チンのポッ
「カメレオンさんモグラさん! トンデモない事件が発生中ですの! とにかく一大事なんですのッ!」
どうかお願いいたします。ご趣味のお邪魔をして大変申し訳ありませんが、今だけはお馬さんでも新聞でもなく私の方だけを見てくださいまし。
彼らの服の裾を引っ張って更に気を引いて差し上げます。
「おうおうどうしたそんな息切らして。あんまり大きな声で呼ぶナや、目立っちまうだろ」
「すみませんのっ。けれども、今はそれどころではないのですっ!」
具に事の顛末をご説明させていただきたいところなのですが、お生憎そんな時間が残されているかも分かりません。
ですから時短用の必殺技を披露させていただきましょう。
「ええとですわね。要するにカクカクしかじかチン書いてポッなんでしてよ。言い換えるならば――」
私の必死さを汲み取ってくださったのか、お二人ともお手持ちの新聞を畳んで、至極真面目そうなお顔でこちらに注目してくださいます。
イイですの。さすがですの。
この調子ですのよ蒼井美麗。
このままするっとまるっと伝わってくださると嬉しいのですけれども……!
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「……なるほどナ。他の怪人組織がこの競馬場にまで手ェ出してきたっつーわけか。そんで偶然出会った現役の魔法少女らに協力してやってる、と。
青ガキぃ。厄介事はゴメンだゼって、俺あんだけ伝えたよナァ?」
今日一番に大きなため息が、カメレオンさんから吐かれてしまいました。思わずシュンとしてしまいます。
「うう、すみませんの。私の野次馬根性が招いた結果ですの。けれども今私たちが止めねばもっと大きな被害が出てしまうかもしれませんの。それは、アナタも本意ではございませんでしょう?」
アナタの愛する競馬が、全く関係のない第三者によって汚されてしまうのです。感情の溢れる娯楽が無慈悲に破壊されてしまうのです。
そんなの、悔しいではありませんの。
早口にはなってしまいましたが、私の知り得る情報は全てお伝えいたしました。残念ながらチンのポッだけではうまく伝わりませんでしたから、一から詳しく説明して差し上げましたの。
自由行動の最中に花園さんに出会したこと、不審者の跡をつけたら過去に敵対していた怪人さんだったこと、翠さんも加わって無事に浄化出来たはいいものの、ヤツの置き土産を撤去しなければ真の安寧は得られないこと……!
カメレオンさんったらかなり渋い顔をしておいでですの。
んもう、今こうしてウダウダ言っているうちにもタイムリミットが来てしまうかもしれないのです!
どうか重い腰を上げてくださいまし。
「……ンまぁ確かにココはまだ中立的なエリアだからナァ……。だからこそ俺らも何気ない気持ちで賭け事を楽しんでられるって節もある。
狙われないわけがネェよナァ。別勢力の連中が新たな儲け口を確保しておきたいって気持ちも分からんでもネェ。ンだが、それにしたってヤり口があまりに雑すぎる。弱小の奴ら、相当焦ってると見えるナ」
腕を固く組みながら、カメレオンさんがウンウンと頷きなさいます。
「……確かにソイツぁ許せねぇですな」
横にいらっしゃるモグラ怪人さんも、今だけはお仕事モードのときのような、真剣な職人さんの顔付きになってくださっていらっしゃいますの。
あらやだとってもおダンディに見えますの。普段とのギャップに乙女心がギュンギュン刺激させられてしまいます。
ええい、ダメですの。気を取り直しますのよ。
今は浮かれた思考は無しなんですの!
ちなみにこんな物騒なお話を一般市民が密集しているパドックの中で話すわけにもいきません。
ですから色々と補足や説明を加えている間に人混みから抜け出させていただきました。
常に小声を意識しながら目立たず違和感も出さず、一定の歩幅をキープしてパドックビジョンの裏手側まで移動したのです。
ここは大きな液晶画面自体が観覧の邪魔になってしまうせいか、ちょっとしたデッドスペースと化しておりますの。
人の立ち寄りは少ないので、話した内容を他のお客さんに聞かれる懸念もございません。
安心して井戸端会議が開けるのでございます。
「ってことは、青のお嬢さんや」
「はいですの」
モグラさんは普段は陽気で大雑把で趣味に生きるだけの只のおじさんなのですが、お仕事モードに切り替わった際の彼は、まさに重箱の隅を秒間16連打するレベルで詳細を聞いてくださるのです。
まるで脳内で図面を書き起こしていらっしゃるかのようですの。脳内整理をする手間が省けるので私としてもありがたい限りなのです。
「軽くまとめさせていただきやすが、なーんやかんやあってお嬢は今、魔法少女のガキどもと協力し合って、フルーツ勢のテロを阻止すべく爆弾探しに奔走してるっつーわけなんですのよな?
そんでもって、隠された時限爆弾を全て見つけ出して、尚且つ爆発する前に解除しなければならない、と。
そこであっしらに助力を求めたい、と」
「その通りですの。お話が早くて大変助かりましてよ。そこのお頑固爬虫類さんとはちがって」
チラリと横目でカメレオンさんを見て差し上げます。
更に大きなため息を吐かれました。今日一番がドンドンと更新されていきますわね。
ようやく観念してくださったのか、彼は固く結ばれたへの字口と腕組みの両方を解いてくださいました。
「俺から言わせてもらえば、だ」
〝元〟頑固な爬虫類さんがお言葉を続けなさいます。
「他の抗争に首を突っ込むべきではないと声を大にしておきたいんだがナ。……今回ばかりは仕方がネェか。今後の娯楽を邪魔されちゃあ、たまったもんじゃネェからよぉ。
タイムリミットは、ざっくり見積もっても一時間弱ってところだろうナ」
「あら、それはどうしてでして?」
スパイ活動のプロさんならそこまで分かってしまうものなんですの?
期待の目を向けて差し上げます。
「あえて人の少ない場所を設置場所にしてるっつーなら、起爆させるのは俺ならメインレースのタイミングを選ぶかナ。
人的被害は最小限にしつつも、的確に施設に対してダメージを与えられる。そんでもって、これ以上の被害を出されたくなかったら我々に降伏しろ、つまりはみかじめ料を用意しろって言い渡せる寸法だナ」
「ふぅむ、なるほど……」
「当の本人が死んじまってるんだから、受け取りは代理の怪人がやるんだとは思う。だが事件が起きなきゃその交渉も起きるはずがネェ。止める価値はあるナ」
言われて納得ですの。仰る通りだと思いますの。
確かに数多くの死人が出てしまったら、より事件性が上がることになってしまいます。そうなれば別勢力やらヒーロー連合本部やらに目を付けられて、一斉に動き出されて、それこそ袋叩きに合ってしまう可能性があるかもしれません。
そこまでの規模は避けつつも、地味に施設各所を破壊して、競馬場運営者を的確に強請る為のネタにできれば、という魂胆なんですのね。
まったくコスい連中ですの。だから三年間ずっと弱小勢力のままなんですの。もっと正々堂々と行動なさればよろしいですのに。それが出来ないからぷーくすくす勢レベルに留まっているのでしょうけれども。
「……猶予はたったの一時間、ですか」
今現在は第9レースのパドック周回が終わったところですの。もうじきレースが始まって、第10レース、そして本日メインの第11レースに切り替わってしまいます。
それまでの間に場内各所に設置された爆弾を解体して回らなければならないのです。花園さんも翠さんも先に動いてくださっておりますの。
幸い三箇所の予想は出来ておりましてよ。
あとは運と自力のせめぎ合いで解決するのです。
「では急ぎましょう」
「オウよ」
心強いお味方さんがいらっしゃって私嬉しいですの。
さぁ、爆弾解体ミッションスタートでしてよっ!