簡単に壊させてなんて、なるものですか
走り寄る最中、彼女たちはお互いの位置を入れ替えなさいました。
ピンクさんの華麗な背面跳躍に合わせて、姿勢を低くしたグリーンさんが猛スピードでその下を駆け抜けます。
ほぼ目に見えないスピードで杖を振り上げますと、その勢いに合わせて、地面に散らばっていた葉っぱが一枚残らず宙に舞い上がります。
再度杖を構えて横薙ぎいたしますと、風圧に押された木の葉がジャイロ回転する竜巻と化して、オレンジ怪人の方に飛んでいくのです!
自然の力による目隠し兼カマイタチ攻撃ですの!
「猪口才ねぇん……ッ!?」
対するオレンジ怪人さんは素早い動きで地面に向けて果汁弾を放ちました。
撃たれた箇所から果汁100%の間欠泉が噴き出してきましたの。オレンジ色の水流の勢いで木の葉竜巻を相殺なさいます。
見ている世界がとってもファンタジーですの。
前線を離れていたこの三年の間に、杖と拳の肉弾戦はここまで進化なさいましたの!?
あ、いえ、そういえば私も終盤は超発光杖ブレードを使っておりましたわね。カボチャ怪人だって謎のワープ技術を使用なさっておりましたし、カメレオンさんだって透明化を特技にしておりますの。
案外、怪人も魔法少女も関係なく、皆それぞれが己の個性を活かして戦っているだけなのかもしれません。
「隙だらけですよっ!」
いつのまにかオレンジ怪人の背後に回り込んでいたピンクさんが、彼目掛けてデンプシーロール的な連撃を繰り出しなさいました。
「ングゥッ」
無防備な彼の背中にクリーンヒットいたします。
間欠泉を迂回なさったグリーンさんも、正面から目に見えない杖斬撃を放たれます。オレンジの顔面に大きな裂傷を刻み込みなさいました!
素晴らしいですの! 見事な連携ですの! 壮絶な挟み撃ちなんですの!
立場と見方によってはリンチにも見えなくありません。中立的立場の私からしたら別に気になりませんけれども!
むしろいいぞもっとやれなのでございます!
「チィッ!」
この大打撃にはオレンジ怪人さんもたまらずに舌打ちをお零しなさいます。真下に果汁弾を撃ち込んで、間欠泉の噴出によって空中へと逃れました。
しかしながら。
「……逃しませんッ!」
先ほど見せてくださった跳躍と同じように、ピンクさんがスタタと地面を蹴って大ジャンプなさいます。
空中でふわりと縦に一回転すると、もこもこスカート内の可愛らしいパンツを見せつけながら――
「ちょっとソコ! 覗かないでくださいっ!」
「あら、意外に余裕ですわね」
――ツッコミも程々に、宙に逃れていたオレンジ怪人に壮絶なカカト落としをお見舞いなさいます!
これまたクリーンヒットいたしましたの!
轟々と風を切りながらオレンジ怪人が落下していきます。
着地点にはグリーンさんが控えていらっしゃいます。
姿勢を低くして、下段に構えた杖を握る手に、一際強い力を込めながら。
「グリーンッ! あとはお願いします!」
「……了解ッ」
返答の直後、フッと息を吐かれました。
一瞬、この場の時間が止まったような錯覚に陥ってしまいます。
彼女の凄まじい集中力が、周囲を張り付ける凄まじい殺気となって、この一帯を支配なさいましたの。
お手持ちの刀杖が淡く発光し始めました。あれは〝浄化の光〟ですわね。怪人を屠る為の必殺技です。
今の私には少し眩し過ぎるシロモノです。
「…………これで、終わらせる」
シュピィィィイン、と。
剣先ならぬ杖先が一際激しい光を放ちます。
身体に溢れる魔法少女の力を一点に集中させて。最大火力の一撃を食らわせなさるおつもりでしょう。
彼女の目の前にオレンジ怪人が落下してきます……!
ふと、爽やかな風が私の頬を撫でましたの。
そして前髪をさらりと揺らしたのです。
地面にぶつかる音はいたしませんでした。
それが攻撃だとは思えなかったほど――
「え、あ、うそ、切ったんですの……!?」
気が付けば着地点で待機していたはずのグリーンさんは数歩前に移動しておりました。
その脇には上半身と下半身の真っ二つに分かれた怪人さんのお身体が、力無く無造作に転がっておりましたの。
その断面からはドロリとしたオレンジ果汁が零れ――おっと、これ以上は倫理規定的に口にしてはいけませんわね。
アレですの。液濡れの生ハムの原木みたいになっているとだけ実況しておきますの。血の代わりかオレンジ果汁が終始溢れ出てきているのです。
あ、なんだかトマト怪人を屠ったときを思い出してしまいました。普通の方が見たら卒倒してしまう光景でしょうね。
「…………かっ……はっ……ぁん……」
今になってようやく怪人の吐息が聞こえてまいりましたの。
ここまで綺麗に両断されてしまっては再起は叶わないでしょう。浄化の光を照射しなくても勝手に息絶えてしまうはずです。
案外呆気ないものでしたわね。後輩ちゃんコンビの連携が素晴らしかったからかもしれませんけれども。
結果、魔法少女側の大勝利ですの。
「……うぐ、ふ、ふふふ、ふふフゥン……!」
しかしながら、オレンジ怪人の上半身から吐息と笑い声を二で割ったような声が漏れ聞こえてまいります。
「……何がおかしい?」
杖先を向けつつ、グリーンさんが警戒しながら近付きます。
「ぐ……今まで、のは時間稼ぎ……全ての準備は、整った、わぁん……」
「何が言いたいんです!?」
着地したピンクさんも駆け寄ってまいりました。
「あ、アタクシが場内に仕掛けた爆弾が、もうじ、き、爆発し始めるのぉん……。ふ、ふふ、陽動はコレで終わり……! そして今からが、本当の血祭りの始まり……! 声高らかに、我々の力を、宣言する、と……きィ……」
「爆弾ですって!?」
思わず私も物陰から身を乗り出してしまいます。それどころかこの場の誰よりも奴に近寄って差し上げますの!
「せいぜ、い、探し出して、止めて、みせるこ、と、ねぇん……。全部で、3、箇所、の……爆……」
「お待ちくださいまし! アナタ何の為に! ねぇ! ちょっと聞いていらっしゃいまして!?
ここには関係のない一般の方が沢山来ていらっしゃいますの! ただただ競馬を楽しみにきただけの! 罪のない方が!」
首根っこを掴んでガンガン振って差し上げます。
何も語らずに死ぬだなんて許しませんの!
この競馬場には!
せっかくのオフを楽しみにしているカメレオンさんやモグラさんだって!
ただただレースの結果に一喜一憂なさるファンのおじさま方だって!
カッコいいお馬さんのステキなお姿を撮りに来た写真家さんだって!
愛馬を大切に育ててきた調教師や馬主の方々だって!
沢山の競馬好きが来ていらっしゃるのです!
私もイチ競馬を楽しみに来た人間として、蛮事を見過ごすわけにはいきませんの!
「……あの、お姉さん……!」
「……分かってますの。コイツ、呆気なく事切れやがりましたわ」
こうなっては仕方ありませんの。その辺にポイと捨ておいてやりますの。手も服も汚い果汁だらけになってしまいましたが気にいたしません。
「さすがの私ももう黙っていられませんの。絶対に阻止いたしますわよ」
これは私利私欲の為ですの。
正義の為でも博愛の為でも何でもありません。
この沢山の感情に満ち溢れた競馬場を、簡単に壊させてなんて、なるものですか。