変身、解禁
「ちょちょっと翠ちゃんどうしたの!? 蒼井さんって、あのプリズムブルーさんなんですよ!? あの伝説の魔法少女さんなんですよ!?」
「んぐぅぅ、ぐ、ぐる、じ……」
「ねぇ翠ちゃんってば!? 私たちの憧れだったあの人なんですよ!? それなのにどうして……!」
突然の光景に驚いていた花園さんが、ハッと
我に返って止めに入ってきてくださいます。
「……だから、こそッ……!」
駆け寄って掴む腕を取り外しにかかってくださいましたが、それでもピクともいたしませんの。
いきなりの状況に脳が全く追い付いておりませんが、仕方ありませんわねぇ……ッ!
かなりの荒療治にはなってしまいますが、お離しいただけない以上は、お腹にグーパンチでもして無理矢理に離れていただくしか……!
強めの力でボカボカと殴ってみましたが、鍛えていらっしゃるのか、固い腹筋がダメージを通してくださいません。
「桃香は! ずっと騙されてたんだ! コイツは連合の裏切り者! やっと見つけた! 私の、燦姉さんを……コイツがぁッ!」
変わらず私の首をキツく締めながら怒声をあげられます。勢いに押されてしまったのか、ピンクさんが怯えた表情で手を離してしまいました。
このままではホントにピンチですの……ッ!
手荒い方法にはなってしまいますが、本当の本当にご勘弁くださいまし……ッ!
「話が、全然……読めでまぜんの! いっだい何なんでずの……ッもう!」
決死の思いで彼女の腹に蹴りを入れます。膝でもつま先でもお構いなしの乱撃ですの。
さすがに耐えきれなくなったのか、その手を少しだけ緩められました。すかさず身を捩って脱出を試みます。
「ン……ぐぅ……ッ!! かはっ」
なんとか彼女の拘束から逃れることが叶いましたの。地面に叩きつけられてしまいましたが、ゴロゴロと転がって距離を取ります。
ゲホゲホと咳むせてしまいますが、今は困惑している暇はありません。
ゼェゼェと息を吐きながらも体勢を立て直します。
次の攻撃に備えて構えておきますの。私の第六感がレッドアラートを鳴らしておりましてよ。
先ほどから只事ではない雰囲気なのです。
念のため、いつでも変身できるように胸のブローチに手を掛けておきます。
「けほっ……けほっ……ったく、訳が分かりませんの」
ホントにどのようなご展開なのでしょうか。全く理解出来ておりませんでしてよ。
私の現役時代のこと、今はもうプラスの印象として語られているのではありませんこと!?
どこにどのように恨まれるような必要性が!?
確かにヒーロー連合の裏切り者のというのは間違っていないとは思いますけれども、それにしたって私はただ辞めただけのイチ矮小乙女に過ぎませんの。
貴女に胸ぐらを掴まれて、そのまま締め上げられるようなことをしたつもりはないのです!
全くもう! ホントに何なんですの!?
無性に腹が立ってきましたわ!
自然と滲み出る涙を拭いつつ、キッと睨み付けて差し上げます。今度は何をされようと完璧に防いで差し上げますの。不意打ちに二度目はござませんわ。
しかしながら、翠さんからの攻撃は飛んできませんでした。
代わりに、小さな呟きが一つだけ。
「…………〝亀戸燦〟の名を、知らないとは言わせない」
「なっ!?」
それは、私の心を揺らすには充分過ぎる一言だったのです。
かめいど、さん、ですって……ッ!?
「はぁっ!? どうして貴女がそのお名前を?」
発せられた名前に驚愕してしまいました。
思わずブローチからも手を離してしまいます。
亀戸燦のお名前、ですって!?
そんなの知ってるに決まってますの。
むしろ知らないわけがありませんの。
一日だって忘れたことはございません。
だって。だってだってだってッ!!
亀戸燦とは 私のお付き人であるメイドさんの、ご本名なのでございます。
総統さんや茜と同じくらい、彼女の為なら私の命を賭けてもいいと思っているくらい、ある意味では家族同然な存在の、私にとってかけがえのない……!
最も信頼している方のお名前なのです……!
「それこそこっちの台詞ですの。どうして貴女がメイドさんのことをご存知でして?」
「私の名は亀戸翠。亀戸燦の――唯一無二の妹だ」
「んな……はぁッ!?」
メイドさんに妹さんがいらしたんですの!?
完全に初耳なんですけれども!
彼女には私が幼い頃から付き添っていただいておりますが、ご家族の構成などは一度たりとも聞いたことはございません。
興味が無かったわけではありませんの。ただ、聞いてもいつもはぐらかされておりましたし、そもそものお話、彼女自身が仕事にはあまり私情を持ち込まない方でしたし。
たまに有給をとってご実家に帰られることもございましたが、それにしたってオフの日の内容を聞くほど私も無神経ではないのです。
それに知らないのだって仕方ないじゃありませんの! 雇用主自体は私の父でしたし、私はただ、物心ついたときから彼女に尽くしていただいていただけでしたし……!
「…………あの日。連合を裏切り、敵の元に寝返った日ッ! お前は私から姉さんを完全に奪ったんだ! 燦姉さんをどこへやった!?」
変わらぬ険しいご表情で翠さんが言葉をお続けなさいます。拳を握り締め過ぎて、今にも血が滲んでしまいそうな、そんな必死ささえ伺えてしまいますの。
……でも。
私は間違ったことはしたつもりはありません。
奪い去ったつもりもございません。
私は、あの人を失いたくなかっただけなのです。
彼女は今はゆっくりとご養生していただいている最中なんですの。一度は諦めたお命ですが、必死でこの世に繋ぎ止める為、本当に藁にも縋る思いで総統さん方にお世話になっているわけで……ッ!
「どこへやったも何も、今は私と一緒に」
「私は極秘裏に連合本部に裏を取ったッ! お前が、プリズムブルーが敵側に亡命したこと。そして、その際に……燦姉さんを人質に取ったこと!」
最後まで言い切る前に制されてしまいました。
総統さんに匿っていただいている、とまでは言わせていただけなかったのです。
人の話は最後まで聞くモノですの!
「そんなの言いがかりですの! っていうか嘘八百も甚だしいですの! 人質だなんてそんな人聞きの悪いこと仰らないでくださいまし! 私はただ、あの人を……!」
守りたかっただけなんですの!
死んで欲しくなかっただけですの!
どこにも味方がいないあの状況で、今にも死にそうなあの人を失わない為に! 涙ながらに総統さんたちを頼っただけですの!
今だって完全に助かったとは言えないのです。あれから三年が経った今でも、メイドさんは寝たきりのまま、一度として目を覚ましてくださらないのです!
私自身が! ずっとずっと! どこの誰よりも!
あの人のお目覚めを心待ちにしているんですのッ!
そんな酷い言い方しなくてもよろしいではありませんでしてッ!?
「御託はいい! お前は私から燦姉さんを奪った! この事実は変わらない! 今すぐ姉を返せ!」
「ダメですの! 嫌ですの! そんなこと出来ませんの!」
未だ目を覚まされないあの人を移動させるなど、まして何をしでかすか分からないヒーロー連合の手の届くところに晒すなど!
それこそどんな危険があるか分かったものではないのです!
弊社の地下組織なら、ハチ怪人さんが丁寧に安全に診てくださるのです。だから私もじっとお待ち申し上げられるのです。
あの人が目を覚ましてくださるまで、今はただ、安静を貫くのみ……!
「言わないならば、力尽くで居場所を聞き出すまで……!」
「んもう! アナタどうしてそんなに強情なんですの!? 少しは私の言葉も聞いてくださいまし!」
「問答無用!」
「んくッ!」
急接近して横凪ぎに払われたステッキを、すんでのところでかわして差し上げました。切っ先に触れたら大変なことになりますの。
戦闘を眺めていたから分かります。この子の杖は銃弾をも真っ二つに斬り伏せた、切れ味のおかしい刀杖なのです。
生身でまともに受けてしまったら単なる打撲では済みそうにありませんの。腕とも足ともサヨナラですの。
「んぐぬぬぬ、聞き分けの悪い方ですわね……!」
このままでは埒があきません。
完全に頭に血が昇っていらっしゃるようです。
少し冷静になっていただかないと、誤解を解くこともままなりませんの。となれば力尽くで止めるしか手はございません。
このままでは私の身体が持ちそうにありませんの。身体能力の低い生身ではいずれは被弾してしまいます。
それがそのままバッドエンドに繋がっているのです。
仕方、ありませんの。
これは緊急事態なんですの。
総統さん。カメレオンさん。
私の勝手な判断をお許しくださいまし。
――変身、解禁させていただきますの。
「…………偽装 - disguise -」
胸のブローチを握り締めます。
私の呟きに呼応して、胸元の黒紫の宝石が鈍い光を放ちました。身に纏っていた衣服が次々にドロリと液状化して身体全体を包み込みますの。
ゲチョゲチョとしたドス黒い繭が形成されました。
ひんやりと冷たくて、けれどどこかもホッとする、不思議な感触が私の感覚神経を刺激いたします。
さぁ、お見惚れくださいまし。
新たに身に付けたこのチカラ、貴女方の目の前で解放して差し上げましてよ。
ようやくメイドさんのご本名を大公開。
だからキャラ紹介のページにも
意図的に載せてなかったんですよね。
亀戸翠って、つまりはミドリガメ?
なぁんて発想から発展……というのは冗談で。
いやぁ、ここまでがやっぱり長かった……ッ!
だって仕方ないじゃない。
美麗ちゃんに競馬させたかったんだもの。
だいぶ回り道をしましたが
無事に軌道に乗せることができました。
魔法少女プリズムブルー改め、
魔装娼女イービルブルー。
ここから本格的に活躍いたしますッ!