はぁぁぁあぁあぁん……
トボトボと項垂れながら歩いておりますと、建物の入り口付近にカメレオンさんのお姿が見えました。
何やら性格の悪そうなニヤついた微笑みを浮かべていらっしゃいます。何事かとお顔を覗き込んで差し上げると、何故だか頭をわしゃわしゃと撫でられてしまいました。
んもう。お止めくださいまし。
麗しくて瑞々しい髪が乱れてしまいますの。
先ほどのバトルで、だいぶ砂煙に晒されてしまいましたけれども。
「ヨウ、お疲れ〝先輩〟チャン。一部始終、バッチリ覗かせてもらったぜ?」
「んまっ、覗いていらしたって……だったら割り込んで止めてくださればよろしかったのに」
正直、あの子たちとは戦いたくありませんでしたの。あの流れでは仕方がなかったとはいえ、勝手に手の内を晒して差し上げてしまったようなモノ変身でしたし。
テンションが上がって、お見惚れくださいましなどと宣ってしまいましたけれども!
どうせならキッチリとやり遂げるのが私の信条ですの! 中途半端はイヤですの! 言い訳じみてしまいますが!
ただ、叶うのなら武力に訴えるやり方はホントの最終手段にしておきたいんですの。話し合いで解決できれば……!
……もっと、こんなモヤモヤとした気持ちにはならなくて済みましたのに。
「しゃーネェだろ。俺らの存在がバレちまったら、それはそれでまた問題だろうしナ。いつでもお守りしてやれるわけじゃネェんだワ」
「それはっ、分かっておりますの……」
アナタ方お二人は今日はオフの日なのですし、お休みのときまで戦う義務はございませんし、表立って行動すること自体、本来は厳禁なはずですし……!
だから、ある意味では私の対応は間違ってはなかったのだと思います。間違いなく緊急事態だったのです。
それでも。
叶うのならば、もっと気楽に、それこそフリフリとお手を振り合いながらサヨナラご挨拶を交せる関係で終わっておきかったのです。
その結末の為には、いくつかの弊害をクリアする必要がございますの。
何より翠さんの誤解を解かなければなりません。
ヒーロー連合本部による捏造話を全て訂正して差し上げて、平和的かつ穏便かつ正確に、メイドさんのご容態についてをお伝えしなければいけないのです。
次回は、落ち着いて聞いてくださるでしょうか……。
私も落ち着いてお話できるでしょうか……。
新たな気苦労がのしかかってまいります。
長らく忘れていたブルーな気持ちが再来してますの。
「………………はぁ。気が重たいですのぉ」
会うこと自体は難しくありませんでしょう。
でも、次にご対面したとき、私は何から切り出せば……? メイドさんのことをどのようにお伝えしたらよろしくて……?
ああ、ダメですの。久しぶりに思考のループが起きてしまっておりますの。ぐるっぐるのぐっちゅぐちゃに絡まってしまって、全くと言っていいほど解決の糸口が見えてこないのです。
「青ガキ。俺から言えんのはだナ、難しいこたぁ考えずに本能のままに生きてみろ……つってもまだ難しいか。育ち盛りのお子ちゃまチャンだからよぉ。
考えがまとまらネェときは熱い風呂入ってソッコー寝るに限るゼ? コレ意外に本気でオススメ」
「……ええ。とってもいいですわね。是非そうさせていただきますの」
これは彼なりのお慰めの言葉なのでしょうか。
夜の御伽でお相手してくださらない分、こういう地味ぃに空気を読んで地味ぃなフォローをしてくださるから、カメレオンさんって憎めないお人筆頭なんですの。
総統さんの側近兼手足的な立場として、普段からバックアップ役に慣れているからでしょうか。もしくは潜入スパイのスキルとして、人心掌握はお手の物なのでしょうか。
いえ、もしかしたら彼元来の優しさによるものなのかもしれませんけれども。
「だったらよォ、さっさと帰っとこうゼ。モグラの野郎、今頃転送装置の近くで痺れ切らしてるだろうからサ」
頭のわしゃわしゃを止めて、代わりにぽいと私の背中を押してくださいました。勢いこそございますが、相応に優しさも感じられます。
思わずすっ転びそうにそうになってしまいましたが、すんでのところで体勢を整え直して差し上げました。
帰る、ですか。確かにもうレースが終わった頃合いですものね。
「……んもう。あ、ってことは最終レースの方は? お二人の結果はいかがでしたの?」
乱れた髪の毛を整えつつ、歩きながら彼にお尋ねいたします。
「バーカ、むしろ買わずに見送ってる。あんな爆弾事件があった後で平然と競馬に戻れるわきゃネェだろ。見回り兼ねてきっちり警備しといてやったよ。とりあえず心配は無さそうだから一安心しとけ」
「ふぅむ……何から何まで、すみませんの」
私が翠さんと取っ組み合っている間に、どうやら色々とお手間をかけてしまっていたみたいですのね。私としたことが、アナタ方のお心遣いにも気付けなかっただなんて。
「気にすんナ。ガキの尻を拭くのが俺たち大人の仕事よ。悲しいことにナ」
口元をほんの少しだけ歪ませてお笑いになられます。
ホント掴み所のないお方ですのっ。
横並びになりながら帰路を辿ります。
最終レースが終わっているということで、換金を終えたらお次は退場となるのが場の筋というものですのね。
帰る方向が同じ人々もそこそこいらっしゃるのか、私たちも西門に向かう流れに加わります。
人を隠すなら人の中、ですわよね。
紛れるにはちょうどいい混み具合です。
「…………あっ!」
そういえば、肝心な事を忘れておりました。
後輩ちゃんやら爆弾騒ぎやら変身対決やらで頭からすっぽり抜け落ちてしまっておりましたが!
「私、なんやかんやでお土産買うの忘れてましたのぉ……。あの、このお時間ですと、さすがにお店は……」
「完全に、閉まっちまってるナ」
「ですよねぇぇ、はぁぁぁあぁあぁん……」
どんなため息を吐いても吐ききれません。
パンツのゴムに挟んでいた三枚の諭吉の感触を、今になって思い出してしまいました。このお小遣いで、枕元に置いて抱きしめる用のぬいぐるみを、サイドテーブルを飾るための来場記念マグカップやTシャツを、いくつか買いたかったですのに……!
手に入れられなかったことが悔やまれます……!
「ま、そういうお前みたいなヤツの為に、通販でもある程度買えるようになってるからサ。あんまり気を落とすナよ。それに」
「それに?」
しょぼんとした瞳を向けて差し上げます。
何やらお召し物の懐をガサゴソとあさっておいでですの。
「ほいコレ。俺からの餞別。超今更だけどナ」
「はぇっ!?」
手のひらを広げろとのジェスチャーをなさいます。素直に従ってみますと、上に何かをぽんと乗せられてしまいました。
可愛らしい〝U字〟のストラップみたいですの。
銀色のリングチェーンで綺麗に纏められております。
確かお馬さんの足裏に取り付ける蹄鉄とかいうシロモノですわよね? それが小指ほどの大きさにデフォルメされておりまして、まさに携帯電話などに取り付けられそうな、The・ストラップという見た目になっておりまして……!?
「さすがにぬいぐるみを買うのは恥ずかしくてよ。こんなモンにしか手ェ出せなかったが、何にもネェよりはマシだろ?」
「え、ええ、とっても嬉しいですの! 本当にいただいてもよろしいんでして!?」
「ああ。全くの手ぶらで帰らせるのもどうかと思ってナ。一応、俺からの初めての外出祝いっつーこった。言っとくが、次回のお守りはお断りさせていただくぞ。何度も言うが、俺ぁ面倒事に巻き込まれんのはゴメンだ」
「うふ、ふっふーん? ですの」
そこまで言われてしまうと、逆に照れ隠しにしか聞こえませんのよ……?
あれだけ私からお逃げなさっていた方ですのに?
まさかこんな最後にツンツンからのデレ要素をお見せなさるとは!?
もしやコレはご遺去フラグでして?
縁起が悪いからやめてくださいましッ!?
貴方にはまだ、花園さんへの道案内という大切なお役目がございましてよ!?
あ、そうですの。そうですのよ。
明確なお仕事がございますの。
「コホン。プレゼントありがたく頂戴いたしますの。大切にさせていただきますわね。
ですがそれとこれとは話が別ですの。貴方には、次回もほぼ間違いなく外出同行していただきますからそのおつもりで」
「ハァ!? なんでだよ」
「だって貴方くらいしかおりませんもの」
「…………ハァ?」
他のどなたにお尋ねすればよろしいんですの?
花園さん方にお会いするその方法を。
今のうちから腕をガッチリと掴んで逃げられないようにして差し上げます。さすがに今日中に聞き出すつもりはございませんが、後日に透明になって逃げようとしても無駄でしてよ。
いざとなったら総統さんにお願いして緊急招集していただきますの。うふふ。うふふのふ。
あえて主語を隠した問答を繰り返しているうちに、転送装置の隠された多目的トイレ付近へと戻ってまいりました。
壁際にモグラさんが寄りかかっておいでです。ホントに待ちくたびれたご様子でしたの。なんだか申し訳ないですわね。