すぐに翠に伝えてほしい
しかしながら。
「……ただ、これ以上は、一般人には秘密」
平手を前に出され、制されてしまいました。
「色々と機密保持があるんですのね。私も経験がありますからお気持ちは分かりましてよ」
魔法少女時代は、秘密と制限ばかりの暮らしでしたから。もちろん今の生活も誰かにお話しできるようなものではないのですが、それにしたって重責を抱えるようなものでもありません。気苦労も無いに等しいのです。
「…………理解が早くて、助かる……」
歳下さんに褒めていただきました。ぬふふとだらしない微笑みが零れそうになってしまいましたが、威厳を保つ為にしゃっきりと頬の筋肉を保ち直します。
「…………あの……お姉さん……」
「ふ、ふふ、ふぅむ? なな何でして?」
突然飛んできた歳上扱いにまたも心が弾んでしまいましたが、威厳を損なわないためにすかさず聞き直します。
「…………分かる範囲でいい。この辺で〝不審な人影〟を見てない……?」
「ま、まーた物騒なことをお聞きなさるんですのね……。いかがなさいまして?」
動揺を表情に漏らさないよう気を付けます。
不審な人といえばここに連れてきてくださった怪人のお二人がまず挙げられますが、今日の彼らは完全に〝オフ〟ですものね。別に悪いことをしに来たわけではありませんの。
側から見ればレースの結果に一喜一憂するただの微笑ましいお兄さん方なだけです。
私の目から見ても今日の変装は完璧なはずですの。見に纏うオーラはまさに人畜無害そのものです。
となりますと、思い当たる節は一つもありませんわね。首を横に振って差し上げます。
「…………そう。特にないなら別にいい。こっちの話だから」
「ふぅむ?」
なんだかさっきから含みのある話し方をなさいますのね。誤魔化しているというよりも、開示できる情報が少ないせいで、どうしてもふわふわとした表現になってしまっているような、そんな印象を受けてしまいます。
案外もどかしいのは彼女の方なのかもしれません。こことお姉さんとして、華麗にフォローして差し上げましょう。
「何事もないのが一番ですの。物騒なことなんて無いに越したことはありませんわ」
「…………そう、だね。……ただ。変なモノ、変な人、見かけたときは……すぐに翠に伝えてほしい」
「スイ? もしや貴女のお名前でして?」
「…………そう」
緑髪のショートボブの、目を惹くクールな女の子。お名前は翠さんと仰るのですね。今日だけの出会いだとは思いますが、分かりましたの。
貴女の熱意に免じて面倒事に巻き込まれない為にも、多少は辺りに気を配っておくのも悪くないでしょう。
注意一秒怪我一生、なぁんて標語もありますし。
ただ楽しむだけがお出かけではございませんものね。
「了解ですのっ。せっかくですし私の名前もお伝えしておきましょうか。私は蒼――」
蒼井美麗と申しますの、と言い放とうとしたその途中でございました。
「オーイ青ガキーッ! 待たせたナーッ! ほら第二レースのパドック観に行くぞーッ!」
カメレオンさんがお戻りになられたのです。
「あ、ごめんなさいの。呼び出されてしまいました。えと、また後ほど機会があればっ。今日は私一日中競馬場におりますしっ。ではっ」
「…………あっ……」
軽く一礼いたしまして、呼ばれたカメレオンさんの方に駆け出します。競馬ガチ勢の方々をお待たせしてはいけませんもの。私もパドックを観に行きたいですし。
早足の最中に少々振り返ってみましたが、彼女はまだ私の方をお見つめなさっておりました。手を振って差し上げると、彼女も小さく振り返してくださいます。
「……お前、他の競馬ファンと仲良くなるのもいいが、俺らの立場も忘れんナよ。お忍びでの小旅行なんだからナ」
「分かってますのっ。あら? モグラさんは?」
「アイツは一足先にパドック観に向かってる。第二レースから本気を出すそうだ。ま、勝ってるトコなんてほとんど見たことないけどナ。アイツも俺も所詮は下手の横好きサ」
けらけらとニヒルめにお笑いになられます。悪いお人ですの。好きこそモノの上手なれという言葉もございますし、もっと頑張ってくださいまし。
しかしだいぶご機嫌そうなご様子ですわね。ほくほく顔ですの。目を凝らして見てみれば、羽織っているコートの左内側がほのかに膨らんでいらっしゃいます。
そちらに札束を隠されているのでしょうか。銃で撃たれても諭吉の札束ガードが守ってくれそうです。
前を歩くカメレオンさんに続いて、建物の中を通り過ぎます。既にパドックにはそこそこの人混みが形成されておりました。
あまり近寄れなそうですので遠目から柵内を歩くお馬さんたちを眺めることにいたします。
「それじゃ第二レースも頼むゼ。勝利と的中のルーキー女神さんヨッ」
「ふっふんお任せくださいましっ。針の穴を通す精度でドンピシャして差し上げますのっ」
堂々と胸を張ります。
とはいえお眼鏡に叶う子がいればのお話ですけれどね。自信がない時は金額を下げる、でしたっけ。見つかるまでは先ほどみたいな諭吉単位の勝負はやめておきましょうか。
ふっふっふ。それでは蒼井美麗のスーパー選馬眼、満を持して発動させていただきましょう。
とくとご覧あれですのっ!
――こうして、当たるも八卦当たらぬも八卦な私の予想は、意外にも勘が冴えていたようで、その後のレースも順当に当たりを重ねてまいりました。
第一レースに比べると勝ち味はだいぶ薄いものでしたが、元金を減らさない程度には精度の高い馬券購入を重ねていきましたの。
最初は半信半疑だったカメレオンさんも、途中からは私にも意見を求めてくださる程度には私の予想を信頼してくださったような気がいたします。
それを繰り返すうちに、つい先ほど第四レースが終わりまして。
晴れて競馬場内はお昼休みの時間となったのです……!
つまりは待ちに待ったお昼ご飯ですの……ッ!