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最善の選択肢

 

 彼女の口ぶりから、あと他に数人の見習いの魔法少女が存在することは明らかになっています。


 しかしそれが具体的には何人居て、一番の相方として行動しているのが誰なのか、その子はどこに住んでいるのか、またいかなる魔法が得意で、どんな夢や希望があるのか、詳しいところは一切触れられておりません。


 こればっかりは知らぬ存ぜぬは通用しません。

他の怪人さんからもいくつも目撃談が挙がっているのでございます。ですが彼女は一向に口を割らないのです。


 関係の薄い連合本部についてならまだしも、彼女の〝仲間は売らない〟という思いは私たちが想像していたよりもずっと固いようなのですの。その彼女の強い意志が、頑なに言葉を呑み込ませているようなのです。


 本当に、お優しくて、お強い方ですの。



「どうしても、話したくありませんのね」


「……はい」


「正直、貴女の気持ちも分かります」


「えっ」


 驚くのも無理はないでしょう。

 私だって貴女と同じなのです。


 私にも誰よりも守りたい子が存在します。


 正直何度花園さんの目の前で、その子のことを貧乳ぺたんこまな板ドチビだとか、淫乱ロリビッチ幼児体型糞ドチビと呼んだかは覚えておりませんが、えっと、何と言えばよろしいのでしょう。


 可愛さ余って憎さ何とやらッとかいうヤツですの。


 勿論この口から暴言が出てきてしまうのは大変悪いことだと自覚しているのですが、どうしても素直になれそうになくて、つい嘲るような言葉が出てきてしまうんですの。


 きっと根底的なところで、今の茜のことを本当には良くは思ってないからなのでしょうか。


 ああもう、話したいことはそういう内容ではないのです。私も貴女も、大切に思う人がいるということを示したいのです。ちょっと長丁場になってしまいそうですが、仕方ありません。


 オブラートに包みながらお話しいたしましょうか。


「私も同じようなものなのです。私はその子にこれ以上傷付いてほしくありませんし、これ以上絶対に壊れてほしくもございません。

その為になら世界に背くのだって厭わない覚悟です。お互いの身の安全と心の保身の為なら、多少の犠牲を払っても仕方ないとさえ思っておりますの。

きっと、状況は違えど貴女も同じなのでしょう? その人にできる限りリスクを背負わせたくない。同じく負担も掛けたくない。だから今の貴女にできることが、そうやって黙秘を貫くことなんでしょう?」


「……そこまで分かってるなら、もうそっとしておいてくださいよ」


「ええ、別によろしくてよ」


「え、あっ嘘、いいんですか……?」


「だって私には、貴女を問い詰める資格がありませんもの」


 私が貴女の立場でも同じことをしたと思いますの。だからそれと同じように、どんなに聞き出そうとしても話すわけがないと理解しておりますから。


 あなたはまだ無自覚なのかもしれませんが、その思いを認知してしまえば、それは確かな覚悟に変わります。


 その手助けをしてあげるのも〝元〟魔法少女たる先輩の役割なのかもしれません。


「では一つ、貴女が忘れないうちに例え話をしておきましょうか。むしろ今日はそのためだけに来たのです」


「えっと、イマイチ状況を分かっていないですが……」


「私カタル。貴女キク。タダソレダケ。おーけいでして?

お先に断っておきますが、これから話す物語は多大にフィクションを含んでおります。登場人物や団体などは最初から実在しないかもしれませんし、案外そうではないかもしれません。

この際どちらでも構わないのです。それでもよろしくて?」


「……いきなり何のお話ですか?」


「まぁまぁ黙ってお聞きなさいな。

でないと有無を言わさず拷問いたしますわよ」


「あ……それはもう勘弁です。分かりましたよぉ……」


 素直でよろしいですの。


 貴女だけに、特別に話して差し上げるんですから。



「そう、ですわね……。

最初に〝私には誰よりも大切な相棒がいる〟ということにいたしましょう。その子は誰よりも元気一杯で、誰よりも明るくて、誰よりも正義感が強い健気な女の子でございます。

幾度となく私は彼女の笑顔に沢山の元気を貰っていたのです。


いつ如何なる時でも明るく振る舞う彼女は、人前では辛そうな顔など一度として見せたことはありません。

怒りも悲しみも笑顔で居れば消え去ってしまう。それが彼女のモットーでした。


彼女が笑顔を見せるのは、楽しい時だけに限らず、悲しい時でさえ同様だったのです。


私は長らく理解しておりませんでした。

どんなに屈託のない笑顔を見せる彼女でも、本当に辛い気持ち自体が無くなっているわけではありませんのです。

暗く影った気持ちを決して表には出さないよう、ただ過剰に振る舞っていただけに過ぎなかったのです。


笑顔の裏に隠れた、疲弊と悲哀の表情。


例えるならば、そうですわね。

彼女は、本人でさえ気付けないような心の奥底で、少しずつ少しずつ、まるで薄ガラスのコップに水を貯めるかのように、負の感情を貯め込んでいっていたのです。


最初のうちはまだよろしいのでしょう。

けれど、いずれは限界が来てしまうのです。

コップの縁で耐えていた表面張力も、臨界を過ぎてしまえば表に出ていた分以上に溢れ流れ出ていってしまいます。

それどころではありません。

いつの間にか注がれるのは水だけでなく、時に熱々の汚泥さえ流れ込むようになりました。


急激な温度変化に耐えられないガラスのコップには、いつしかヒビが入ってしまいます。

絶えず上からも下からも水が漏れ出ていってしまうような状況になってしまったのです。


もはや水を貯めることのできないコップ。

それでもなお絶えず注ぎ込まれていく感情の濁流。

いずれ本当にバキバキに壊れて修復不能となってしまうのはもう時間の問題でした」


「ブルーさんは、いつそのことに気が付いたんですか?」


「……私が彼女の心の負荷に気付いたのは、もう手遅れになるかもしれない、その一歩手前くらいだったでしょうね。

彼女が必要以上に自身を追い詰めて、時には自傷してまで己を奮い立たせて、それでもまだ全てを背負い込もうと翻弄する姿を、実際にこの目で見てしまった時でした。


このままでは絶対にいけない。私は必死に考えました。

残念なことに、注がれる水を止めることは、そのときの私たちには出来そうもありません。

ならばせめて彼女の受ける負担が少しでも軽くなれば、と。


そうだ。コップで耐えきれないのならば、それよりも大きなバケツを用意すればいい。そして私がそのバケツになろう。

今まで与えてもらった元気を返すように、今度は私が彼女を包み込むバケツになってあげよう。


私は彼女と共に、同じ目線から並び支えていくことを決心いたしました。


けれども、それは時間稼ぎにしかなりませんでした。結局は同じことなのです。コップから溢れ出た濁流は、今度は私を満たし、やがてはバケツも満ち満ちて余裕が無くなっていきます。


いつ自壊するか分からないコップと、いつ限界が来て溢れ出てしまうか分からないバケツ。


もはやちょっとの刺激も耐えられないくらいに私たちは疲弊し、限界を迎えてしまいました。

それはまるで、アスファルトの隙間に強く健気に咲くたんぽぽが……ある日突然、上を通ったトラックに轢かれて散り散りに引き裂かれてしまうかのような。


いつの間にか私はらそんな恐怖に怯えながら毎日を過ごすようになっていたのでした」



「……あの。それから、どうしたんですか?」



 ごくり、と花園さんが息を呑みます。


 今思えばもう少し足掻けたのかもしれません。けれど、私が選んだ結論に疑念はあっても後悔などはございませんのよ。あの時選べた最善の選択肢は、もうコレしか残されていなかったのです。


 二人で選択した未来、それは。



「追い詰められた私たちに出来たのは……。

全てを放棄して、全てから逃げてしまうことだけでした」


 

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