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もうお腹がペコでポコでパコですの

  

 今日はかなり早起きをいたしましたから、いつもより長く起きている分カロリーを多めに消費してしまっております。


 つまり何を言いたいかというとですね、とにかくとってもお腹が空いたんですの。もはや腹ペコ過ぎて不機嫌になるレベルにまで到達しているのです。


 ただ今はお二方と共に建物の中を散策しておりますが、目に映る出店の商品全てが美味しそうに見えて仕方ありません。片っ端から買い漁ってみたいのです。



「はぁぁあっ、どのお店も軒並み繁盛なさってますのー。行列がいっぱい出来てますのー。とにかく早く食べたいですのー! あー! あーッ! 私の胃がこの世の全てを所望しておりますのーッ!!!」


「どうどう荒れんナ荒れんナ。お前はガキか……いや、ガキなのは合ってるか」


 むむ、侵害ですの。これでも18は超えてますの。もう心も身体も立派なオトナなんですのっ!


 とはいえこうも駄々を捏ねてしまっては子供扱いされるのも仕方ありません。しかし到底我慢できそうにない空腹感に苛まれているのです。


 この際甘くてもしょっぱくても辛くっても、何だって構いませんの! もちろんほんのりと生臭くてドロッとした殿方由来の半固形物でも大歓迎ですの!


 とにかく私に食べ物をッ! お腹いっぱいになる何かをお恵みくださいましッ!


 目をキラッキラと輝かせ、鼻息まで荒くして猛アピールをして差し上げます。


 目が合ったカメレオンさんが何故だか大きなため息をお吐きなさいました。


 目を逸らされないだけマシですの。

 私のことを気にはしてくださっているようです。



「青ガキ。ホーラ見てみろ。ココにはご当地モノやら季節モノやら、色々な名物が集まってるみたいだよナ?

競馬場飯っつったらまずは煮込みや串なんかが挙げられるが、あえて今日は俺のオススメを紹介させてもらおうか。

トーキョー競馬場に来たのなら、ソイツを食わなきゃ後半戦を迎えられネェとまで思ってる」


「ふむふむ!? 何でして何でして!?」



 建物と建物をつなぐ通路に面した、とあるお店の前でカメレオンさんが立ち止まられました。


 赤い看板が目印になっていそうなお店です。


 この店舗も他と比べても遜色ないくらいに多くのお客さんが列になって並んでおりますの。ただ、回転率もよろしいのかどんどんと並ぶ人の顔ぶれが変わっているように見受けられます。



 売っている商品は、えっと……。



「……かす、うどん……でして? 何ですのコレ? 初めてお聞きするお名前ですの」


 うどんであることは名前を見れば分かりますが、何がどうカスなんですの?


 最初は天かすのことかと思いましたが、写真を眺めてみても黄色の粒々は一つも見当たりません。メニュー看板の方を見てもよく分かりませんの。


 とりあえずカメレオンさんに習って私も列の最後尾に並びます。モグラさんが近くに置いてあったメニュー表を手渡してくださいました。


 かすうどん……あ、コレですわね。



「かすうどんの()()ってのは牛ホルモンをカリッカリになるまで揚げた、通称〝油かす〟のことを指してんだ。

牛の旨味がダシに直接溶け出してナ、スープ自体はサッパリしてるから、コッテリとした脂が妙にマッチして、そいつがシコシコ固めのうどんに絡むと……もうとんでもなく美味い。ま、コイツ自体は西の地域発祥の食いモンなんだけどナ」


「ふぅむ? わざわざご当地外のものを食べるんですの? それだといわゆる本場の味とはかけ離れたものとかになっているのではございませんでして?」


 確かに聞くだけで美味しそうなのですが、せっかくトーキョー競馬場に来たのですし、もっとトーキョー名物らしいモノを召し上がった方が有意義なのでは? 


 と、条件反射的に二の矢を放ってしまいそうになりましたが、コチラは一旦胸の内に仕舞い込んでおきます。


 競馬場常連さんのカメレオンさんがあえてこのお店を選ぶくらいなのですから、彼にも彼なりのお考えをお持ちなのでしょう。黙って追言をお待ちいたしますの。



 私の問いかけに、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、カメレオンさんが饒舌にご回答くださいます。



「そ・こ・が、あえてのミソなンだよ。このトーキョー競馬場ではな、この店舗だけの限定商品として()()()()が食えるんだ。

うどんも美味いがそばバージョンも漏れなく美味い。

鼻に抜けて香る蕎麦の風味と、牛の旨味と甘味の溶け込んだ濃厚スープが、口の中で触れ合った瞬間に生まれる……っ……味の奥行きたるや……っ……奏でるハーモニーが……ああ……っ!」


「は、ほぇええぇえ……!」


 あえて焦らすようにお話しなさっているのでしょう。最後の締めの台詞までは言葉にしてくださいませんでした。


 ただただぐっと目を瞑り、噛み締めるように上を向いていらっしゃるだけなのです。


 過去に口にした味を思い出し、今まさに感傷にふけっていらっしゃるのだと思われますの。


 ぐぬぬぬぬ、ず、ずるいですの……!

 そんな焦し方をされたら食べたくなるに決まってますの……!

 私だってその感動を早く体験してみたいんですのぉ……ッ!



「……なお、この店はホルモン丼もオススメだ。こってりとした濃厚旨味噌が舌に絡み付いて、ホントのホントにヤバい。飛ぶぞ。タレのついたご飯で白飯が食えるような異常事態が訪れること間違いなしッ。

次来たときはそっちも頼んでみるといいゼ。一度口に入れたらマジで食べ終わるまで箸が止まらンくなるから注意するように」


「りょ……了解ですの……じゅるり」



 返事をする間にも並んでいる列が少しずつ前に進んでおります。決してゆっくりではないはずですのに、とっても牛歩に感じられますの。牛ホルモンだけに。



 ああ、私ったら気分が完全に肉一色になってますの。魚も野菜もサヨナラバイバイですの。


 もし自分に胃が二つあったなら、丼も麺も絶対に両方とも注文しておりましたわね。そしてどちらもぺろりと平らげてしまっていたはずですの。


 今ほど少食乙女であることを後悔することはありません。一つしか食べられないのが残念でなりませんの。



 気が付けば、前に並んでいた方々はとうにハケて居なくなり、私たちの受付番が回ってきておりました。カメレオンさんが一歩前に出て私の代わりに注文してくださいます。


 しかも懐から取り出した革製の財布から全額を支払ってくださいました。



「今日は勝ってるから全員に牛スジのトッピング付きでナ」


 上機嫌そうにこっそりと耳打ちして教えてくださいます。

 牛すじかすそばをお二つ、牛すじかすうどんをお一つご注文なさったようです。


「一応、このお金持ちでお優しい俺が、お前らにうどんの方も食わせてやろうかと思ってサ。もちろん海よりも深い慈悲の気持ちでナ」


「ふぅむ。それなら私もいただいた分だけお蕎麦を食べさせて差し上げますの。時代は等価交換ですの」


「オウよ。ケチケチしないでいこうゼ」



 しばらく待っておりますと、提供口にカップ麺のような赤い容器が並んでまいりました。縁には割り箸が挟んであります。


 手に取ってみると中々にアツアツですの。


 フタが付いていないおかげか、もくもくと立ち揺れる湯気が既に大変香ばしいですの。お醤油とカツオの香りでしょうか。そこに強い牛脂の香りが混ざってまいります。


 プリプリとしたコラーゲン感のある肉片がスープにいくつも浮いておりますの。こちらが油かすというものなのでしょうか。


 中央にどっさりと乗せられた牛すじも相成って、見た目ではかなり脂ギッシュな印象を受けましたの。



「お昼時ぁだいたいフリーの机は埋まってるから、基本は立ち食いになるナ」


 カメレオンさんが箸を口に咥えて、空いた片手でパキリと割ってみせてくださいます。


「お行儀が悪いのも競馬場の醍醐味でして?」


 私も彼の真似をいたします。綺麗に割ることができました。


 それにしても両手を合わせないで食べ始めるご飯なんて、しかも立ったままでなんて、人生で数えるほどしか経験したことがございませんの。


「ファンとしてのマナーは存分に守ってるから別にイイのサ。ほら、他の客の邪魔になンねぇように隅っこの方に寄っておこうゼ」


「はいですの。早くいただきましょう。もうお腹がペコでポコでパコですの」



 心の中で手を合わせまして。そして。



「いただきますっ! ですのっ!」



 それではいざ、かすそば、実食です。


 

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