すくりゅーどらいばー
「誰ですの!? お姿現しなさいまし!」
こちらから先に牽制して差し上げます。幸い辺りに人の目はありません。
その茂みに隠れている方がどこのどなたかは存じ上げませんが、この袋小路では諦めて身を晒すしか選択肢はないはずです。
それにいざとなったら私自身が身を隠させていただきますの。お邪魔虫は退散すれば花園さんだって気兼ねなく魔法少女に変身してくださると思います。
離れたところから高みの見物といきましょう。
茂みの方に注目しておきながらも、横目ではせっせと逃げ出すチャンスを伺っておきます。
「聞いていらっしゃいまして!? このままでは埒が明きませんの!」
動きがないと私としても次の行動に移れません。
私の問いかけに反応されたのか、斜め前の茂みがまた大きく揺れました。しかしヌシが出てくる様子はございません。
んもう。焦ったいですの。いっそのこと狙いを定めて飛び蹴りをお見舞いして差し上げようかしら。現役の頃の茜なら間違いなくそうしておりましたし。
うずうずが抑えきれなくなり、その場で足踏みを始めてしまった――ちょうどそのタイミングでございました。
ふと、背筋に嫌な気配を感じたのです。
「残念ながらそっちはフェイクよ」
愉悦を含んだような声が辺りに響きます。
それも私たちの背後から聞こえてきたのです。
「花園さん! 跳んでくださいまし!」
「へっ!?」
咄嗟の勘に身を任せ、戸惑う彼女の腕を引っ張りながらあえて茂みの方向に転がります。
側転しながらも地面を小突いて受け身を取りますの。
「ッ!?」
息を整えるのも束の間に、元に立っていた地面が見る見るうちにズブズブと液状化していったのです!
固く踏みしめられていたはずの土がオレンジ色の液体によって今まさにドロドロに溶かされていっております。
あのままあそこに立っていたらぬかるんだ地面に足を取られて抜け出せなくなっていたことでしょう。自分の第六感を信じて正解でしたわね。
「あらぁ? よくかわせたわねぇお嬢さん方」
またも背後から聞こえてまいりました。妙にイラっとくるこの声ですが、どこかで聞いたことがございます。声色的には男性のモノなのですが話し方自体は女性なんですの。
巷ではオネェ系と言うのでしょうか。
毎度毎度後手をとってしまっては分が悪いですわね。ここは一つ、虚勢を張らせていただきます。少しずつ距離を取り、建物の壁面に背中を預けます。
「ふふん。あんなの朝食前ですの。ブランクを感じさせない身のこなし、我ながら惚れ惚れしてしまいます」
衣服についた土埃を平手で払います。余裕を装いつつ、改めて声の方向に向き直しますの。
こう見えて鍛えているのです。暗くて狭い地下施設でしっぽりと身を焦がすだけが仕事ではないのです。
暇なときはギムナジウムで筋トレしてますの。プニプニお肉の向こう側にはしっかりとした腹筋が控えているのです。年頃の淑女を舐めないでくださいまし!
「あなた、不意打ちとは卑怯ですのよ! 見えないところから攻撃して! どこの誰なんですの!?」
「あらぁ? 不意打ちも立派な戦略よぉん? 正々堂々と戦うことに何の意味があるのかしらねぇん」
ぐぬぅ。ごもっともですの。正直言って私も愛用しておりました。されるとこうも腹が立つんですのね。
それにしても、この声、この話し方、そしてこのオレンジ色の液体での攻撃方法……思い当たる相手が一人だけございます。かつて、私がまだ〝現役〟だった頃に一度だけ相見えたことのあるお相手です。
辺りにはツンと鼻にくる刺激臭が漂っております。
濃厚な柑橘類の香りですの。
間違いありませんわね。
だんだんと記憶が鮮明になってくるのが分かります。
「……あなた、もしかして……!?」
忘れるはずもありません。カボチャ怪人を倒し、極限疲労に倒れた茜を搬送したその直後、束の間の安堵を絶望に変えてくださった新手の怪人さんなのでしたから。
私たちが歩いてきた小道に一人の人影が浮かび上がりました。全身黒尽くめで、頭部だけが異様に大きいのです。
巨玉スイカくらいの大きさでしょうか。特徴的なオレンジ色のお肌をしております。というより柑橘類そのものですの。顔自体がそのまま果実になっているのです。
「ええと確か名前は……かしおれ……あ、なんか違いますの。あっと、すくりゅーどらいばーでもなくて、ふぁじーねー……あ、そうですの!
オレンジ・ネーブルとかいう名前のフルーツ怪人!」
そうですの。フルーツ系怪人組織のトップだとか名乗っていたオレンジ怪人です。こんなところで会うだなんて。
「……フゥン。誰かと思えば、野菜を倒したあの青い小娘さんじゃなぁい? ここ数年全然見なかったから死んだかと思ったわぁん」
「余計なお世話ですのっ」
確かに私は一度死んだも同然ですが、総統さんに助けていただきましたの。だからこの地上に舞い戻ってこられたのです。今の私は愛と平和の為に生きると決めております。
厳密に言えば貴方に恨みはございません。
けれどもやっぱりなんとなく腹立たしいのです。貴方のような平和を脅かす方がいなければ、あの頃ももっと楽々と暮らせていたはずです。
年を経た今も仲良くなれそうな気はいたしません。それにフルーツ陣営は弊社とは敵対する組織でしょうし。気兼ねなく反発させていただきますの。
ブーブーとサムズダウンを向けて差し上げます。
マナーも配慮もへったくれもございません。
「へっ? えっ? あの、どういうことですか? なんで怪人とお姉さんが面識を……?」
「こまけぇことは以下略ですの! そんなことより貴女には貴女のお仕事があるのではなくって!?
ぼぉーっと突っ立ってないで、さっさと一般人の私を守ってくださいまし!」
戸惑う花園さんを素知らぬ顔で促して差し上げます。
ホントは私だって変身して戦えますの。ですがいきなりネタバラシをして差し上げるほど私は野暮でも無粋でもないのです。別にピンチとも思っておりませんし!
それより現役魔法少女さんのお手並みを拝見といきたいんですの!
「ほら、そっぽを向いてて差し上げますから! 今が変身のチャンスなんでしてよ!」
「へ!? あ、いや!? それはまぁ、うん?」
あえて花園さんの前に立って差し上げます。必然的に彼女に背を向けることになります。
さすがの私でも背中に目は付いておりませんからね。たとえ彼女が変身をしたとしてもそれを見届けることは叶いません。
でもいいのです。別に生着替えを見たいわけではないのです!
「あの、すみませんお姉さん! ちょっとの間振り向かないでいていただけますか!?」
「だから確認なんて不要ですの! 全部了解してますの! つべこべ言ってないでさっさとお済ませくださいまし!」
「は、はい!」
私が返事を言い切るか否かのところでございました。
背後から強い光を感じたのです。建物の壁面から反射してきた光が私の影をより色濃くなさいます。
後ろがとっても気になりますが少しの間の辛抱ですの! 彼女の準備が済んでしまえば全部こっちのものなのですから!
やがて、光が収まってくださいます。
ふわりと甘い香りがしたような気がいたしました。