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あの場所は、今……!?

 


「……ぅぅ……うぇぇ……到着いたしまして……?」


 言いようのない嘔吐感を我慢しておりますと、一時は床から離れていたお尻が固いものに触れ直しました。

 こちらザラザラとしたアスファルトのようです。


 続いてこの身体に重力を感じ始めます。地に足つけるならぬ、地に尻を付ける感覚ですの。


 どうやら無事に到着できたようです。



 恐る恐る目を開けてみますと――



「ふぅむ……なるほど。ここが転移の裏拠点ということですのね。まったく変に縁が有りすぎて困りますの。人目がないのは好都合ですけれども」


 覚えていらっしゃいますでしょうか。商店街から離れた先にある、町外れの廃工場を。


 崩れかけた建物の隅からレッドの戦闘風景を覗いたり、横に設けられた駐車場で壮絶なバトルを繰り広げていたあの場所です。初めてプリズムブルーに変身できたのもココでしたわよね。


 やたらとこの地で戦うことが多いとは思っておりましたが、まさか怪人組織の転移場所になっていたとは。けれども納得ですの。


 今は野菜連中は滅びておりますから、私たち悪の秘密結社のナワバリとなっているのかもしれません。


 こんな辺鄙な場所には誰も立ち寄らないでしょうし、組織の皆様方も比較的安全に行き来できるはずです。なるほど考えましたわね。



「ふっふんっ。せっかくですしお散歩してみましょうか」


 見たかった場所、沢山ありますの。運が良ければ道中でパトロール中のあの子たちに出くわすかもしれませんし。そうなってもいきなり街中で襲いかかってくるほどのおバカさんではありませんでしょうし。


 別に少しくらいブラブラとしても構いませんでしょう?


 またいつか茜とこの町を巡る日を信じておりますの。彼女の記憶が戻って、何の気兼ねもなくお散歩できる、そんな平和な未来を……!



 私、欲しがりさんなんですの。

 そして欲張りなワガママ乙女なんですの。

 ひっそりと望むだけならタダなのです。



 工場の敷地から出まして人通りの少ない裏路地へと入ります。透明化していたカメレオンさんを追い詰めた三叉路を過ぎ、商店街の裏手の搬入出用車道を通り抜けて……!


「あ、ここカボチャ頭に初めて襲われた場所ですわね。こんな暗いところをか弱い乙女が歩いていたらそりゃ襲われてしまいますのよ……。ホント無知は怖いですの……」


 日陰でジメジメしていて、何となく弊社の地下居住区に雰囲気が似ております。


 物陰を覗いたら露出癖のあるカップルがしっぽりと愛を確かめ合っていそうな……コホン。あらやだ思考がアウトロー気味でしてよ。少なくともこの町はそんな奔放な治安ではございません。


 うふふ。あの頃はこんな不埒なことを一ミリたりとも思いませんでしたのに。今では完全に組織に感化されてしまっておりますわね、やだやだですの。うふふふふ。



「さて、と。この曲がり角を過ぎれば……」


 念願の表通りへと出られるはずです。



 ああ。よかったですの……っ!

 行き交う人々に確かな活気が感じられます。


 朝早くから仕込みを始めていらっしゃるお魚屋さんに、今まさに商品を陳列し始めている八百屋さんに、バッタンバッタンと小気味良いまな板音を響かせるお肉屋さんに……ッ!


 私が現役の頃に見ていた光景そのものです。

 何一つ変わってはおりません。


 懐かしのあのひだまり町商店街ですの……!



「ふふ。シャッター街と化していたらさすがに自分を恨んでおりましてよ」


 ほーれ見たことかーですの。私なんかが居なくたって世の中は何不自由なく回ってくださるのです。ええ、そうですのよ。誰かが欠けたとしてもその穴はすぐに埋められてしまうのです。


 私なんかが頑張らなくたって……。


 もちろん後釜の現役ちゃんたちがしっかりとご活躍なさっている賜物なのかもしれませんけれども……!



 ホッとしたのが八割、物悲しい気持ちが残りの二割といった具合でしょうか。



 ちょうど揚げ物屋さん前のベンチが空いておりましたので腰掛けさせていただきます。


 お店のおばさま、今もお元気にしていらっしゃいますでしょうか。いきなりお会いしたらビックリされませんでしょうか。念の為に顔を隠してお買い物した方がよいかもしれませんわね。


 残念ながらまだ開店準備中らしく、正面の灰色シャッターが降りたままなのです。中から微かにパチパチという油の跳ねる音が聞こえてきておりますの。お昼前にはオープンされることでしょう。とっても楽しみです。



「…………それにしても」


 こんなにも慌ただしげな世界だといいますのに。


「止まったままなのは案外私だけなのかもしれませんわね……。時間というモノはホントに全ての人々に等しく流れておりまして……?」


  私はただ自堕落な生活に甘んじて暇を持て余すだけの女に成り果てましたの。甘いお汁の味を身体の芯から覚えてしまったのです。



 あー、なんだか無性に腹立ってきましたの。


 別に誰かが悪いというわけでもなく、特に何かが気に食わないというわけでもなく!

 


 懐かしんだり悲しんだり怒ったり、まさに感情表現の魔物みたいになってしまっておりますが、気を確かにお持ちなさいまし蒼井美麗。


 今日の目的は単なる自己分析と人間観察ではございません。


 時が来るまでここでぼーっとしているのも悪くはないのですが、せっかくなら歩き回っておいた方が絶対楽しいですの。


 時間の浪費はいつだって出来るのです。


 この商店街が変わりないということは分かりましたの。それはつまり、いつでも遊びに帰ってこれるということに他なりませんの。



 ともなれば、お次に確認すべきは私のお家でしょうか。


 メイドさんと暮らしたあの場所は、今……!?



 すっくと立ち上がり、商店街を後にしまして広い道へと出ます。正面に見える坂を登れば学校へ、右手に進めば我が家のある閑静な住宅街へ続いておりますの。


 学校の方はまた後で向かいましょう。現役ちゃんたちが街中をパトロールしていないのであれば、学校でお勉強かお部活でも嗜まれていらっしゃるか、はたまた裏手の広場で鍛錬に励まれていらっしゃるかの二択にまで絞り込めます。現役時代の私がそうでしたもの。


 行き違いになることは避けたいですが、その場に向かえば会える可能性が高いのです。だったら別に後回しでもよろしいですわよね?


 この機を逃せば簡単には見られない〝元〟我が家の方が優先度は高いですの。


 

 大通りを辿りつつ、小さな公園が見えてまいりましたら一度だけ右に曲がります。


 我が家は地域の景観にそぐわない、やたらと大きな一軒家でしたからね。お屋敷と呼ぶには少々小さくも、かといって一般家庭レベルに留めるにはやたらと豪華すぎる……。


 今思えば、お庭に停めてあった黒塗りのおリムジンがとても高圧的だったと思います。


 よくご近所付き合いできていたものだと感心しますの。メイドさんのお人柄もありますでしょうね。

 


 そろそろ、この区画の、確か、この辺りに……。




 ()()()()ございませんでした。




「……ふふ。頭の片隅では分かってましたの。全ての物事がそのままでは、さすがに都合が良すぎますわよね。

けれどこう、実際に目の当たりにしてしまいますと……眉間に、しわが寄ってしまいます、の……」


 俗世とサヨナラした私にも込み上げてくるものはございます。ついぞ枯れ果てたと思っておりましたが、一滴、うるりと来るくらいには残っていたようです。



 私と、メイドさんとが過ごした我が家は。



――今はもうキレイな更地になっておりましたの。



 屋根も壁も玄関も何一つ見当たりません。車も家財も全て消え失せて、お家があった部分全てがただのだだっ広い空き地と化していたのです。



 ああそうですか。

 私も、そしてメイドさんも。

 もう居ないものとして認定されたのですね。

 


 ……これは、そういうメッセージと捉えてよろしいのですわよね。




 ねぇ、お父様。



 

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