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第一関門、アポイントメント

  

 偽装の名の通り、この黒泥はある程度の色と材質を変えられるのです。


 頭の上でうにょうにょと蠢いていた塊は、やがては何の変哲もない麦わら帽子へと姿を変えてくださいました。植物特有の艶やかな薄茶色やザラザラとした質感も本物のそれに近しいから凄いですわよね。


 おまけに残った泥の一部でサングラスも生成させていただきましたの。これで顔を見られる心配もございません。


 ちなみに首から下はいつもの黒紫ワンピースです。靴も夏らしいラフめなサンダルにしておきます。


 一見は奇抜な格好にも見えてしまうかもしれませんが、夏の入り目の時期ということであればギリギリ言い訳できる姿かと思いますの。要はバレなければおーるおっけーなのでございます。



 それでは。改めましてピンク髪のあの子にアプローチを開始いたします。


 衣装の変更中に走り終えられたのか、今は端の方で屈伸運動して身体を休めていらっしゃいますの。ちょうどいいですの。背後に忍び回って、そぉっと彼女に近付かせていただきます。


 そして。



「もし、そこの体操服ブルマ姿のお方?」


「へぁっ!?」


 無防備なお背中に声をかけて差し上げました。

 もちろん素知らぬていを(よそお)います。


 この距離ではさすがにお気付きになられたのか、大袈裟なくらいの勢いで振り向いてくださいましたの。



「あ、あなたは!? もしかしなくても蒼井美麗さんですよねッ!? どうしてここにっ!? まさか奇襲!?」


「あっるぇー? いきなり身バレでして?」


 どうしてどうして? 完璧な変装が2秒足らずで見破られてしまいましたの。


 きっと先日の戦闘の件があるのでしょう。私の突然の登場にご警戒なさったのか、二、三歩ほど後ろに下がられてしまいました。拳にも力が入っていらっしゃいます。



「待ってくださいまし。今日は別に襲撃に来たわけではございませんの。ただ、貴女とお話がしたいだけなのです」


「お話、ですか……?」


「ええ。そうですの!」


「うーん…………それなら」


 私の必死の懇願に少しだけ警戒を緩めてくださったようですの。ふふふ。やっぱりかなりの甘ちゃんさんです。油断大敵という言葉をご存じないのでしょうか。


 今はその甘さがありがたい限りなんですけれども。

 この機に乗じて要件を続けさせていただきます。


「えっと、よろしければ場所を変えさせていただいても? ここではその……多くの人目についてしまいますから」


 校庭には貴女の他にも部活動をなさっている生徒さんが沢山いらっしゃいますの。部外者と話し込んでいては何事かと思われて、そのうちに教員の方を呼ばれてしまうオチが見えてしまいましてよ。


 私がこの場に居ることがバレたら色々と問題なんですの。行方不明の中退者が急に沸き出てきたらビックリしてしまいますでしょう? 即警察沙汰でしょう?


 ですから何卒穏便にお済ませくださいまし。



「あの……ホントに大丈夫なんですよね? これ罠ではないんですよね?」


 不安そうな顔がこちらに向けられます。


「もちろんですの。この胸に誓いますの。それでも気になるようでしたら、潔白を証明する為にこの場ですっぽんぽんになって差し上げてもよろしくてよ?」


「いえそれは結構です。前々から思ってたんですけどお姉さんってかなりの変態さんですよね……正直ドン引きしてたりします」


「ふぅむむむ!?」


 おっと。またもや後退りされてしまいましたの。今度は警戒したというよりは幻滅したといったようなお顔をなさっております。


 私の性根が変態かと問われると回答に厳しいですが、この美しい裸体を見せびらかすこと自体に抵抗はございませんの。むしろもっとよく見てくださいまし。


 ほら! このお手入れの行き届いたキメ細やかな柔肌を! ぷるんぷるんな艶肌をっ!



 コホン。冗談は置いといて、ですの。


 貴女はまだ私のことをお姉さんと呼んでくださいますのね。今は敵対し合う立場なのだと、先日に判明したばかりだと仰いますのに。


 ほんの少しだけ安堵の微笑みを零してしまいます。


 それからもう一度真っ直ぐな眼差しを向けて差し上げますの。他意は本当にないのです。信じてくださいまし。



 一線に結ばれていた彼女の口が少しだけ緩まれたことに気が付きます。


「……分かりました。ちょっと身支度を整えてきます。この学校の旧校舎跡、ご存知ですよね? そこで落ち合いましょう」


「ありがとうございますの。では、先に行って待っておりますわね」


 こちらの思いが届いたのか、小さなため息と共に頷いてくださいましたの。思わず明確な笑みが浮かんでしまいます。



 第一関門、アポイントメント。

 これにて無事にクリアできましたの。

 むしろこれからが勝負なんですけれども。




――――――

――――


――




「いやはや、ココは懐かしさの連続でしてよ……」

 

 一足先に現地に到着させていただきました。


 校舎の裏手から続く上り坂を進みますと、山の中腹辺りに少し開けた場所がございます。先ほど話題に上がった旧校舎の跡地です。


 私が現役だった頃には既に建物は取り壊されていて、綺麗さっぱりな土地になっておりました。

 ゆえに、ほぼ誰も立ち寄ることのない、魔法少女の修行に打ってつけの場と化しているのでございます。



「ああ〜っ、現役時代は茜とたっくさん鍛練いたしましたわねー。技開発でも模擬戦でも、ほとんど勝てなくていっつも地面に転がされておりましたっけーですの〜」


 土埃だらけになったことを覚えております。


 夏の暑さの影響か今は膝下くらいの丈の草が青々と茂り始めておりますの。サンサンと降り注ぐ日光を葉全体に浴びて、誰にも邪魔されることなく成長している真っ最中なのです。転がっても汚れることはないでしょう。


 暑い日差しが私の頭の麦わら帽子にも降り注いでまいります。先ほど形成していなかったら直射日光で熱中症になっていたかもしれません。


 確かにこの場所なら人の目を気にせず話し込むことができそうですが、もう少しくらい日陰になっているところの方が安全だったのではございませんこと?


 沸き上がってくる疑問を解消するには時間が掛かりそうですが、この際ですから仕方がありません。


 彼女がこの場をと仰ったのですから文句は言いませんの。先輩の、そしてオトナの余裕を見せ付けて差し上げるチャンスなのです。


 

 頬を垂れる汗を拭いながらしばらく待っておりますと、入口の坂の方から足音が聞こえてまいりました。


 続いてピンク色のツインテールがゆっさゆっさと揺れているのが目に映ります。


 見紛うはずもございません。

 正真正銘の花園桃香さんご本人の再登場ですの。



「すみませんお待たせしました。部活の皆にちょっと席を外すと伝えてきたら、色々と理由を聞かれてしまって。取り繕っていたらまた時間が掛かってしまって」


「いえいえ全然。いきなりお邪魔したのは私の方ですし。学生生活、とてもエンジョイしていらっしゃいますのね。陸上部なんですの?」


 外周を結構なペースで走っていらっしゃいましたし。

 今時体操服にブルマ姿とは時代錯誤も甚だしいのですが、着てみると確かに動きやすいので一長一短です。


「はい。とはいっても休みがちの補欠以下なんですけどね。毎日パトロールやら撃退やらであんまり集中できなくて」


「ああー、それ魔法少女あるあるですの〜。どうしても抜け出さなければいけないときが必ず出てしまいますのよねぇ。お勉強よりもっ、授業中の言い訳を考える方が増えてしまいますの」


「ホントにホントに」


 怪人さんの襲撃はこっちの都合などお構いなしなのです。だからこそ二重の意味でいい迷惑だったのです。


 それにしてもいい流れですわね。何の変哲もない談笑から始まっております。掴みは問題なさそうですの。



「それで、花園さんにお声掛けをした理由なんですけれども――」


「あの。お話の前に、待ってください」


「ふぅむ?」


 早速本題に移ろうと試みましたが、途端にピシャリと遮られてしまいました。


 何事ですの? お話を聞いてくださる為にここに来てくださったのではございませんの?

 

 

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