ああ。だといいんだがナ
「お二方ーッ! なんか見つけましたのー! ベンチの下に変なのが貼り付けられておりますのー!」
もう一度柵の方へと足を運びまして、若干声を大きめにして二人の怪人さん方にお知らせして差し上げます。
私の呼びかけにお気付きになるや否や、カメレオンさんは最初と同じように大ジャンプして近くまで来てくださいました。
一方のモグラさんについては……ちょっと時間が掛かりそうですわね。気付いていただけたのはよいのですが、彼も彼とてほぼ対岸側にいらっしゃいますの。
徒歩でぐるりと回り込んでいただかなくてはなりません。ご到着をお待ち申し上げておりますわね。
取り急ぎこの二人でベンチの底を覗き込みます。
ほらほらカメレオンさん見てくださいまし。ここに明らかに異質なブツが取り付けられておりますでしょう? 耳を澄ましてみると中からカチカチという音も聞こえてきますの。絶対に危険なモノでしてよ。
「あー。十中八九ビンゴだナこりゃ。紛うことなき爆発物のソレだ」
「ふぅむ。やっぱりでして?」
どうやら目的のブツを発見出来たようです。
オレンジ怪人の遺した爆弾のようですの。
「このままだと詳しい確認までは出来そうにないナ。ひとまずこのベンチをひっくり返しておこう。モチロン振動も衝撃も厳禁の方向でナ」
「おっけですの!」
言葉の勢いとは裏腹に、慎重にベンチの座面部分に手を掛けます。少しも揺らさないように足腰にも均等に力を入れるのです。
ラッキーなことに設置されていたのは床に固定されていないタイプのベンチでしたの。身の詰まった木製な為に少々重かったですが、そこは溢れんばかりの乙女力でカバーいたします。
せーのという声掛けと共にベンチを180度回転させました。これで底面の謎の物体が顕になりましたの。
赤と青のケーブルがぐるぐる巻きになっております。直方体の上面部分には4桁の7セグメントディスプレイが取り付けられておりましてよ。
ほら、直線7本の明滅の組み合わせだけで数字を表現できるアレですわね。昨今だとデジタル時計などでよく見られる表示形式といえましょう、
ふぅむ。時計……ということはまさか!?
「間違いなくコレ時限爆弾ですわよね!? 残されたお時間やいかに!?」
目を凝らして見てみます。現在ディスプレイに表示されている数字は〝1945〟みたいですの。それが一秒経つ毎に一つずつ減少していっているのです。
「ほう。見た限りでは20分弱といったところか。予想してたよりもだいぶ早いナ」
「だいぶ早いナ、じゃありませんの! これ解除間に合うんでして!?」
せめて間に合わないのであれば、地中に埋めたり緩衝材にくるんだりして威力を弱めないといけないのではありませんこと?
一刻も早く被害を最小限に抑える努力をすべきなんですの! 近くにいる私たちが最も危ないのです!
「ま、焦ったって結果は変わらネェよ。果報は寝て待てっつーだろ?」
「寝て待ってたらドーンでバーンでチーンですの!」
「おいコラ揺らすナ暴れるナ。危ネェだろ」
地団駄を踏んでいたら怒られてしまいました。
んもう。どうしてこの方はこんなにも落ち着いていられるのでしょう!? ベテラン潜入工作員ゆえの余裕でして!? それとも何か秘策がお有りなんですの!?
このままでは埒があきません。そう思って振り返って見てみれば、ようやくモグラさんが合流してくださったところでございました。
急いで来てくださったのか、若干息が荒めです。
「すまねぇ遅くなった。あんまり走り慣れてねぇもんですからさ」
「大丈夫ですのぎりセーフですの! それよりこちらを見てくださいまし!」
「どれどれェ?」
近視なのでしょうか。モグラさんは鼻先がつくかというくらいの距離まで爆弾にお近付きになりました。顔の角度を変える毎にサングラスがキラリと光を反射していらっしゃいますの。
フスフスと長い鼻を鳴らしますと、何が分かったのかどっしり自信ありげに腕を組まれました。
「ま、見た感じはオーソドックスなタイプですな。10分あれば余裕ってな感じの」
「マジでして!? ガチでして!?」
「爆発物は普段から触ってますゆえ、嗅ぐだけでだいだい分かりますわな」
「ほぇーっ、さすがですのっ!」
餅は餅屋ということですのね。専門的な分野はその道のプロさんにお願いするほうが確実だ、と。カメレオンさんの謎の落ち着きの理由もこちらだったのでしょう。
モグラさんがどこからともなく工具箱を取り出しなさいました。金品を運ぶ用のアタッシュケースほどの大きさでしょうか。懐に隠し持つには明らかに大きすぎるサイズです。
怪人さんの特殊能力でしょうか。魔法少女の杖生成みたいな感じですの。詳しいところはよく分かりませんが、この状況が何とかなるなら別に気にいたしませんのっ!
「あ、これメスとか汗とか、手術の助手さん的立場が必要になりまして?」
「いや、むしろ黙って見ていておくんなせぇ。あっしの気が散っちまいますゆえ」
「りょ、了解ですの……!」
そこまで仰られるなら仕方ありませんわね。指をちゅぱちゅぱ咥えて待っていて差し上げましょうか。
爆発のタイムリミットまではあと20分。
されども解体に要する時間は10分足らず。
ふっふっふ。オレンジ怪人さん、私たちに情報を与えてしまったのが運の尽きでしたわね。こちらの完全勝利ですの。多勢に無勢な人海戦術、当然の結果なのでございます。
解体と建築の専門業者さんまで味方にいらしてはもはや負ける要素が見当たりません。
モグラさんが今まさに目にも留まらぬ速さで工具をカチャカチャとなさっていらっしゃいます。
ベッタベタに貼られていたはずのガムテープがすっかり取り外されましたの。おまけにぐるぐる巻きにされていたはずの赤青ケーブルも綺麗に解かれて隅にちょこんと置かれておりますの。
直方体の表面、白丸に囲まれた2の文字も先ほどよりもはっきりと認識できるようになりましたわね。
四隅を留めるネジに対して、精密ドライバーやら六角ランチやらを駆使した技術攻撃が始まろうとしております。内部の起爆スイッチのストップも時間の問題でしょう。
「ふぅ。この調子なら無事に終わりそうですわね。メインレースにも十分間に合うペースだと思いますの。よかったですのーっ」
ほっと胸を撫で下ろします。
だいぶ脇道に逸れてしまいましたがこれでようやく競馬の本路線に戻れそうでしてよ。
そういえば事件に首を突っ込んでしまったせいでお土産ショップに寄るのを忘れておりましたわね。
まだ縫いぐるみは取り扱っておいででしょうか。出来ればベッドで添い寝できるサイズが欲しいんですの。
「…………ああ。だといいんだがナ」
「ふぅむ?」
けれども、何だかカメレオンさんが浮かない顔をされていらっしゃいました。握った拳の上に顎を乗せるようにして、何やら物思いに耽っておられるご様子ですの。
疑問の顔を向けて差し上げます。
「いや、無事に解体し終わるのは間違いネェんだけどよ。これだとあまりにすんなり行き過ぎな気がしてナ」
「と、仰いますと?」
「俺が爆弾を仕掛ける側なら、もうヒト罠くらい追加で張っておいてもおかしくはネェんじゃネェかと思ってサ。これじゃホントに果報を寝て待つほどの余裕が出来ちまってる。
悪い予感っつーのはあんまり外れネェモンなんだよナ。ナァんか見落としてるような気がしてサァ」
「……ふぅむ……」
杞憂と呼ぶにはあまりにモヤモヤが残り過ぎている、ということですのね。
確かに三ヶ所で爆弾を発見することはできましたの。奴もそのようなことを死に際に放っておりましたし。おそらくは大丈夫だと思うのですけれども……。
もうじき後輩の魔法少女ちゃんたちが、何の合図も寄越さない私のことを心配して、顔を見せに来てくださるはず……!
それとも浄化の光で消滅させられるという予想が全くの見当違いで、今も魔法少女のお二人は悪戦苦闘の時間を過ごしていらっしゃるとか……!?
と、そのときでございました。
「お姉さんー!? 近くにいらしたらお返事いただけませんかー? そちらの調子はいかがですかー!? もーしもーし!」
「…………こちらは無事に撤去完了ー。音沙汰ないので様子を見に来てあげた。……お姉さん……どこに……?」
池のほとりの方にプリズムピンクさんとプリズムグリーンさんのお姿が見えましたの。どうやら私のことをお探しのようです。
ほーら、噂をすれば何とやらでしてよ。
彼女たちがこちらにまで足を運んでくださったということは、お二人は無事にノルマを達成できたということを意味しますの。
カメレオンさんのモヤモヤは、やっぱりただの杞憂なのではありませんでして?
「あの、カメレオンさん。ちょこっとだけ進捗を伺ってきてもよろしくて? ここはお任せいたしますですのっ」
「ま、俺も待ってるだけだしナ。ただし俺らのことは特に内密に。オフの日にまで奴らと遊んでやりたくはネェぞ」
「分かってますのっ」
渋々といった感じですがご許可をいただけました。大丈夫ですの。あくまで話をお聞きするだけです。ここまで連れてくるわけではございません、
ともかく急いで彼女たちに駆け寄って差し上げます。