どっちが悪役の台詞か
彼女の刺突が鋭い風切り音を鳴らします。目にも留まらぬ……とまでは言いませんが、一秒間に数回の激しいペースで腕の前後運動をなさっておいでです。
おっと。つい表現が夜的になってしまいましたわね。健気なお子様にも伝わるよう、もっと率直な実況に変えましょうか。
ピンクさんが更に速度を上げられましたが、対するオレンジ怪人は涼しい様子で対処なさいます。
「この程度? 遅い。遅すぎるわぁん」
直撃しそうな一撃は器用に手で払い退けて、フェイクそうな攻撃は腰をクネクネとくねらせて避けていらっしゃいます。
果実面の為に表情こそ分かりませんが、酷く退屈そうに見えてしまいましたの。
「ねぇーぇ、あなた、ホントに魔法少女ぉ?」
「うっさいですッ! あったりまえ、ですッ!」
狙い自体は悪くないのです。一発くらいはグサリという肉々しい音が聞こえてきてもよろしいでしょうに、残念ながらその気配は一向に訪れてくださいません。
挙句の果てには、オレンジ怪人は途中で動きを止めて――ガッチリとステッキを掴んでしまいます。
ピンクさんが必死に引き抜こうとしていらっしゃいますがビクともいたしません。終いには離れること自体を諦めたのか、ほぼゼロ距離のまま両者睨み合っておりますの。
「巷で噂の魔法少女も所詮はこの程度なわけねぇん。正直欠伸が出るレベルでつまんないんだけどぉ?」
「ふふん。ご安心くださいなッ! 今のはただの小手調べですよ。本番はここからなのです。覚悟してくださいッ!」
結構なピンチかと思われましたが案外涼しい顔をしていらっしゃいました。どうやら奥の手を控えていらっしゃるようですの。
声高らかに言い放つや否や、オレンジ怪人から距離を取ります。
手に残されたステッキが一瞬で光の塵と化しましたの。
放棄して霧散させたのかと思いきや、すぐさま腕を振り上げて、空中に散った光の粒を両手の平に再集結させなさいます。
ほんの数秒ほどで、今度は通常サイズのちょうど半分くらいのステッキが二本形成されていきました。
つまりは双剣スタイルですの。二刀流ならぬ二杖流ですの。私も二本持ちは初めて見ましたのっ。
それぞれ一本ずつは細く短くなってしまいましたが、代わりに先端部分がより鋭く尖っております。触れただけでズブリと突き抜けてしまいそうな危ない雰囲気を漂わせておりますの。
取っ手の部分を固く握りしめ、ボクサーのような構えをなさいます。こちらが彼女の真の戦闘スタイルということなのでしょう。
「今からもう一段速度を上げさせていただきます。さっきと同じように付いてこれると……嬉しいですねッ!」
言葉の途中で一気に距離を詰められました。
今度こそ目にも留まらぬ速さで刺突連撃をなさいます。
両手で一本だったモノが、それぞれの手に一本ずつに増えたのです。
単純計算でも二倍の手数ですの。
一撃一撃の威力は落ちておりますが、杖自体の鋭利さが攻撃力をカバーしているようにも思えます。
なるほど。この子は茜と同じような、手数やスピードで相手を圧倒するタイプのようですわね。
ただしレッドと異なる点とすれば、獲物自体の威力にダメージを依存しているところでしょうか。
私の元相方さんはステッキを投了したり囮に使ったりと、ワンポイントアクセントとして利用なさっておりましたの。基本は拳で勝負しておりましたからね。
こちらのピンクさんは文字通りにダメージ捻出用の武器として杖を使用なさっているようです。
主軸の攻撃をヒットさせるサブツールとして、はたまた攻撃力を上げるウェポンとして、他の方の戦いを見ると、いろんな戦術が知れて勉強になりますわね。
まっ、今後私が戦う予定なんてないと思いますけれどもっ。
「ふッ! はぁッ! 半分に! した分! リーチが短くなってしまうのが! 欠点とも言えますが! 別に気にしてません! インファイトを! 制してこその! 戦闘です!」
テンションが上がっているのか、思ったことが全て口から出ていらっしゃいますの。息吐くついでに攻撃、を体現なさっておいでです。
なかなかに自信に溢れた様子で連撃を繰り出されておりますの。
威力は落ちたとしても一撃一撃が致命の刺突になっているのです。一度でも刺さったら痛い程度では済みそうにありません。
対するオレンジ怪人は終始無言のまま苦しそうに攻撃を捌いていらっしゃいます。
つい先ほどまでは退屈そうな口振りで挑発なさっておりましたのに、今度は一転して押し黙ったままなのです。話す余裕が無くなったということでしょうか。
「いいですかッ!? 戦いの基本は格闘なのですッ! 私の司令がッ! 耳にタコができるくらい! 言ってましたから!
ほらほら! まだまだ続けますよ! ズタズタに裂かれたくなかったら! せいぜいかわし続けてくださいな!」
「クゥゥッ……!」
「ほぇぇー、どっちが悪役の台詞か分かったものではありませんのー」
一転攻勢とはまさにこのことです。
いえ、最初から攻めていたのはピンクさんの方なんですけれども。
私やレッドの全盛期に比べたらまだまだ拙くは見えますが、立派に敵を圧倒しておいでですの。頑張る後輩ちゃんの姿を見て、なんだか私まで誇らしげな気分になってしまいます。
オレンジ怪人だって、かつて私が対峙した武人のトマト怪人や、トリックマンなカボチャ怪人よりは全然強くなさそうに思えますの。
まだまだ本気を出していないのか、それともこの怪人さんにも〝旬〟の概念が存在するのか……!
とにかく、お二人の戦闘から目が離せません。
眺めているだけの私もかつての闘争本能を刺激されてワクワクしてしまっておりますの。自ら前に出るつもりはありませんが、この胸の高鳴りは紛れもない事実なのです。
ひとりでに疼く拳を必死に抑えつけます。
……私ったら罪な女ですの。
戦いに明け暮れる日々が嫌になって、魔法少女を辞めた身だとといいますのに。
また、あの辛い日々に戻りたいんですの……?
そんなの絶対に嫌ですのよ……!?
ほーんと、ワガママで天邪鬼でタチの悪い性格ですの……!
……分かってますの。
辞めた理由はそれだけではありませんわよね。
戦わなければならない理由が見えなくなってしまったからですの。見知らぬ誰かの為に戦うのに、疲れてしまったからなんですの……!
拳を振るうこと自体は別に嫌ではないのです。
もちろん己の快楽の為に振るうのではありません。
身を守る為か、私の大切な人の為にしか、この拳は振るいたくないのです。
自身に満ちる依怗と傲慢さが、私を正義の味方たらしめない一番の理由だと思いますの。
知らない誰かを助ける義理など、まして私とは全く関係ない人を守る義務など……!
そんなこと私の知ったこっちゃないのです。
きっと、ある方向から見たら悲しい現実なんでしょうね。
「あのっお姉さんすみませんッ! ちょっと離れてください!」
「ふぇっ?」
つい余所見をしてしまっておりました。
ピンクさんの叫声が飛んでまいります。