あっそ、最期までつまんない子
顔を上げて見てみますと、はぇ!?
眼前にピンクさんのお背中が!?
「おまけに、んひぃっ!?」
危険を察知して急いで首を引っ込めますと、すぐ目の前を鋭利なステッキの先端が通過していきました。
体勢を立て直したピンクさんが壁を蹴って身体ごと翻ったのです。その最中、手に持っていらしたステッキが私の顔の前を横切ったのです。
まさに間一髪でしたの。あとコンマ一秒反応が遅かったら、間違いなくぽっぺにグサリと刺さっておりましたの。旨辛美麗串が完成ですの。
しかしながら……何故でしょうか。
好戦していたはずのピンクさんが、いつのまにか壁際ぎりぎりまで追い込まれていたのでございます。
後ろ姿を見てみても、首筋や頬の辺りから汗が垂れているのが分かります。今や完全に肩で息をしていらっしゃいますの。
もしや、超的スピードを繰り返したことによるスタミナ不足が原因でして?
貴女、もしかしなくても持久戦はあまりお得意ではありませんのでして!?
「はぁ……はぁ……貴方、なかなか、やりますねぇ……。この私から、たったの一撃も貰わないだなんて……」
膝に手を突いて息を整えていらっしゃいます。
少しでも早く疲労の回復を図っているのか、手に持っていたステッキの片方を消滅させなさいました。確かに出しっぱなしのままでは疲れてしまいますからね。半分消してしまえば維持コストも半減になりますの。
「そぉんな一撃貰うわけないでしょう? アナタのソレ、喰らったら痛そうだからねぇん。アタクシ、嬲るのは好きだけど、嬲られるのは大嫌いなのよぉん」
対するオレンジ怪人はまだまだ軽口を叩けるだけの余裕を放っております。正直舐めておりましたの。未だに底を見せていない感じが何とも不穏で仕方ありません。
「じゃあ、そろそろこちらの反撃タイムとさせていただこうかしらぁん?」
「んくっ……!?」
ピクリとピンクさんの肩が震えました。
私も察知いたしましたの。この場を支配する緊張感のレベルが、確実にもう一段階上がったのです。
得体の知れない重苦しいオーラがこの肌にヒシヒシと伝わってまいります。空気がピリピリとしておりますの。
「ねぇ? お嬢さぁん? 一瞬でオワらせられるのと、ジワジワと苦しめられるの、どちらがお好きぃ?
アタクシは断然後者っ。でも、もう飽きたから前者でいいわぁん」
なにやらドスの効いた声で不気味に呟きますと、彼は片腕を前に突き出し、親指と人差し指は伸ばしたまま、、残りの指はググと内側に曲げられました。
この構え、まるでピストルのような……!?
指の先端がピンクさんに冷たく向けられておりますの。
――ピチャリ、という液体が弾けたような音が聞こえてまいりました。
それとほぼ同時のことですの。
「ングッ!?」
ほんの一瞬でしたが、オレンジ色の弾丸が指先から発射されたように見えました。ピンクさんの頬を掠めて、彼女のすぐ後ろの壁にぶつかったのです。
ドガリという重々しい音が辺り一帯に鳴り響きます。
オレンジ色の最終到達点、つまりは打ちっぱなしのコンクリート壁面が綺麗に半球状に凹んだのです……ッ!
凹みの規模自体はゴルフボールほどですが、厚くて固い壁に穴を抉るほどの高威力なんですの。この身に直接受けてしまったらと思うと背筋に冷たいものが走ります。
窪みの中央部分からオレンジ色の液体が垂れてきておりますの。やっぱりこれ、オレンジ果汁なんですの?
今のが怪人の本気でして!?
亜音速の果汁飛ばし攻撃が切り札でして!?
こんなのトンデモない危険行為なんですの。
ほら、よくみかんの皮を折り曲げて汁を飛ばして、それで目潰し遊びをするお子様がいらっしゃいますでしょう?
あれの最上位版とも言えるのです。
ちなみに世の中のお子様さん、心して聞いてくださいまし。
手頃な武器を手に入れられてお喜びになる気持ちも分かりますが、汁飛ばしは失明の危険性がございますのでお止めになられた方がよろしくてよ。お姉さんとの約束ですの……って、大事なのはその話題ではございません。
今の高速攻撃に密かに名前を付けるとしたら〝オレンジ果銃〟でしょうか。濃度と危険度、間違いなく100%ですの。
速度も威力も杖の刺突連撃とは比べものになりません。おまけに遠距離攻撃でもあるのです。圧倒的にピンクさんの方が不利になってしまいました。
彼女の頬にできた切り傷にうっすらと血が滲んでいらっしゃいます。同じく微かに足が震えていらっしゃるのが見えて仕方ありませんの。
その身を以って蛇に睨まれた蛙を体現なさっているかのようです。
「どう? 今のでおしっこちびっちゃったかしらぁん? 言っとくけど次からが本番よぉん? まずは左足、お次に右足。立てなくなったら、胸のド真ん中射抜いて差し上げるからのぉん。
あ、そうだ、最期に言い遺しておくことあるぅ?」
「……あ、あるわけねぇです糞喰らえです……ッ!」
必死に虚勢を張られております。
小さな背中が更に小さく見えてしまいますの。
「あっそ、最期までつまんない子。それじゃ」
冷たい声で小さく呟かれたのち、オレンジ怪人は再度腕と手を構え直します。既に照準は定め終わっているようで、手をやや斜め下に向けるような位置で、ピタリと腕の位置をお止めなさいました。
ちゃぷちゃぷという水音が聞こえてまいりましたの。まるで銃弾を込めているかのように思えてなりません。
疲労と恐怖の為に身動きが取れないのか、ピンクさんはまだその場から動きませんの。目はオレンジ怪人をキッと睨み付けていらっしゃいますが、口は苦虫を噛み潰したようにへの字に曲がってしまっております。
もう、万事休す、なんですの……?
このままでは、ホントに、終わってしまいますのよ……!?
こんな簡単に、魔法少女が、終わっていいわけ……!?
心の声を最後まで言い切る手前のことでした。
現実とは無情の塊ですの。
この耳に、もう一度、ピチャリという弾けるような水音が聞こえてきてしまったのです。
ただでさえ目で追えないスピードで飛ぶ液体弾丸なのです。事前に場所移動していなければ、避けられるはずなど……ッ!
つい被弾による無惨な結末を想像してしまい、思わず目を閉じてしまいます。
しかしながら、何だか様子が変ですの。
いつまで経っても肉が裂けるような痛々しい音は聞こえて来ないのです。
恐る恐る目を開けてみますと――
「…………おまたせ。奥まったところに居たから、到着が遅れた。……でも、ぎりぎり間に合ったようで……何より」
「グリーンッ! 来てくれるの遅いですぅ……ッ! 正直、今のはホントに死を覚悟したんですからぁぁっ!
「……覚悟するくらいなら、まずは必死に逃げてほしい。ピンクに死なれると、こっちが困る」
――この場の魔法少女がもう一人増えていたのでございますっ!
新緑色の、見たことのない魔法少女さんでして……!?