もしや、花園さんでして?
お土産ショップまでの道のりを辿ります。レース場やパドックのあるエリアから離れると、緑溢れる小道に出ましたの。せっかくなので寄り道してこちらを通ってみます。
もちろん最短距離の本棟と別棟とを繋ぐ渡り廊下を歩いて差し上げてもよろしかったのですが、食後の休憩がてら外側をまわってみることにいたしましたの。
木漏れ日道といえばよろしいのでしょうか。
ちょっとした森林浴な気分です。
澄んだ空気のおかげかいい感じにリフレッシュできそうです。この開放感が食後のデザートに等しいですの。
「あ〜っ、広いお空に眩い日光〜。お外ってのはどうしてこうも心が晴れやかになるのでしょうねぇー」
鼻歌混じりに足を進めます。
雲一つない好天……とまでは言い切れませんが、3年以上ぶりに浴びる陽光にテンションが上がっている自分がいるのです。
見上げた西の空に若干の陰りが見てとれましたが、曇り空になる頃にはとっくにレースは終わっておりますでしょうし、札束とお土産を手に地下施設に帰っているはずです。
あ、いっそのこと次回のお出かけは素敵なビーチでの日光浴がよいかもしれませんわね。このキメ細やかな雪肌をあえて小麦色に染めてみるのも悪くないかもしれません。
イメチェンを図ってみるのです。しかしそうなると青と黒の新衣装が映えなくなってしまうかもしれませんわね。白、青、黒の三色が揃っているこそカッコいいと思うのです。ふぅむ。難しいところですの。
「あ〜、地下施設の方にもこうしたマイナスイオン溢れる休息エリアを設けていただき――ふぅむ?」
視界の隅にちらりと気になる人影が映りました。街路樹に背中を預け、他の誰にも気配を悟られないようにしている一人の女の子が見えたのです。まるで張り込み活動中の刑事さんのようですの。
はて、この子。以前どこかで見たことのあるような……? それも地下施設の懲罰房だったかと……?
なかなかに険しい表情をしていらっしゃるのが見て分かります。なにより特徴的なのはその髪でしょうか。桃色に輝く髪を二つ結びにしているのです。
記憶の中ではお一人しか該当いたしません。
「…………もしや、花園さんでして?」
私服姿でしたので気付くのにだいぶ時間が掛かってしまいましたが、間違いありませんの。
現役の魔法少女、花園桃香さんですの。
全く似合っていないサングラスまで掛けて、動きやすそうなデニムのパンツを履いて、何やらこそこそと木の裏で不穏な動きをしていらっしゃいます。
でもどうしてこんなところに? あなたの担当エリアってこの辺なんですの? 私たちの後輩さんなのでしょう? あの街の警備はどうなさいまして?
一瞬の間に数多の質問が駆け巡ってしまいます。
接触を試みたくなりましたの。
別に深い意味はございません。
えっと、彼女を地上に送り返した際は〝忘れ薬〟を飲ませておりましたわよね? ということは地下施設で囚われていた期間のことは何一つ覚えていらっしゃらないはずです。
懲罰牢での出来事を思い出します。
あのときは私から自己紹介をするまで、私が同一人物だとは一切気付かれませんでした。
幸いなことに今日の私の格好は完全に綺麗な大人のお姉さん的な見た目ですの。それに魔法少女時代の子供じみた格好とは似ても似つかぬ形になっているはずです。
とりわけ悪の秘密結社の正装でも何でもございませんし、怪しさなんてカケラも漂っているわけがありませんの。
……強いて言うなら胸に付けている黒いペンダントが物珍しいかもしれませんが、コレだってただのお洒落なワンアクセントに過ぎないのです。
多分。おそらく。きっと。ほぼ間違いなく。
怪しまれる要素などないはずです。
でしたら、少しくらい話しかけても身バレしたりしませんわよね?
「…………コホン。カメレオンさん、お許しくださいまし。別に危ないことをする気はありませんの。ただ、ちょっとだけ、興味が自制心を上回ってしまっただけですのっ」
遠巻きに競馬のファンファーレが聞こえてまいりました。今から第5レースが始まるようです。
合流まではまだまだ時間的猶予がございます。長居するつもりもありません。ほんの少し自由行動の幅を広げるだけですのっ。
そんなこんなで木の向こう側を気にしている彼女に悟られないよう、あえて正面から忍び足で近付いて差し上げます。
そして。
「あの、お嬢さん? こんなところで何なさってるんですのっ?」
「ひゃわッ!?」
耳元に囁きかけて差し上げると、彼女は肩をビクリと震わせて地面から数センチほど浮き上がられました。
そこまで驚かれるようなことでして? 普通に話しかけただけですのに。
もちろん悪気も悪戯心もありましてよ、うふふのふ。
やっぱりこの子、面白そうな子ですわねー。
実にからかい甲斐がありますのー。
「な、何者ですか!? この私に悟られないで近付けるだなんて……ッ!」
ピンクの髪を頬に貼り付けて冷や汗を垂らす姿がとても愛らしいですが、こちらの表情には出しません。オトナの余裕を見せつけて差し上げるのです。
「うふふ、お気になさらず。ただのしがない美人さんですの。変に目立っていたものですから、ついお声がけをしたくなりまして」
「ん? あなたどこかで……?」
「ぅおっほん。きっと他人の空似でしてよ。完全に初対面ですの。お間違えのなきよう」
察される前に牽制球を投げておきましょう。適当に誤魔化させていただきます。
さすがに名前や自己紹介を晒してしまってはバレてしまうでしょうからね。こういうときはさっさと話題を逸らす方が得策なのです。
「私よりも! あなたの方が何者ですの? ここで何してたんですの? うら若き乙女さんがセミの脱皮ごっこでして?」
木に張り付いて行うことなんてそれくらいしか思い付けませんの。飛び立ちまでに天敵に食べられないようご注意くださいまし。
終始困り顔だった花園さんが小さくため息を吐かれました。観念したかのような顔振りです。さっとサングラスを外され、平たい胸のポケットに仕舞われます。
「ふぅ。一般の方に怪しまれてしまっては元も子もありませんね、いいでしょう。
こう見えて私は〝正義の味方〟なのです。世の中に蔓延る悪を常々監視しているのですよ。今日だって怪人の気配を検知して、つい先ほどそれっぽい人物がいたのでこうして跡をつけて……!」
「……あの、えっと。そういう、ごっこ遊びで?」
「違いますぅ! ホンモノですぅっ!」
分かってますの。かつての私もそれでしたし。
しかしながら見過ごせないお話ですわね。もう少し聞き出す必要があるかもしれません。怪人の話となると、もしかしたらカメレオンさんとモグラさんのことかもしれないのです。
こんな弱小後輩魔法少女さんに負ける方々ではないと思いますが、せっかくのお休みの日を邪魔されてしまっては可哀想ですもの。
「ふぅむ。つまりは不審な人物をお探しということですの……? どんな方なのか、もう少し詳しくご情報をいただけまして? もしよろしければお手伝いをして差し上げても構いませんでしよ」
そちらが犯人を追う刑事さんなら、こちらは煙に巻く凄腕スパイな気分ですの。協力すると見せかけて、裏をかいて魔法少女さんを出し抜いて差し上げるのです。
ふっふっふ。楽しくなってまいりましたの。