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人馬一体

 

 建物から出て、コース側の方へとやってまいりました。見渡す限りの芝生が広がっておりますの。こんなモフモフの中で寝っ転がれたら絶対に気持ちがイイですのー!

 

 あ、ですけど油断していたらお馬さんに踏まれてしまうかもしれませんわね。さすがに死と隣り合わせはご勘弁願いたいものです。

 

 けれどもこの壮大さにはやっぱり圧巻ですの。


 肺の中を入れ替えるように、大きく深呼吸させていただきます。

 ああ、鼻に抜ける緑の香りがとても清々しいですの……っ!



「カメレオンさんっ! 競馬のコースって、近くで見てみるとホントに広いんですのねー!

そーれーにっ! こんなに近くにまで寄れてしまって大丈夫なんですの? 頑張れば触れられちゃうかもしれませんでしてよ?」


 肩の高さほどの柵のすぐ向こう側がコースになっているみたいです。この距離感で走られるのなら、手を伸ばせば本当に届きそうな気がしてまいります。



「その柵さえ乗り越えなきゃ大丈夫だ。さすがに距離ロスがあるから間近は走らネェが、目と鼻の先ってのは紛れもない事実だからヨ。もちろん耳でも凄みを感じられるだろうサ。ちなみに本物の馬の全力疾走ってのはパカラッパカラッじゃネェんだぞ。ドドドドだ、ドドドド」


「ほぇー、ドドドドっ!」


 もはや地響きレベルではございませんの!



 胸をときめかせながら辺りを見渡してみます。

 中央には巨大なスクリーンが設置されておりました。体育館の壁一面をそのまま画面にしてしまったかのような大きさです。

 現在はパドックの様子がこの画面に生中継されているようですわね。最右には着順のランプと天気と馬場の状況が設けられているみたいです。ご丁寧にご情報をどうもですの。



「もうそろそろ第一レースの発送時刻だ。ほら、他の観客連中も続々と集まってきただろ?

この目の前の縦長の支柱(ポール)がゴール板。ここを目指して皆走ってるわけだから、つまりは一番見てて盛り上がれる場所ってわけだ」


「はへぇー!」


 よく見てみると、コースのすぐ対面側にカラフルな装飾が施された電信柱のようなモノが立っております。こちらがゴール板、とのことですのね。


 そういえばお馬さんはここがゴールだと理解して走っていらっしゃるのでしょうか。たとえ分かっていなくとも、背中に乗っている騎手さんが合図を出してくださるから走り切れるのでしょうね。


 つまりは人馬一体ということですか。

 この胸をくすぐるカッコいい響きですの。




「あ! お馬さんが走ってきましたの! さっきパドックに居た子たちでして?」


「ああ。〝返し馬〟っつってな。騎手がレース前の最終確認やウォーミングアップをする為のタイミングだ。今回は先に馬券を買っちまったが、ここにも馬券選択のヒントが多く散りばめられている。

馬と騎手の呼吸は合っているか、走る足取りは重くないか、極端にイレ込み過ぎていないか、などが挙げられるナ。

全馬しっかり見てると馬券購入の締切ギリギリになっちまうから、返し馬は買いたい馬の最終確認くらいに留めておくといい」


「了解ですの!」



 そうこうしているうち私の目の前を出場するお馬さんたちが一頭ずつ走り抜けていきます。皆大きなコースで伸び伸びと走れてとっても気持ちが良さそうですわね。


 買わせていただいた4番の馬のスモールサンセットさんも、小さめな身体を大きく見せるように、力強い足取りで颯爽と駆け抜けていきました。頑張ってくださいまし。心より応援しておりますの。



 全頭が向こう側のスタートのゲート付近に集まりました。大きな輪を描いて闊歩しておりますの。



「そろそろだナ。中央の大画面(ターフビジョン)を見てみろ。スターターのオッサンが旗を振ったら、いよいよ枠入りの合図だ」


 カメレオンさんの促しに画面を見つめてみれば、ジャケットとハットを華麗に着こなした素敵なおじさまが、トラックの荷台に取り付けられた物見台のような場所に上がっていくのが絶賛中継されておりますの。


 周りの観客の皆さんもその光景を固唾を呑んで見守っていらっしゃるようです。

 こんなにも沢山の方に見られてしまうだなんて、私なら緊張で固まってしまうでしょうね。



 ダンディなおじさまが最上部へと昇り終わると、どこからか取り出した赤い旗を天叩く掲げ、左右に大きくお振りなさいました。


 その直後に場内に管楽のファンファーレが鳴り響きます。


 同時に待機していたお馬さんたちが、横一列に並べられた小スペースなゲートの中に次々と収まっていきますの。


 それに合わせるかのように実況のアナウンサーの声が建物の壁面からスピーカーを通じて聞こえてまいります。


 ふむふむ?  大外の一頭が、ただいまゲートの中に収まろうとしておりまして……?


 他の観客さんたちと同じように、私も耳を澄ませて事の推移を見守ります。


 さぁ、緊張のひとときですの。

 一瞬の静寂がこの場を支配しておりますの。



 大スクリーンにゲートの様子が映し出されました。


 それとほぼ同時、実況者の声にて……!


 体勢完了、スタートしました! とのことですってよ!



「見てくださいまし! ゲートが開きましたの! お馬さんたちが一斉に走り始めましたの!」


 とんでもなくお速いですの! 1キロ走るのに1分かからないペースではございませんでして!?


 かつて私が魔法少女だったとき、屋根伝いに飛び渡っていたあの頃を思い出します。それよりも素早い動きかもしれません。



「スタート直後からコーナーに入るまでに、まず間違いなく熾烈な位置どり争いが発生する。外側になっちまえばその分多くの距離を走らされることになるナ」


 カメレオンさんが早口でご解説なさいます。


 仰っている今まさに、先頭のお馬さんたちがコーナーに差し掛かろうとしておりますの。二頭が全力疾走しているせいか、隊列が少しバラけて縦長になっているような気がいたします。こちらのペースで大丈夫なのでしょうか。



「ああやって逃げ馬は先頭(ハナ)を取ろうとしてスタートからダッシュをかける。ずっと頭でないと走る気を無くすヤツもいれば、番手で充分なヤツもいるサ。どのみち最後まで逃げ切れたら勝ちな連中だ。

対して先行馬はそれを見ながら好位置に付いて、やがては先団を形作る。ここぞというときに疲れた前の逃げ馬を捉えにかかるんだわナ。

その塊の後ろの方を走ってるのが差し馬だ。中盤辺りから馬群の隙間を縫って抜け出したり、垂れてきた前を抜かしたりして徐々にスピードに乗る作戦ってコト。

最後尾の追い込み馬は始めはのんびり後ろを走ってる方なんだが、直線手前で外に持ち出して、まとめて一気にゴボウ抜きするって戦法よ。ま、前が壁になってることもままあるから、馬の器用さと騎手の手腕にもポイントかま紐付いたりするわナ」



 とんでもない早口をありがとうございますの。レースの内容に夢中で半分も聞いておりませんでしたが、追い込み馬についてはなんとか聞き取れましたの。


 私の買った4番さんは新聞には追い込み馬って書かれておりました。確かに最後方を走っておりますの……! でも……!



「アレでホントに先頭まで来れるんでして……!?」


 先頭はもう直前に差し掛かろうとしているというのに、あの子はまだカーブの中腹辺りを走っておりますの。

 おまけに少し外側を走っているせいか、他の子よりもだいぶ大回りになっている気がいたします。


「ま、人気のない馬だったからナ。最後まであのまんまの可能性も高いゼ。残念だったナ。次は強くて固そうな馬買おう」


「ぐぬぬぬぬ……ッ!」


 ちょっと! ポンポンと肩を叩かないでくださいまし。まだレースは終わっておりませんの……!



「ほら何してますの4番ーッ! 差せーッですのーッ! 抜けーッでーすのーッ!」



 あ、興奮してつい叫びたくなる気持ち、私にも分かりましたわ。確かに思わず口から出てしまいますのね。


 私の声は他の歓声に呑まれてとても届きそうにありませんが、それでも声に出し続けて応援して差し上げます。


 この会場全体の一体感、とっても好きですの。



 4番のお馬さんがようやく直線へと足を踏み入れた――そのときでございました。


 

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