと思うのです。


 我が家の跡地を見たからこそ、私はそこで過ごした思い出を懐かしむことができます。


 ……しかしながら。それと全く同じに。


 我が家の跡地を見てしまったからこそ、もう二度と戻れない現実を突きつけられて、ぼーっと立ち尽くしてしまったのもまた事実なのです。



 〝私の過去(彼女の憧れ)〟は、ここにはもう存在していないのだ、と。



 私をかつてのプリズムブルーだと認識してくださったから、なおさらイービルブルーの姿にどうしようもない虚しさを抱いてしまわれたのでしょう。


 心中をお察しできたからこそ、私も何も言えなくなってしまいます。


 優しさを以って投げかけて差し上げるべき言葉も、今は全て逆効果になってしまうような気がしてしまって。



 他に成す術もなく、私もただただ青い空を見上げます。


 どこまでも広がっていて、世界の向こう側まで繋がっていそうな、穢れなきお空。


 でも。それは。


 過去には少しも繋がっておりませんの。




 彼女はゆっくりとお言葉をお紡ぎなさいます。


 

「……競馬場でお姉さんと別れた日の後。実は私、ずぅっと現実逃避しちゃってたんです。

心のどこかではまだ、プリズムブルーさんは世界のどこかで活躍されていて、今日も人知れず世の為人の為に戦っているんじゃないかなぁーって。

だから、この前会った人は似ているだけの偽者なんじゃないのかなぁーって。……ただの浅はかな願望だったんですけどね」



 自嘲気味に笑みを零されます。

 澱んだ独り言を吐き出すように更にお続けなさいますの。



「だから……さっき地面に転がされたとき、ああ、この人はホントのホントにあのブルーさんなんだなって、分からされちゃいました。強かった。そしてとてもまっすぐな気持ちのいい拳でした。

……憧れのその人と戦えて嬉しかった反面……受け入れがたい現実の虚しさと悔しさもね……じわじわと湧いてきちゃったんですよ。

……プリズムブルーさん(・・・・・・・・・)には……もう、一生会えないんだなぁ……って……」


「……花園さん……」



 自然と、彼女のお名前が零れ出てきてしまいました。


 これはプリズムピンクとイービルブルーのやりとりではなく、一人一人の人として、花園桃香と蒼井美麗とが話をしなければならないのだ、と思ってしまったのです。


 今から行うべきなのは単なる説得ではなく、心と心の対話をしなければならないのだと確信してしまったのです。


 

 彼女の目を見て話しかけます。


 せめてまっすぐに。過去への後悔は一雫も無しに。



「花園さん。私のお話、聞いていただけますか?

かつてのプリズムブルーがどのような経緯で未来を捨てたのか。過去の私たちに何が起きたのか。そしてどのように今を生き延びているのか。

一つの嘘偽りも脚色もなく、できる限り丁寧にお話させていただければと思いますの」


 連合側の都合のいい伝説なんかより、ここに居る当事者の言葉を聞いてくださいまし。そこからご自身の頭で判断してくださいまし。



「……分かりました、お姉さん。貴女を本物の〝元〟魔法少女と信じて、聞かせていただきます。実際に飲み込むどうかは……その後に考えてもいいですか?」


「ええ。もちろんです。私もその方がいいと思いますの」


 一度にいろんな情報を与えられて、軒並み正しく取捨選択できるほど人は優れた生き物ではございません。だからこそ誰かを頼る必要があるのだと、寄り添い合う意味があるのだと思っております。

 


 今から紡ぐは、私の大切な人たち(茜とメイドさん)についてのお話ですの。


 どうか、どうか、静かに頷いて聞いてくださいまし。




「あれは……そうですの。やたら風の冷たい初冬の日のことでした。私は――」















――――――

――――


――





 

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