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褒めても汁しか出せませんの

 

「なーに人の顔ジロジロ見てんだよ。ほら、必要なモンは全部揃ったんだ。一応発券機の使い方だけは説明しといてやンから着いてこい」


「あ、ちょっと待ってくださいましー」


 私の注視を断つようにカメレオンさんがそそくさと歩き始めてしまいました。急いで彼の後を追います。


 モグラさんは……まだ新聞や投票カードと睨めっこなさっておりますわね。そこまで距離も離れてはおりませんし、人目につかない物陰にいらっしゃいますし、そのうちしれっと合流してくださることでしょう。



 カメレオンさんは別の壁際のところで立ち止まられました。テーブルが並んでいた先程の場所とは違って、こちらには何やら腰くらいの高さの機械がズラリと横並びしておりますの。


 一見は駅の切符売り場のような感じです。リムジンタクシーを利用していた私には縁遠いものでしたが、さすがに見たことくらいはあるのです。


 カメレオンさんの横に駆け寄って差し上げます。


 目先の機械の左上には発売中との表記がございます。十中八九こちらが券売機で間違いないでしょう。


 壁面中央下部にはお金の投入口が、その右側には投票カードの挿入口が設けられているみたいですの。


 テーブル上の平たい部分は……タッチパネルでしょうか。他のお客さんを見てみるに、皆一様に画面をピッピと操作していらっしゃいます。



「いいか、まずお金を投入する。そうすると投票カードが読み込めるようになるから、入れる。その後は画面の案内に従ってタッチパネル上で発券ボタンを押してやれば完了だ」


「ほぇー早いですの……! とってもスマートですの……!」


 実際にカメレオンさんがお金を入れ、投票カードを入れ、画面を数回ポチポチと操作なさると、ウィーンという機械音と共に馬券が出力されました。


 さきほど切符売り場と表現したばかりですが、出てきた馬券もそれに近いと思いますの。

 えっと、特急券でしたっけ? 横長の小さなモノではなく、どちらかといえばお名刺や銀行のブラックカードのようなサイズ感ですの。



「馬券とお釣りの取り忘れに注意ナ。タッチパネルの上にモノを置くと機械から注意アナウンスが流れて恥ずかしいから覚えておけ。邪魔なモンはサイドテーブルに置いておくんだ」


 あらあら、豆知識までありがとうございますの。

 なんだか経験のありそうなご発言ですわね。


「ちなみに、当たった馬券はこの機械で換金することになる。その払い出し分で別の馬券を買うこともできるから、当て続ければ永久機関の完成ってわけだナ。

当てる度に換金するもヨシ、最後に一気にまとめて行うのもヨシ。ただし! 間違って捨てるのと無くすのだけは勘弁ナ」


 最後の一言だけ、言葉尻に妙な力強さを感じられました。この人間違いなく過去にやらかしてますわね。言葉の重みが段違いでしたもの。


 今回の私は馬券を買えませんから、もう少しだけオトナになって、自分で買えるようになったら改めて気を付けさせていただきますの。今の段階からのご忠告、誠に感謝いたします。



 カメレオンさんが出てきたばかりの馬券を見せてくださいました。

 開催地名、レース番号、選択式別、馬番、そして購入金額……ふぅむ、大丈夫ですの。全部合っておりますの。私の書いたかったスモールサンセットさんの単勝・複勝馬券です。表面に両方とも印字されておりますのね。


 よーし。これにて馬券購入達成です!

 あとはレースの結果を待つのみです。



「あとほんの十分も経たないうちに、この四万円分の馬券がただの紙切れに変わっちまうってんだからギャンブルは恐ろしいよなぁ。

青ガキ、絶対ハマるんじゃネェぞ。特に金銭感覚の狂ったお前みたいなヤツはな」


「うふふ、褒めても汁しか出せませんの」


「おい汚ネェから止めろ」


「もちろん冗談ですのっ!」


 これでも場所と雰囲気くらいは弁えているつもりです。淑女なのですから。いつでも見境無いわけではございませんもの。


 っていうか外れる前提でお話するのやめてくださいます? 皮肉な度が過ぎておりましてよ。

 この馬券はいわばシュレーディンガーの猫ですの。箱を開けるまで、つまりはレースが確定するまでは結果は誰にも分からないのです。


 あ、誰ですの? パンドラの箱と間違えそうになった方は。開けたら不幸が待っておりまして?

 そんなのたまったものではありませんの。


 金銭感覚については……うう、精進いたしましょう。

 ただでさえ俗世間に疎くなってしまうような生活を送っておりますゆえ、致し方なさはあるのです。


 だからこそこうした外出が重要になってまいりますの。



 ふと真隣を見てみれば、いつのまにかモグラさんも私たちに追い付いてご自身の馬券をご購入なさっていらっしゃいました。


 彼の前の券売機から出力された馬券は……一枚、二枚……三枚四枚五枚!? まだまだ出てきますの。たくさんご購入されたみたいですのね……!


 しかしながら、遠目から見た感じ式別がワイドや複勝のモノばかりですの。それも全部百円とか二百円程度の少額の馬券だけでして……?


「あの……モグラさん。それ、当たったところで儲けは出ますの?」


 当選金額よりも購入総額の方が大きくなっていそうなイメージですけれども。


「ああコレですかい? もちろんガミり前提でさぁ」


 ニッシシと鼻下を擦りながらお笑いになります。サングラスがキラリと輝いておりますの。


「ガミり?」


「トリガミのことだ。損をするって意味の〝ガミを食う〟って言葉があるだろ? そっからの派生だナ。

当たったのはイイが、使った金額の方が多いって時に、競馬ではガミるって言うんだワ」


 すかさずカメレオンさんが補足してくださいました。



 モグラさんが馬券を扇のように広げてパタパタとあおがれます。これがお金ならただの成金野郎でしたの。


「毎レース一点全力買いをしてやってもいいんですけどなぁ、外しちまったらそのレースの全部がパァなんすわ。それが連続しちまった日にゃ目も当てられなくなる。

最初のレースはとにかくまず当てる。こいつが俺なりのゲン担ぎでさぁ」


 軽快な口調でモグラさんが続けます。


「一応、これでも見た目に反してそこまでの額は注ぎ込んでないんでっせ。大きく出るのは勝負レースのときだけでさぁ。これはただの前準備ッ。景気付けのイチ儀式ッ」


 相撲の四股を踏むようにどっしりと身構えられます。小柄なお身体に押しても引いても動かなそうなオーラを纏っていらっしゃいますの。


 手慣れてる感が凄いですの……!

 ベテランの馬券師って感じですの……!



 ふむふむ、景気付けの為のルーティーンってのはなかなか悪くないですわね。魔法少女時代の口上にも通じるところがございます。気合が乗りますもの。


 確かに一度も当たらずに終わるよりは気持ちがずっと楽だと思いますの。外し続けると負け分を取り返そうと更にのめり込んでしまいそうですからね。


 当てたという事実が精神安定剤になって、その後の冷静さを獲得できる、と。間違いなく一理あると思います。



「それじゃ、ちょいと早いがコースの方へ向かおうゼ。イイ感じに場所取りしといて、競馬処女の青ガキにゴール前の迫力ってヤツを味合わせてやんよ」


「いよいよですわね……!」


 この前まではテレビの中のイチ出来事でしかなかった競馬が、今日は目と鼻の先で行われるのです。


 外出って素晴らしいですの。もっともっと色んなことを経験してみたいですの。その為の資金調達をば、なんてのはさすがに虫が良すぎるお話でしょうか。


 いえ、今日の為にアンダーグラウンドでひっそりと影を潜めて過ごしてきたのです。少しくらい良い思いをしたってバチは当たらないと思うんですの……!


 ごくりと生唾を呑み込みます。


 

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