チカラが欲しいか
「……偽装 - disguise -」
一瞬の隙を見逃さず、いつもの変身文句を呟かせていただきました。今回は装備変更の為だけの詠唱です。
見る見るうちに手に持った杖が溶けていきます。〝し〟の字の棒状だったモノが、硬貨ほどの小さな輪っかが連結された鎖状のモノとして再形成されていきますの。
長さは3メートルほどでしょうか。取っ手以外の部分が柔靭な鞭へと変化いたしました。つまりは鞭杖というNEWスタイルです。
猛獣使いのようにピシャリと地面を叩きつつ、ピンクさんに牽制的に言い放ちます。
「さぁて、ここから先は私のターンですの。スーパーご調教タイムをご披露いたしましてよ。その無垢なお身体にビシバシ喝を入れて差し上げますからご覚悟くださいまし」
「クッ……!」
戦いの基本は拳による格闘ですが、さすがに武器使用に長けた人が相手では分が悪いのです。こちらのただの杖では不恰好な盾にも成り得ません。
それに私、お恥ずかしながら不意打ちや搦手の方が得意なのです。魂は熱くまっすぐに、されども心は冷静に。人にはヒトの何とやら、という言葉を借りるわけではありませんが、自分に合ったスタイルを柔軟に取り入れていくのが成長の鍵ですの。
耐え忍ぶだけの過去の私とはオサラバいたしました。
ここに居るのは勝利を見据えて最善策を選択できるオトナなデキる女性です。
「ピンクさんよろしくて? 自分よりも格段に強い相手に対峙したとき、そこからどのように行動できるかが一番大切ですの。
別に逃げるのは恥ではございませんのよ。無意味な意地を貫き通して……守るべきモノを失うよりは何倍もマシですの」
自分が何をしたいのか、その為にはどうすればいいのか――これは真摯に見つめ直した結論ですの。正道よりも覇道を選ぶのが最高にロックなのです。
「……なら、それなら自分が最後の砦だったときはどうするんですか!? 私が倒れたら、そしたら、皆が危ない目に遭っちゃう……!」
「だったら尚更ですの。自分に護れる範囲をしっかりとお見据えなさいまし。手の届かないところまで見ているから足元が疎かになるのでございます」
かつての私は見誤ってしまいました。
身に余る責任と価値観に囚われて。
ゆえに諦めることしかできませんでしたの。
意地の先には何も残っておりませんでしたの。決して胸を張って誇れることではありません。
自らが最後の砦になれないことを悟って、だからこそ新たな身の拠り所を探して、たった一つ、縋り付く藁を見つけて、それで……。
自分が、そして自分の大切な人がずっと楽でいられる世界を手に入れられたのです。貴女も一度味わったら分かりましてよ。
絶望に至る前にお救い差し上げるのが私たち先輩の役目ですの。その片鱗を味あわせて差し上げます。
「ふぅむ。にしてもどうしてこう魔法少女さんってのはアタマが固くなってしまうんでしょうね。装置からの暗示洗脳のせいかしら」
欲張りな貴女に今からほんの少しだけ垣間見させて差し上げますの。多少なりとも痛い目を見れば理解できるかと思います。
本当に大事が起きてからでは遅いのです。今の自分にできること、ご自身の〝腕の広さ〟を正しく認知しておくことがこの理不尽な世界で生き抜くコツですの。
模擬戦だからこそ……その胸に〝安全な敗北〟を実感させて差し上げましてよ。
地面を蹴り飛ばし、ピンクさんの懐に一気に潜り込みます。
駆け寄る最中、空中で水平抜刀のように杖を振るいますと、鞭上記の部分がぐにゃりと弧を描いてくださいます。
私は正面から、鞭は横から。つまりは一度に二箇所からの攻撃が可能になるんですの!
「んくぅッ!」
鞭の方が先に到達いたします。ピンクさんがガードの為に左腕をお開きなさいました。
ふっふっふっ。ご存知でして? ボクシングではガードを下げるのは悪手になることが多いんですのよ。ましてガードを外して胸や腹をお晒しになるなんてのは以ての外ですの。
なぜなら肉薄された相手に……!
「ほいっと正面からぐーぱんちですのーッ!」
「ッ!? グッ……ハッ」
しこたまエッグい一撃を入れられてしまうからなのです!
残念ながらあなたの目の前にいる相手は甘ちゃんではございません。咄嗟の隙を見逃せるほど戦闘の素人ではないのです。
固く握りしめた拳が彼女のお腹に突き刺さります。そのままギリリと外側に捻りを加えて力の限り捩じ込みます。
何度も言っているでしょう? 拳こそが力ですの!
力こそパワーですの!得物を主軸に置いては格闘センスなんて磨けませんわよ。
鞭杖はあくまでフェイクなんですの!
杖による攻撃は陽動か、とにかくド派手な必殺技を放つときくらいにしておいた方が安心ですの。印象のインパクトが最も大事なのです。
発生した衝撃によってピンクさんが数メートル先の草原にゴロゴロと転がります。
ここが夏の緑に覆われていてよかったですわね。ただの砂地や砂利地であったら身体中擦り傷だらけになっていたことでしょう。
現役の頃よりも数倍はパワーが上がっております。今の一撃に耐えられるのはカメレオンさんか総統さんくらいでしょう。
並の魔法少女では立ち上がることさえ難しいと思いますの。卒倒していてもおかしくはないでしょう。
ああ、思い出しますの。かつてトマト怪人に腹を殴られて、あまりの痛みに失神して、起きた直後におゲロをぶち撒けたこと……!
数日は青痣が治らなかったですの。水泳の授業が始まる前でよかったです。今思えばアレが全ての始まりでしたわね。ゲロ癖が付いてしまった全ての元凶とも言えそうです。
「ピンクさん? 大丈夫でして? さすがにやりすぎてしまいました? 立てそうですの?」
「…………い……いえ……ちょっと…………まだ、難しいかと。…………完敗です。この私が、まさか、一撃で……ノックダウンさせられちゃう……なんて」
「気絶してないだけ何倍もマシですわよ。模擬戦はこれで終わりにいたしましょう。力の差、さすがにご理解いただけたのではなくって?」
「………………うう」
貴女も貴女で負けず嫌いさんなんですのね。
様子見として近寄って差し上げますと、ピンクさんはお腹をさすりながらさめざめと嗚咽を零していらっしゃいました。
雲一つない青空の下、スンスンという鼻を鳴らす音だけが聞こえてまいります。
私も、気持ちは分かりましてよ。
そのお涙は単なる痛みによるモノというよりはどうしようもない悔しさから込み上げてきてしまうモノなんでしょうね。
これが実戦ではなくてよかったですの。
追撃はもうやってこないのですから。
そう。私の、あの忌まわしい過去とはちがって。
あ、そうですのっ。
こういうとき、お決まりの文句があるんですのよね?
是非とも言っておきませんとっ。
「うふふ……汝、チカラが欲しいか……誰にも負けない圧倒的なチカラが……! 全てを蹂躙できる絶対的なチカラが……ッ! ……ならば我を……求めよ……ですの……!」
「何を、言ってるんです……?」
「コッホン。ただの冗談ですから気にしないでくださいまし。もう少し休まれたら本題の方に移りましょうか。今日のメインはバトルの方ではございませんでしてよっ」
「…………分かり、ました……」
もう少し手加減して差し上げた方がよろしかったかしら。腹を割って話すのに、本当に腹を割って差し上げる必要はなかったかもしれません。
まぁでも。全力を出さないと失礼ですし。それに私の戦闘力を正しく認知していただいた方がその後のお話にも現実味が出てくるというモノです。
私も久しぶりに優位に立てて気持ちよかったですの。たまにはこういうのも悪くありませんわね。
傍らに腰を下ろして、彼女の再起をのんびりとお待ち申し上げて差し上げます。
生きる環境が変わろうとも
心の根本は変わらない美麗ちゃん可愛い。