ロフストランドクラッチ
私の杖とは違ってピンクさんの短杖は小回りが効くように小型化されているようです。
手数とスピードではまず勝れるはずもありません。
そのせいもあって、どうやら初手は彼女のほうでした。
されども先手を打てたかと、先手をヒットさせられたかは全くの別問題なのですッ!
一言物申して差し上げたいセリフがございます。
「当たらなければどうということはないんですのッ!」
突発的に繰り出されたトンファースタイルの上段横振りを華麗にかわしつつ、同時に下段に襲い来る直突きも軽くいなして差し上げます。
魔装娼女姿の私なら見切れないほどではございませんの。
それにこの子の戦い方は先日の競馬場でじっくりと見させていただきましたからね。シミュレーション済みです。
「ふっふんっですのっ」
この子は典型的な軽撃連打タイプなのでございましょう。
基本的に折り畳み傘ほどの大きさの短杖を二本振り回すだけ、両手で怒涛のラッシュを仕掛けるだけの一辺倒な攻撃手段です。
現役時代の茜に近い気もいたしますが、動き自体はもっとずっと単純ですの。一撃一撃はそう大したことはありませんが、リズムに乗られてしまったら大変です。
ここは一手一手確実に対処して差し上げましょう。
「ふっ、ふんっ、ふふんふっふんっ。単調ですのー。一本気ですのー。もっと奇をてらったアタックは出来ませんの?」
「くぅ……鼻歌まじりとは……ッ! 大した余裕ですねぇッ!」
私の挑発にさすがにムッとされたのか、両杖をクロスし、力任せに振り下ろしなさいます。
「ふぅむッ!?」
初めて感じた重さにほんの少しだけバランスを崩してしまいましたが、衝撃を地面に逃してすぐに距離をとりますの。更なる追撃を許すほど私は甘くはありません。
なぁんだですの。強めの攻撃もできるんじゃありませんの。
そう何度も放てるものでもございませんでしょう。
大振りの分、身構えていれば回避も容易です。
二度目のガードは無いと思ってくださいまし。
彼女の動向に注意しながら、再度駆け寄りまして肉弾戦を仕掛けます。
今度は甘い一撃を弾き返したり、杖の柄部分で絡め取って差し上げたりと色々と翻弄させていただきますの。
まだ明確な反撃まではいたしません。
集中力を切らした方が負けでしてよッ!
「ほいっ、ほほいっ、ほいですのっ」
「たぁッ! ふッ! くぅッ! はぁッ!」
絶え間なくピンクさんの杖撃が飛んでまいります。右アッパー、左フック、回転の勢いに任せた右肘鉄。遅れてやってくるブレーキがてらのミドルキック……!
上下左右の多角的な狙いは素晴らしいのですが、これ、総統さんのお稽古に比べたら塵芥レベルの拙い連撃ですわね。
とはいえさすがに杖一本だけではいなしきれなくなってきましたので、両腕を解禁してピンクさんのバランスを崩して差し上げます。
相手の力を利用して、こちら側の力に変える――いわゆる合気道的な精神ですのっ! 幼少期にかじったことがございましてよっ!
「ふふんっ! 貴女の実力ッ! こんなモノなんですのっ!? 正直あくびが出てしまいましてよッ!」
「クゥッ! まだまだっ! 私はとっておきがありますからッ!」
「ほほーんッ! ならお見せくださいましッ!?」
横薙ぎを正面から弾き返して差し上げますと、ピンクさんはくるりと空中で一回転して着地なさいました。
ふっと息を吐く彼女の手から直視できないほどの閃光が放たれ始めます。それ! もちろんとっておきですのよね!?
「おぉっと私に浄化の光は効きませんでしてよっ!?」
あくまで多分のお話ですけれども。様子見として一歩半ほど後方に跳躍して距離を取っておきます。
「残念ちがいます! これはッ! 追加装備ですッ!」
手から零れ出た光の粒が棒状に集まっていきます。
そのまま両腕を包み込んでいきますの。
眩い光が収まると、彼女の腕に鋭く尖った肘当て的な装備がくっ付いておりましたの。腕甲ならぬ〝肘甲〟とも呼べそうなシロモノでしょうか。
ロフストランドクラッチとかいう肘置き付きの杖の一種かと思われます。
単純に手で握るタイプではなく、肘部分と一体化した未来的なデザインになっていらっしゃいます。
それがまたちょっとだけカッコ良いんですの!
ズルいですのっ! 単純に羨ましいですの!
私もなんかカッコ良さげな武器欲しいですの! 早速次のお願い候補にランクインさせましたの! 開発班に相談です!
「なるほど、トンファースタイルの発展系ということですのね……!」
「このリーチとスピード、ついてこられますかッ!?」
「あったりきですのっ! やっと面白くなってまいりましてよっ!!」
「その余裕ッ! いつまで保てますかねぇッ!」
グッと地面を蹴り込んだ彼女がエルボータックルを仕掛けてきました。肘甲の先端が非常に尖っておりますので、まともに受けてたら大ケガしてしまいそうです。
かといってその後に来る薙ぎ払いの対処に遅れてしまうと、これまた大ダメージ必須なんですの。
あ、コレ早くもピンチでして!?
ついに鋭利な杖先が頬を掠めてしまいました。
あと1センチほどズレていたら真っ赤な鮮血がごきげんようしてしまっていたことでしょう。
キメ細やかな乙女の柔肌に傷が付かなくてよかったです。
ホントにギリギリセーフでしたの。
図らずも額から冷や汗が垂れ落ちてしまいます。
もはや全てを受け流すのは厳しそうですわね。
食らっても問題ない攻撃はあえて受けておいて、その分こちらの攻撃をヒットさせる方向に切り替えた方がよろしいかと思われます。つまりは一転攻勢開始ですの。
ヒットアンドアウェイに肉切骨断精神をブレンドして、一撃一撃を確実にぶちかまして差し上げましょう。
私としても今はまだ〝黒泥の搦手〟を控えているのです。
いざというときはお相手さんの杖をドロドロで包み込んで絡め取って抑えつけて、無防備となった無垢なお身体に美麗百烈拳を叩き込んで差し上げれば万事解決と言えましょう。
隙を見せたら容赦いたしません。
それに、今回は新たな秘策も用意しているのです。
攻めのチャンスを伺いつつ、一進一退の攻防を繰り返します。まさに火花散る戦いですの。
互いのやる気と根気がパチリパチリと力強い音を奏でます。
さすがの私も肩で息をし始めておりますが、対面するピンクさんはより顕著にお疲れのご様子です。
常に全力で攻撃を振るうのと適度に受け流すのでは体力の消費量が段違いですものね。当然の結果とも言えましょう。私、スタミナ消耗戦は得意なのです。
「ふ、ふっふ〜ん……! もう息切れしてしまったんですの? まったく早漏さんですのねぇ……!
いくら高速ピストンがウリでも、奥まで届いてくださらないと気持ち良くはなれませんのよ?」
「ハァ……ッ! 言ってろ……です……っ!」
余裕はなさそうですわね。勢いこそだいぶ落ちましたが、まだまだ油断のならない鋭杖に注意しながら、更なる挑発を向けて差し上げます。
そろそろ反撃とまいりましょうか。
杖の柄の部分を握り直します。続いて空いたもう片方の手をこの妖しく輝く胸のブローチに翳します。
……そして。