お前が!? お前がッ!
私も満足いたしましたし、今日はもう切り上げて総統さんにご報告しに帰るのも悪くありませんわね。
そうと決まれば急いでカメレオンさんたちに合流いたしましょう。最終レースのご購入に間に合わなくて、既に転送装置のある多目的トイレの方に向かっていらっしゃるかもしれません。気の毒なことをしてしまいましたわね。
「では、この辺でお開きにいたしましょうか」
「はい! それでは魔法少女プリズムピンク、ならびにプリズムグリーン、これにて失礼させていただきます!
あ、ホントに後に何にも控えてませんからねッ! 跡も付けちゃダメですっ!」
「それ、フリでして?」
生着替えシーンの一部始終を見届けてほしいんですの?
「ちーがーいーまーすー!」
「はいはい、分かっておりましてよ」
変身のご解除を一般人に見られたくないのでしょう? 私には何でもお見通しですのっ。
貴女方の方から離れてくださるのならこちらとしても好都合ですの。散り散りとなっていた黒泥ですが、だいぶ元通りになってきましたの。
まだ大きい塊の分が戻ってきておりませんが、それも時間の問題なはず……!
「うふふ、では、機会があればまた。お二人のご活躍を心よりお祈り申し上げておりま――あ、ちょっとだけ待ってくださいまし」
「「?」」
ついぞ忘れておりましたの。
別れを告げるその前に、です。
今日一日ずっとモヤモヤしていたことを解消しておきたいんですの。
衣服の復元も背中側を残すのみとなりました。このタイミングでの呼び止めにも、相応のリスクはございますが、まぁ何とかなりますでしょう。
ここからは私の勝手な承認欲求といいますか、薄汚れた自己顕示欲といいますか。
最後にビックリドッキリな要素を解禁して差し上げたくなってしまったといいますか。
これくらいは……お許しいただけますわよね?
傾き始めた西日に問いかけて差し上げます。
残念ながらちょうど太陽が曇に隠れてしまいました。雲が薄暗い赤に染まっていらっしゃいます。まったく恥ずかしがり屋さんなんですから。
立ち上がりついでに衣服をパッパと整えまして。
「そういえば、長らく一緒に行動していたといいますのに、私の方からはまだ自己紹介をしておりませんでしたわよね。
このままサヨナラしてしまうのは、なんだかフェアーじゃない気もいたしまして」
「ああ、なんだそんなことですか……。えへへ、でも確かになるほどです。とっても今更な感じがしますけど」
「ええ、まったく」
時の偶然か、名乗ろうとした際に毎回毎回横槍が入ってしまっておりましたものね。
今ならお邪魔が来る心配はございません。
スカートの裾を摘んで、優雅に一礼して差し上げます。
「私、蒼井美麗と申しますの」
「「へっ……?」」
お二人ともキョトンとした顔をなさいます。
ああっ、この反応を待っていたのですっ!
思わずうっとりと、恍惚としてしまいます。
推しのアイドルさんを偶然近くのコンビニで見かけてしまったときのようなっ!
見窄らしい格好の好青年が、実はお国の王子様のお忍び姿だと知ったときのような!
そんな、嘘でしょう!? な驚き顔。
こちらは暇つぶしで読んでいた小説のお話なのですが。
アッと驚くどんでん返しをですね、人生で一度はやってみたかったのでございますっ!
何の変哲もないお姉さんが、実は伝説の〝元〟魔法少女さんだった! なーんて、この世の何よりも美味しすぎるお話ではありませんこと?
このネタを扱わずして何を使うと仰るのでしょう。
花園さんが早速目が泳がせていらっしゃいますの。表情もコロコロと変わっております。
赤くなったり青くなったり、あんぐりと口を開けたかと思ったらむむむと固く結んだり。興奮のあまり思考が追い付いていらっしゃらないようですわね。
以前、囚われの身となった貴女の口から、現役時代の私たちに憧れて魔法少女になったと聞いたことがございますの。
名前までを明かすかは正直悩み所でしたが、こちらはもう引退した身なのです。連合による捜索の魔の手だって、今はもう方向転換されて打ち切られているとのことですし。そこまで大きな問題でもないでしょう。
それに私自身だけの問題なら、どんなことが起きたとしても総統さんを始めとした結社の皆様が守ってくださるでしょうし。
この子たちなら少しは信頼して差し上げてもよろしいのでは? と、思えてしまったのです。
今の私はあくまで伝説の存在なのです。
真実味は二の次で、たとえ半信半疑だったとしても、多少のびっくり仰天要素があった方が人生に彩りが加えられるのではなくって?
伝説が現実が変わる瞬間は、憧れが本物に変わる瞬間は、いつだって輝かしいものなんですの。
「コホン。改めまして自己紹介させていただきましょうか。私、蒼天の蒼に井戸の井、美しく麗しくと書いて、蒼井美麗ですの。
変身名は……さすがにご存知ですわよね?
今日ここで会ったことは私たちだけの秘密でしてよ。後輩ちゃんたちが頑張ってる姿を見て、私も久しぶりに身体を動かしたく――」
――それは、とてもとても小さな声でした。
はわわわと挙動不審さを極めるピンクさんの横で、グリーンさんが何か言葉を紡がれたのです。
「ふぅむ? 今何か仰いまして?」
聞き取るにはあまりに小さ過ぎまして、おまけに俯いていらっしゃいましたので読唇することも叶いません。
今もなお、蚊の鳴くような声量でブツブツと何かを漏らしていらっしゃいます。
拳に力が入っているのが見えますの。
ワナワナと震わせていらっしゃいますの。
あ! もしや貴女、私の大ファンでいらっしゃいまして? 感極まっていらっしゃいまして!?
ふっふーん。あいにく色紙とマジックペンを渡されてもサインはいたしませんのよ。私、今をときめくアイドルではございませんし、書く練習だってしておりませんもの。
なるほどですの。自室に帰ったらいざという時のために準備しておいても悪くありませんわね〜。
そんな呑気なことを、のほほんと思い始めていた、そのときでございました。
「お前が!? お前がッ! 燦姉さんをッ!!」
「んひぃっ!? ななな!?」
カッと目を見開いた彼女が……ッ!?
唐突に私の胸ぐらを掴んだのですッ!?
「んぐぇっ、な、何ですの!? 急に何なんでずのぉ!?」
小柄な少女とは思えないくらいのトンデモ握力で、私の首を締め付けなさいます。魔法少女の力を最大限に発揮なされていらっしゃるようです。
首元、つまりは気管を抑えつけられてしまっておりましてッ……! 正常に呼吸をすることもままなりません。
むせ返りそうになるのを必死に我慢しながら、彼女に訴えかけて差し上げます。
「貴女、いぎなり、どうなざいまじだの……ッ!? どうじでぇ……!?」
振り解こうにもピクともいたしません。
「蒼井美麗ッ! 燦姉さんを返せ、この、裏切り者……!」
「さ、ん、ねぇ……ざ……!?」
殺意に満ちた瞳が目の前にございます。
掴む力が更に強くなってまいりました。痛みと息苦しさに、勝手に目頭に涙が溜まってきてしまいます。
どうして、貴女まで涙目になっていらっしゃいますの……!?
それに燦姉さんって……!?