ぶぇっくしょいっ!
液晶を支えている柱に背中を預けてしゃがみ込みます。表面の冷たくてザラザラとした感触が私の肌をくすぐりました。
けれども少しも気にいたしません。
「ふぅむ……しっかし疲れましたわね。お尻が地面にだいしゅきなホールドをしちゃってますの……」
どうしてでしょうか。気を抜いてしまった途端に膝に力が入ってくださいません。
自分でも気付かなかった多大な疲労が、今になってドドドッと押し寄せてきてしまったかのようですの。
正直何度目かも分からない倦怠感ですが、間違いなく今日一番を更新してしまったことでしょう。
思わず瞼の上と下がこんにちはしそうなくらいの身体の重さを感じてしまっているのです。
慣れないことをしたせいか、それとも私がまだ、偽装変身を扱いきれていないからでして……?
「……やっぱり現役の頃と比べると、自由度というか、身体の一部感が足りておりませんの……。もう少しギムナジウム通いを増やして馴染ませるというのもアリかもですわね」
この変身装置、衣服として常に身に付けていられる便利グッズではございますが、こうして杖に変形させるなどのイレギュラーを行うと、疲労感がよりマシマシに際立ってしまうのです。
ちなみにすぐに疲れてしまうのを歳のせいだとは思いたくありません。現役だってつい3年前のことですし。まだまだ私、ピチピチの10代なのですし。
あの頃も毎日疲労困憊でベッドに倒れ込むように眠ってはおりましたが、その分回復力においては今と比べると桁違いに優れておりましたの。
装置の子たちの補助も大きな要因でしょう。あの子たちが私たちに眠る潜在能力を引き出していたからこそ、私たちも優れたチカラを発揮できていたのです。
今の私にも偽装変身があるとはいえ、魔装娼女の姿に変身しなければその恩恵は得られず、またその為の黒泥も今は量が足りておらず……!
過ぎたるは及ばざるの逆ですの。
足りなきゃそもそも何も出来ないですの。
気力も、体力も、何でも。
「ふぁ……っ……ぶぇっくしょい、ですの。あー、さすがに裸同然の格好では寒ぃでずのぉー……まぁだですのー……?」
肌寒さについブルっときてしまいました。
おあいにくここは日陰になっております。
他より気温が低いわけです。
ちょっと前に出れば日光に当たることもできますが、そうなると通行人の方々の視界に入ってしまう恐れがございます。
全く関係のない方にこの肌を晒して差し上げるわけにもいきませんの。下手に扇情してしまうのは避けたいのです。
この美しく瑞々しい肌を見ていいのは私の敬愛する方たちだけですのっ!
どこの誰でもいいわけではないのですっ!
カタカタと身を震わせながら、今は必死に耐え忍びます。
「……ふ、ぶぇっくしょいっ!」
さっきからくしゃみが止まりませんわね。どなたかが噂していらっしゃるのでしょうか。本格的に風邪を引いてしまう前に何とかしたいですの。
一応、黒泥の方は先ほどから地面を介して少しずつ戻ってきております。冬の日の朝露のようにムニムニと地中から染み出してきてはヌプヌプと靴裏に結合していくのです。
そのまま太ももを登って体表を這って、取り込んだ分だけ布面積が増えていくのが分かります。自発的に伸び広がる泥パックのようなモノでしょうか。
「ふぅぅ……やっとキャミソール程度になりまして? ワンピース完全復活までもうしばらくの辛抱ですの……ッ……ぶるっくしょイッ」
「あぁ!! お姉さん居たぁっ!!」
「ふぅむ!?」
一際大きなくしゃみを放ってしまったからでしょうか。私の居場所がどなたかにバレてしまいました。
聞こえてきたお声はピンクさんのものですわね。
首を上げてみますと、私に気が付いたのか、彼女がこちらに駆け寄ってくるのが見えました。そのすぐに後ろにはグリーンさんのお姿もございます。
あらやだどういたしましょう。
まだ再結合が終わっておりませんでしてよ。
こんなげちょげちょとした姿を見られてしまっては変に疑われてしまうかもしれません。
少なくとも一般女性のお洋服は溶け出したりムニムニ蠢いたりはいたしませんもの。
どうか意思のない変身装置さん。せめて今は背中側から仕上げてくださいまし。念じたらある程度は従ってくださるのでしょう?
こうなっては仕方ありませんの。
爆弾探しに夢中になっていたら、気が付けば服がボロボロになってしまっていたとか、そういうノリと勢いで誤魔化し切れることを祈りましょう。
こんなタイミングで別の意味でピンチになってしまうとは……皮肉なモノですの。
「んもう、探したんですよ!? 遠くの空から大きな音が聞こえてきたからもしかしてと思って! それでグリーンちゃんと一緒に場内を探し回って、でも全然見当たらなくて……!」
とても不安そうなお顔をしていらっしゃいます。
「ご心配おかけいたしましたわね。見ての通り、ギリギリのところで何とか出来ましたわ」
「ってことはさっきの爆発って!?」
「ええ。私たちの探していた爆弾ですの。解除が間に合いそうにありませんでしたから、やむなく被害の少なそうな場所にポイさせていただきましたわ」
「そうでしたかぁ、よかったぁ……」
たはーっという気の抜けたおコーラのような声が聞こえてまいります。その情けなくもお優しいお姿に、思わず微笑みが零れてしまいました。
コレで今日のうちは貴女方も一安心できましてよ。
今頃はオレンジ怪人のお仲間さんも悔しがっているのではありませんこと?
次にいつどこが狙われるかは存じ上げませんが、そのときは貴女方がしっかりとご対処くださいまし。今度は私には関係ありませんから、せいぜい生温かい目で見守って差し上げる所存ですの。
「で、それはそうと、何故にお姉さんはそんなお姿に?」
次から次へとコロコロと表情が変わる子ですのね……。
若干引き気味とも取れる表情になられました。
やっぱりその質問が飛んできてしまいましたか。
けれども疑問に思うのも仕方がないことでしょう。
さっき貴女と別れたときには、こんな肩出しへそ出しセクシースタイルではなかったのですから。
「爆弾探しに必死で身体動かしてたらこうなっちゃってましたのっ。とにかく細かいことはいいんですのっ!
今はただ、何事もなく終わったことを喜び合いませんこと!? そうではありませんでして!?」
「あっ、そ、そうですよねっ。了解ですっ」
どうも。やれば出来る女、蒼井美麗ですの。
グイグイと早めに会話を切り上げて差し上げました。
これ以上私に目線を向けられてしまうと厄介ですの。今まさに衣服の再形成が行われているのですからね。
もうしばらくこの体勢でいて、せめてスカートの生成が終わったくらいで立ち上がるのがベストなのでしょう。
「もうしばらく休ませてくださいまし。貴女方とは違ってただの一般人なのですから。それよりいつまでご変身なさってるおつもり? 目立ってしまいましてよ?」
「あ、そうですね。もうしばらく様子見たら、ちょっと席を外させていただきますっ」
ええ、しばらくと言わずさっさとしてくださいまし。その方が私もありがたいですの。
「……ふぅ。ようやく落ち着けましたわね」
一日、長かったですの。