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咥えるモノのは指ですの

 

 電光掲示板に表示されたもののうち、私の購入式別に関係ある部分のみを声に出して読んでみます。



「ええと、単勝4番、8930円、複勝は980円……とのことですって。どちらも11番人気だそうですの。

えっと、コレってつまりはどういうことでして? せっかく当たったのにこれっぽっちしか返ってきませんの?」


 経費4万円でコレだけとは買い損もイイところです。おおよそ3万円のマイナスではありませんの。


 カメレオンさんに抗議の目を向けてみましたが、逆にこの上ないほどの呆れ顔を返されてしまいました。



「バーカ、アレは賭け金100円あたりの数字だワ。お前は単勝に1万、複勝には3万を突っ込んでるわけだろ? その寝ぼけた頭で掛け算して計算してみろよ」


「…………ふぅむ…………うわぁお」


 なかなかの結果が出てまいりましたの。単勝で89万3000円、複勝だけでも29万4000円です。合計いたしまして118万7000円ですの。


 ほんの数分で諭吉のフルオーケストラ楽団ができましたの。ちょっとした成金感覚です。


 正直100万円の相場がどの程度かは分かりませんが、気分的には濡れ手で粟な丸儲けができましたので大満足ですの。



「まっ、ビギナーズラックとはいえこんだけ儲けを出せたら大したもんだナ。少なくとも今日一日は好き放題遊べるぞ。

ただし! この金額を次に全部突っ込むような雑なやり方だけは無しナ? 儲けた分はキチンと持って帰るべし。勝ち逃げこそ正義。ハイ復唱」


「……むむ、多分もっと増やせますのよ?」


 だってビビッときたお馬さんを買えばいいんですもの。そんな都合の良いお馬さんが毎レースいらっしゃるかどうかは分かりませんが、もし居たら百発百中で当てて差し上げますの。走る気があるかどうかはお目々を見たら分かりますもの。


「うんにゃダメだ。これ以上の額は俺と総統閣下が疲れる」


「うぅぅー……なるほど、ですの」


 つまりはお小遣いの範疇を超えてしまう、という意味なのでしょう。暗黙の了解を受諾いたしました。


 全額を突っ込んで万が一に丸ごと外してしまえばガッカリしてしまいますでしょうし、逆にもっと当ててしまえば、後で私にお渡しくださる総統さんの方が大変になりかねない、ということなのでしょう。


 ……総統さんなら諭吉1000枚程度、ものの数秒でご用意いただけそうな気もいたしますが。


 正直なところお預け状態なのは否めません。


 全力投球できない不満はありますが、しかしながらカメレオンさんの仰ることも分かってしまった自分がおりますの。だから我慢できるのです。


 本来であれば、お金を稼ぐというのはもっとずっと大変なことなんでしょうね。

 私には縁遠いものだったゆえ、働く皆様の心中をお察しいたしますの。


 せめて私が身を挺して癒して差し上げませんと。


 帰ったら大人のリフレッシュマッサージを施して差し上げますから、秘密結社の皆様、せいぜいお楽しみにしておいてくださいまし、ふふふふ……!


 心の奥底でほくそ笑みます。



「んじゃ、俺は一旦換金してくるからこの辺で待っててくれよ。もしかしたら窓口換金になるかもしれネェ。ちっとばかし戻りが遅くなるかもだが、勘弁ナ」


 うずうずと足踏みなさるカメレオンさんが訴えかけてきてくださいました。今にも馬券をお金に変えたい感が全身から溢れ出ておりまして、どうにも落ち着きに欠ける印象です。


「ほぉら、さっさと行ってきてくださいな。ご安心くださいまし。私はココから逃げも隠れもいたしませんゆえにー」


「お! おうよ! また後でナ!」


 レア度の高いスキップ姿のカメレオンさんを瞳に映しながらも、ひらひらも手の平を振って優しくお見送り差し上げます。


 彼が上機嫌なのはいいことなのです。今なら言ったら何でも買っていただけそうな懐の広ささえ感じられますの。

 だって110万オーバーの現金が一気に手に入るんですものね。給料の何ヶ月分なのでしょうか。好きなものを好きなだけ買えそうだとこっちも嬉しいのです。



 ふぅむ。お買い物、ですか。


 そういえばパドックとゴール前を行き来している間にも沢山のご飯屋さんを見かけました。場内のあちこちに色んな種類の出店が並んでいるみたいです。お昼頃になったら食べ歩きしてみるのもよいかもしれません。


 あ、そのついでにお土産コーナーもあったら覗いてみたいです。殺風景で無機質な自室にぬいぐるみとかペナントとか、新しい彩りを加えたいんですの。


「競馬場っ、まだまだ楽しみがありそうですのっ」


 勝ち負け以外でも私のルンルン気分は続きます。


 ただ、場内探索もするとなりますと、さすがに馬券を目的にやってきたカメレオンさんやモグラさんに悪い気がいたしますわね。本気勢のお二人を頻繁に連れ回すわけにもいきません。


 お邪魔にはなりたくないのです。場外に出るつもりはありませんので、せめて一人行動くらいはお許しいただけませんでしょうか。


 これだけ広いと迷子になってしまうかもしれませんが、最悪パドック付近を彷徨(うろつ)いていればどちらかには再会できそうですし。


 もしくは第何レースのときはここに戻ってきている……など、私たちのルールを設ければあるいは……!


 我ながら妙案だと思いますの。残念ながら披露できる相手が見当たりません。



「そういえば……モグラさんのお姿もお見えになりませんわね」


 彼も発券場で換金中でしょうか。


 あれだけたくさん馬券をご購入なさっていたのですから何かしらは当たっていることでしょう。またはカメレオンさんに着いて行って、一緒に喜んでいらっしゃるのかもしれません。



 とにもかくにも今日はまだまだ長いのです。あと11レース分、微笑ましく慎ましく、ゆっくりと競馬場ライフを楽しみましょう。


 今のうちに一人の休息タイムを享受させていただきますのっ。










 ふと穏やかな心持ちで辺りを見渡していた、その最中のことでございました。


「あっ」


「…………あ……」



 また、緑髪のあの少女に出会ったのです。



 大半の観客がパドックの方に消え、少し(まばら)となっていた人混みの中、スタンド席の通路側にポツンと立っていたあの子と、もう一度目が合いました。


 何を思ったのか、私の方ににテコテコと歩み寄ってきてくださいます。ちょっとだけ嬉しくなってしまいました。お礼にこちらからご挨拶して差し上げましょう。



「こんにちは。先ほどぶりですわね。その後お友達にはお会いできまして?」


「…………おかげさまで……」


「それはなによりでーすのっ」


 相変わらず変化に乏しそうな表情でしたが、ほんのり喜びに満ちた言葉尻から感情を読み取ることができました。


 口数がやたらと少ないのは彼女本来のものなのでしょう。ぶつかってしまったときはかなり急いでいたようですが、今はとても落ち着いていらっしゃるように見えますの。


「ご存じでしたか? 未成年は馬券を購入してはいけないんですって。私たち、悔しいですがじゅぽじゅぽとアレを咥えて見てることしかできないんですのね。誠に残念ですの……」


「………………?」


 輪っか状にした指を顔の前で前後させて差し上げましたが、緑髪の彼女は不思議そうに首を傾げるだけでした。


 私渾身のオトナジョークが伝わらなかっただなんて。ウブさとはときに最強の盾となるんですのね。


「うふふ。咥えるモノのは指ですの。見つめる先はお馬さんですの。お子様には少し早かったでしょうか」


「…………は……?」


「こっちの話ですの。お忘れくださいまし」


 冷たい視線が突き刺さったような気がいたしましたが華麗におスルーして差し上げます。



「コホン。貴女とそのお友達さんは、ご家族と一緒に遊びにいらした感じでして?」


 カメレオンさんがお戻りになるまで、しばしの暇つぶしの雑談にお付き合いくださいまし。



「…………私は、()()()、です……」


「ということは、関係者か馬主の娘さん?」


「…………なぜ……?」


「あら? 違うんですの?」


 さっきからどうもお話がズレてしまっているようですわね。どこかで話題の拾いミスをしてしまいまして?


 これは早急に軌道修正しておきませんと。

 

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