私がこれから向かう先
まだかなり眠たいですが気合を入れなければなりませんわね。
ゆっくりと身体を鍛えながら過ごしたこの一ヶ月間でしたが、ついに再お出かけの日がやってまいりましたの。
今回は付き添いの方はいらっしゃいません。前回の事件を通じて、多少は独力での対処能力を認めていただけたのだと信じております。
完全な単身出撃とはなってしまいますが、少しも心細くありませんの。と言いますのも……!
「コッホン。もしもし聞こえまして!? こちら転移室の蒼井美麗ですの! おーばー!」
胸のブローチを握り締めて問いかけて差し上げます。
ほーら見てくださいましっ!
このちょっとだけ進化した変身装置を!
外見にこそ変化はございませんが、イイ感じに中身をアップデートしていただきましたの!
さすがは開発班の皆様です。
私の外出にギリギリ間に合わせてくださったのです。
こちら待望の〝通信機能〟が搭載されましたの! だから離れたところにいても心は繋がっていられるも同然なのでございますッ!
ただ今は出発前の最終動作確認中というわけですの!
私メカメカしいものはわりと苦手ですが、さすがに興奮してしまいますッ!
だってカッコいいではありませんのッ!
熟練の女スパイさんみたいでッ!
総統さん方が盛り上がるのも分かる気がいたしますのッ!
『あー、おい青ガキ。これ双方式だから通信定型句は要らネェぞ。あとうっせぇほどに聞こえてる。耳キンキンすンからそんな大声で叫ぶナや』
早速通信先のカメレオンさんがお答えくださいました。
うわ、これすっごいですの!
頭の中にお声が直接響いてまいりますの!
たしか最新式の通信方法!? とかいう結社の謎技術なんですのよねっ!? おまけに再生時にこんぷれっさーとかりみったーとかが作動して、常に聞きやすい音量をキープしてくださる優れ機能なのです!
ふぅむ? ってことはおかしいですの。
私がいくら叫ぼうと関係ないのではありませんこと?
「あの、そちらはナントカ骨伝導方式ではないんですの?」
『いーや、あくまでお前のが特注品なだけだ。俺が使ってンのは普通のちゃちいイヤホン型受信機。イチイチ調整すンのめんどい。だから常に一定の声量で喋れ』
「はぇ、そんなご無体な……」
それではテンションだだ下がりではありませんの。
時間的な都合で量産化までは漕ぎ付けなかったのか、それともそこまでの需要はないのか、私のモノだけが特別というところに落ち着いているらしいです。
ともなればこれは大切に扱いませんと。
わざわざ機能をご追加していただいた技術屋の皆様には本当に感謝しかございません。
あっ。そうですの。イイこと思い付きましたの。
カメレオンさんはイヤホンをご利用なさっていらっしゃいますのよね?
つまりはお耳元で私の声を聞いていらっしゃるんですのよねぇ?
「うっふふぅカメレオンさぁん……♡ 私の声ぇ♡ よぉく聞こえていらっしゃいましてぇ……? このままっ♡ 愛の言葉を囁き続けて差し上げてもぉ♡ よろしくってよぉ♡」
『うっせぇガキ。耳が死ぬ』
「ひっどぉ!?」
えーえすえむあーる? でしたっけ? 私の吐息や発声をダイレクトに楽しめるおチャンスでしたのに。
まったく損なお人ですの。
逆に辛辣なお言葉が私の頭の中に響き渡ってしまいます。
脳髄液がビリビリじわじわとしておりますの。
これは新たな言葉責めの扉を開いてしまったかもしれません。もちろん冗談ですけれども。
このまま茶化していても彼が不機嫌になってしまうだけでしょう。おふざけはこの辺でお終いにして差し上げましょうか。
「えっと、動作は問題なさそうですの。普通に話せておりますし、そちらのお声も正しく聞こえてますし」
『ならヨシ。ンじゃなんかあったら報告してこい。逐一遠隔でサポートしてやるつもりはネェが、そンときに手が空いてたら対応してやる』
「ふっふん。頼りにしてますのよ!」
外回り営業の日程の都合か、本日はカメレオンさんの同伴がございません。しかしながら事前に入念に打ち合わせをさせていただきましたし、時折音声サポートをいただけるだけでも充分な安心感を得られておりますの。
今回はあくまで現役の魔法少女ちゃんたちに接触して〝交渉〟を試みるまでが目的です。今日中に決着までを付けるつもりはございません。
平和的に話を進められるかは私の手腕次第となってしまいますが、止むを得ない場合は武力で対応させていただく可能性も視野に入れております。
私も拳で語る覚悟はできておりますの。この為に身も心も鍛え直してきたのです。それにご主人様にも直々に稽古を付けていただきました。戦闘スキルもより一層の磨きをかけたつもりです。
「では。私そろそろ出発いたしますの。あうと」
『だから定型句は要らネェって。まぁいい。せいぜい健闘を祈ってるよ。ンじゃあナ』
ふぉん、という未来的な通信遮断音が聞こえたような気がいたしました。これ以降はブローチをトントンと叩いても反応ございません。
胸の変身装置から手を離しまして、転移室の床に描かれた三つの大円のうち、奥側の一つのど真ん中に腰を下ろします。酔い防止のコツですの。
すーっと小さく息を吸いまして、はーっと大きく息を吐きます。
さぁ、全ての準備は整いました。
今こそおでかけのときですの。
これから向かう先は直属の後輩にあたる魔法少女ちゃんたちの守衛範囲内です。
幸か不幸かよく見知っている場所でした。
考えてみればそうありえないお話ではございません。
先日にカメレオンさんに問い詰めたら分かりましたの。
あの子たちは私たち〝元〟の抜けた穴を補っていらっしゃいます。つまりは活動の拠点なんかも当然被っていらっしゃるわけです。
私がこれから向かう先。
他のどなたの道案内さえも要らない理由。
「まったく数奇なものですわね。またあの町を訪れることになろうとは」
ついつい独り言を零してしまいます。
何を隠そう、今日の転移先は私が一年弱ほどを過ごしたあの――ひだまり町なんですの。
短いながらも苦楽の沢山の思い出が詰まった第二の故郷とも言える場所です。茜と出会った丘の上の学校も、人の沢山行き交う温かな商店街も、三年が経った今でもすぐに瞼の裏に思い浮かべられます。
里帰りというにはあまりに無責任でしょうか。
私は……あの地に住まう方々を放棄したも同然なのですから。
別に私たちが守らなければいけなかった義務は無かったのかもしれません。半ば強制的にヒーロー連合に警備を強いられていただけなのかもしれませんし。真相は闇の中です。
けれども、誰にも何も告げぬまま身を隠してしまったことに少しの罪悪感も抱かないわけではございません。
「……ふぅ。正直複雑な気分ですの。観光気分で行けたらどんなに楽か。今の私はあくまで世捨て人……知り合いに会ったらどういたしましょう」
私はあの町に住む人が嫌いではないのです。
皆優しくて、親しみ深くて。
とっても温かかったことを覚えております。
大切なモノを守る為だとは言え、勝手にサヨナラを告げてしまったのは私です。
住んでいた家は今頃どうなってしまったのでしょう。
それでは学校は? 商店街は? 星見の丘は?
気になることはたくさんございます。
あの頃に戻るつもりも、また戻れるとも思ってはおりませんが、町のその後を見届ける権利くらいはこの私にも残っておりますでしょう?
いえ、残っていると信じさせてくださいまし。
「では、まいりましょうか」
三年前を過ごしたあの思い出の地に。
今の魔法少女ちゃんたちに会う為に。
私の今と過去とを繋げるべく。
ゆっくりとこの目を閉じます。そして。
「転移! お願いいたしますの!」
周囲に聞こえるように強く言い放って差し上げます。
床円の外側から青白い光を感じ始めました。私の宣言を聞いたスタッフさんが転移陣を起動してくださったようです。
あとはこの浮遊感に身を任せるだけ……!
蒼井美麗、しばらく里帰りしてまいります。
〝あの人は今〟の逆バージョンですの。
私自らが赴いて差し上げるのですっ!
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