はぁぁぁあっ……♡ ん……ま……
細くてツヤツヤしていて灰色に輝く麺を、丁寧に箸で掴み上げてゆっくりと口付近に運んで差し上げます。
どろりと絡んだスープがとても香ばしいですの。醤油とネギと牛脂の香りでしょうか。
まだまだアチアチのそれに優しくふーふーと息を吹きかけて差し上げますと、その度に湯気がふわりと広がります。
もちろん全ての熱を飛ばす気まではありません。別に猫舌なわけでもございませんし。こういうのは熱さも含めて楽しむものなのですからね。
よぉし、そろそろイケそうですの。
では、改めまして。
心の中で再度いただきますと呟きます。
――そして。
「じゅずずずっ♡ ずずるるっ♡
ずぞぞぞっ♡ じゅるるるぅぅっ♡」
はぁぁ……ッ! これ……ッ!?
「はふはふっ♡ ふーっ♡ ふーっ♡
じゅぶるるずずるるるるぅっ♡」」
喉越し、とぉってもしゅっごいですのぉ……っ!
「じゅるるるっ♡ ぶじゅるっ♡
ぶずずるるるるぅずずずるるぅっ♡」
濃厚すぎるお味に箸が止まりませんのぉ!
「はぁぁぁあっ……♡ ん……ま……」
思わず恍惚としてしまいます。
生温かい吐息が零れてしまいました。
舌の上で踊る牛骨成分が私の食欲を駆り立てるのです。次の一口はまだかと必死に訴えかけてくるのです!
元来よりお蕎麦というのは音を立てて食べる方が吉と言われております。麺と一緒に空気も吸い込んで、鼻に抜ける香りを楽しむ為だそうですの。だからいつも以上に音を目立たせてみましたの。
牛脂の香りが鼻腔を優しく愛撫するのですっ!
その愛撫を求めてより強く啜り上げるのですっ!
幸いにも口に含んで吸い上げる動作は日頃の行為で慣れております。もちろん何のおかげかは言う必要もありませんわよね。
「で、どうヨ?」
「どうよもこうよもございませんの! コレめちゃくちゃっ美味しいじゃありませんのぉ! あと4杯は食べられそうですの!」
「だろだろォ? 俺がオススメすンのも分かるだろ!?」
「ええ! とっても!」
んもう誰ですの!? 少食なのが残念だと宣ったのは。こんなモノぺろりと食べられてしまいますのよ!?
出汁の香るあっさりベースに、牛の脂がこれでもかと溶け込んだスープは、それこそ濃と薄の相反感覚のコラボレーションなのてす。
どうしてか最後の一滴まで飲み干して差し上げたいほどに美味なのです。
箸休め的に食べる牛すじの歯応えも実に良いモノですの。噛めば噛むほどその弾力のある身から旨味が染み出してくるのです。
たまに出てくるおネギのシャキシャキ感も一層豊かな味と食感を演出してくださいます。
「ねぇねぇ! そちらのおうどんも! さっさとお寄越しくださいまし!」
「お、オウ。敬語がとんでもネェことになってるが許してやンよ。ほれ」
私の訴えかけに、カメレオンさんがうどんの入ったカップを手渡してくださいました。
等価交換と言ったのは私の方ですの。渋々にはなりますが、代わりに私の蕎麦側のカップをお渡しいたします。
では遠慮なく啜らせていただきますのよ。
「ずじゅるるるるぅぅっ♡♡♡
ずちゅっ♡ じゅるずつつるるるぅっ♡
んっはーっ! スッゴイですのコレ!? ツルっツルでしっこしこですのーっ♡
こちらもこちらでスープを吸って絡めて纏わらせて! めっちゃくちゃに美味いですのッ!」
かすそばも最高ですが、かすうどんも最高なのです。うどん自体にもっちりとした歯応えがございまして、噛む毎に染み込んだお汁を放出してくださいます。
蕎麦とは完全に異なる楽しみ方がございます。口いっぱいに放り込んで、そのままもむもむと舌触りを楽しめますの。喉越しに匹敵する食べ応えです。
名残惜しいですが、カメレオンさんの視線が気になりますのでカップを返して差し上げますの。また食べたくなったら交換してくださいまし。もしくは新しいのを買ってくださいまし。それくらいには好きになりましたの。
とりあえず手元に戻ってきたお蕎麦を啜ります。
「ずちゅっ♡ じゅるちゅるちゅちゅっ♡ ちゅる♡
あ〜……やっぱりお蕎麦も美味しいですのぉ〜……生き返りますのぉ〜……ほんのり塩っぱいところが疲れた脳に適度な癒しを与えてくださいますの〜」
「そういうのって甘味の仕事じゃネェのか?」
「美味しいモノなら何だって一緒ですの!」
脳に栄養が行き渡るあの感じが大事なのですっ! 実際に巡られているわけではないのだとしても! 幸福感が増幅されていればメシでもコシでも全部一緒のことなんですの!
一気に食べ進めますとものの数分で中身が空になってしまいました。スープもしっかりと飲み干しましたの。おかげでお腹の中がちゃぷちゃぷ言ってますの。大した問題ではありません。
カップの底の方には細かな牛腸のかすが沈んでおりました。おかげで最後の一口までコク深い味わいを楽しめましたわね。是非ともまた食べたいですの。
「たっはー……満足感がハンパないですの……ただ満腹とは言いませぇ……うぇっぷ」
言葉とは裏腹に、ぽっこりと膨らんだお腹をひと撫でして一息つかせていただきます。
あと4杯食べられる気持ちなのはホントですの。でも胃の満足感には抗えませんの。今回はこの辺で許して差し上げましょうか。
「ふぇぇぁ……少しばかり食休みか、もしくは食後の軽いお散歩くらいはしておきたい気分ですの……。とはいえ、ぅぇぷ。もうそろそろ次のレース開始が近付いてきているんですのよね?」
「そうだナ。昼休憩も列に並んでる時間やら食ってる時間やらであっという間だからナ。パドック周回は始まってるだろうし」
ふぅむなるほど。忙しいスケジュールですわね。
移動しているうちに胃が整ってくださればそこまで問題ではないのですが、もしこの後ずっと休みがないのであれば午後のコンディションにも影響が出てしまうかもしれません。
念のためリフレッシュその2を所望いたしますの。
ただ、もうすぐ次のレースが始まってしまうとなると、これ以上のお付き添いはお二人のお時間まで頂戴することになってしまいます。
それはあまり本意ではございません。
私としてはお散歩がてらお土産コーナーを見に行きたいだけですの。確か数店舗が点在しておりましたわよね? 商品を眺めながらゆっくりと身体を休められそうですので好都合ではありませんこと?
ともなれば。
「カメレオンさんモグラさん。あの、私、しばしの自由行動をいただいてもよろしくて? お土産や展示も見て回っておきたいんですの。
ですがお二人の競馬をお邪魔したくはありませんし……よろしければ、時間を定めて、また後ほど合流する形にしていただけたらと」
「あー。まぁ確かに、初心者のお前に詰め込み過ぎってのも良くないかもナ。予想し続けるのも疲れるだろうし。同じく競馬場初回に飽きられても困る」
ほほん。分かっていらっしゃるではありませんの。さすがはなんだかんだで雰囲気を察せる紳士的な殿方さんですの。
だからエリート怪人街道をまっしぐらできるのでしょう。
「ヨシ。多少なら構わんだろう。だが目立つようなことはすんじゃネェぞ。あと危ネェこともだ」
「もちろんですの。では……第7か第8レース開始までには戻りますの。えっと、待ち合わせはゴール板の前でよろしくて?」
「ああ。そうすっカ。分かりやすい目印だし」
「了解ですのっ!」
直々に言質もいただけたことですし、るんるんスキップ気分でお二人と別れ――
「――あっ!」
危ないところでした。大事なことを思い出しましたの。急いでカメレオンさんのところに駆け戻ります。
「オウ。どうした?」
「あの、お小遣いをくださいまし」
両手を器状にして突き出して差し上げます。お土産を買うならお金が必要ですの。さすがの一文無しでは縫いぐるみも買えませんものね。
「……ホントちゃっかりした奴だナ」
ため息と共に懐から諭吉を取り出してくださいました。しっかりと握り締めてから改めて踵を返します。
このお金でお土産を買いましょう。総統さんや茜には何を買っていって差し上げたら喜んでくださいますでしょうか。無難にお菓子か……たまには健全なモノでも喜んでくださいますわよね。
壁の近くに設置された施設内地図を見てみますと、どうやら隣の別棟に大きなショップが用意されているようです。
そこそこ歩くことにはなりそうですが、まずはそちらに向かってみましょうか。