ふわぁぁ……ふぬ……ふぬぬぬッ……!
「ふわぁぁ……ふぬ……ふぬぬぬッ……!」
頬から顎に伝った汗がぽたりぽたりと垂れ、床に大きな水溜りを作っていきます。
この天井の高い空間に響き渡るのは、器具の軋み音と、私のほんの少し艶かしくて熱のこもった吐息のみ。
白く湯気の立つこの肌がやんわりと紅く染まって、それはもう只事ではない雰囲気を醸しておりますの。
「ぐぬぬぬ……むふぅ……ぬぬっ!」
どんなに我慢しようと心掛けたとしても、火照った身体ではとても抑え切れず、定期的に吐息がこの口から漏れ出でてしまいます。
いえ、こういうときはむしろ息を吐きながら行った方がずっと効果が高まるのです。
全身に新鮮な酸素を循環させれば疲労感も軽減させられますの。
「はぁ……はぁ……一旦休憩にいたしましょうか。筋トレはやっぱり疲れますの〜」
ここは地下施設内のギムナジウムです。
外出の日から数えて早くも二週間ほどが経ちましたでしょうか。
持参してきたタオルで首元をぬぐい、これまた自室で作ってきた粉出しスポーツ飲料で喉を潤します。
あ〜、汗をかくっていいですわね。サウナとはまた違う〝整った感〟がございますの。夜のご遊戯ともまた異なる、乾いた爽快感が味わえますのよね。生きていると実感できますの。
「ただ、ワンセット五十回はさすがにしんどいですのぉー……」
あれから私は悶々と悩む前にとりあえず筋トレの頻度を増やすことにいたしました。基礎体力をアップさせねば真の強さは得られそうにないとの判断に至ったのです。
先日のプリズムグリーンさんとの戦闘も内容を見れば圧勝とも言えるものでしょうが、あくまでもあれは装備の差による勝利でしかありません。
悔しさをバネに鍛え直した彼女とやり合ったら、次も勝てるかは分からないのでございます。
先輩らしさは口先だけではいけませんの。実力でも拳の方でも真っ当に魅せられなければならないのです。
長らく現役を離れていた私の〝戦闘センス〟を取り戻す為にはまずは自由に身体を動かせるようになっておかねばなりません。
数年来の堕落した生活によって、ほんの少しだけ丸みを帯びてしまったお腹のお肉に喝を入れる必要がございますの。
健全なる肉体にこそ健全なる精神は宿ります。ぷるんと弛んだ二の腕やお腹は可愛らしいものですが、決してカッコよくはないのです。
ちなみにここで言う健全とは〝えっぴぃ〟か〝えっぴくない〟かは関係ありませんので悪しからず。それとこれとは今は話が別なんですのっ。
「ほいっ、休憩終わりですの。ふっむ……ふむむむむーッ!!」
ただ今は懸垂の真っ最中です。腕立て腹筋背筋くらいなら自室でも行えますが、やはり専用の器械を使った方がやる気が出るのです。
より重点的かつ的確に己の筋肉を刺激できているような気がして、むふふとほくそ笑んでしまうのでございます。
私、意外にプラシーボ効果に弱いんですの。その思い込みの激しさを逆手にとって、自己の研鑽に役立てて差し上げているのですっ!
そうして、身長よりも遥かに高い鉄棒にぶら下がって、筋トレ第二ラウンドに取り掛かろうとしていたところでございました。
「ごじゅいち、ごじゅうにぃ……ふぅむ?」
ギムナジムの入り口の扉がコンコンとノックされたのです。どなたかがご到着のご合図をなさったようですの。
一旦、スタリと床に着地し直します。
しっかし珍しいですわね。こんなにご丁寧に来場のお知らせしてくださるだなんて。
大抵の怪人さんならガバチョと開いてズケズケと入ってきてズッパーンと筋トレを開始なさいますのよ。
適度に身体を動かすとテンションも上がってくるのでしょう。そこから肉と肉のぶつかり合いに発展することだって少なくありませんの。
まじめに筋トレをしている最近は……あんまりそういうイベントは起こりませんけれども。
「はーいどなたですのー? 運動器具は空いておりましてよー? まだまだ人数的にも余裕がありますのー。入っていただいて結構でーすのー」
扉の向こう側に返答して差し上げます。
この昼過ぎとも夕方とも言えない微妙な時間帯は結構な比率で空いていることが多いですの。というよりここ数日は私くらいしか定期的な利用者はおりませんの。
ほら、ほとんどの怪人さんは外回りに出ていらっしゃるタイミングなわけですし、お休みの方ならお部屋で手頃な慰安要員としっぽりお楽しみになられておりますでしょうし。
今の私自体が相当なレアキャラなんですの。独り黙々と身を苛め抜いているだなんて。うふふ。
とにもかくにも手を止めて、扉の方を注視して差し上げます。場が静かになったのを察されたのか、ゆっくりとドアが開かれていきます。
徐々に広がる隙間から覗き見えたのは、キラリと輝く純白の軍服の――
「ってご主人様ッ!?」
親愛なる総統さんでございました。
「いよっ、ブルー。ここに居たんだな。ほんの少しだけ探したぜ」
茶目っ気のある微笑み顔をお見せになると、気さくにひらひらと手を振りながら軽い足取りでこちらに歩み寄りなさいます。
「またなーんで貴方がご丁寧にノックだなんて。ズバッと開け放って、それからズカズカと入ってきていただけばよろしいのに」
「いや、集中してたら悪いと思ってさ」
カツカツという小気味よい靴音を鳴らしながら、近くの脚を鍛える用のエアロバイクに腰を掛けられました。そのまま静かに脚を組まれます。
総統さんがお続けなさいます。
「ここ数日、なんやかんやで時間が取れなくてな。お前の話もあんまり聞いてやれてなかったからさ。今ならと思って」
「律儀な方ですの。イチ慰安要員のお話くらい、聞き流しておいても誰も怒りませんのに」
別に放っておいても組織の運営には毛ほどの影響も出ないお話でしょうし。それに、貴方の手にかかれば、それこそ力尽くで解決できるモノかもしれませんの。
一言の連絡もなく独りでに動かれたら……私は拗ねてしまいますけれども。
「そうも言ってられない内容なんだろ? 一応カメレオンの奴から報告は聞いてる。だが、魔法少女絡みの話題ならお前の口からも聞いておかないとな。ほら、直々にこの組織に招き入れた者の務めとして」
「ふぅむ、分かりましたの。そこまで仰るなら」
私としてもありがたい限りです。
「別に要点まとめなくていいからさ。起きたこと、思ったこと、全部吐き出していってくれ。必要な情報はこっちの方で取捨選択する」
「ご配慮、感謝いたしますの」
ぺこり一礼いたします。正直願ってもないご提案ですの。私自身、まだ整理の付いていない部分やどうすべきか結論に至っていない箇所も多々にございますから。
総統さんのお言葉に甘えて、独り言に乗せながらご相談させていただきましょうか。
先ほど顔を拭いたばかりのタオルを首に回し、思い切って総統さんのお隣のエアロバイクに腰掛けさせていただきます。
本来であれば傅いて靴でも舐めながらお話した方がよいのかもしれませんが……今は形式だけの仰々しさは求められていない気がいたしますの。
私の無礼さをお許しくださいまし。
「……コホン。先日、こんなことがございましたの。カメレオンさんに競馬に連れて行ってもらった日のことです。そこには現役の魔法――」
――――――
――――
――
―