マルとかサンカク
「ははーん、ブックにしたのか」
これ、そう呼ばれる新聞なんですのね。確かにカタカナで大きくブックと書かれておりますの。
選定の理由としましては、第一に他のモノより一回り小さくて持ちやすかったからと言えましょう。コンパクトなだけあって小さなカバンにも忍ばせられそうなサイズなのです。これなら女性の方も安心ですわよね。
色は白黒だけの二色刷りなのですが、横書きなので他と比べて慣れていて見やすそうという理由もございます。
全体的に右脳辺りにビビッときましたの。
今日はコレに頼ってみたいと思いますの。
「いいんじゃないか? 三場開催のときは携帯端末でも簡易版を見れたりするし。便利だよナ。たまーに俺も利用したりすンぞ」
ふぅむ。話を聞くに各社さんそれぞれがで 凝った作りやサービスを展開してるんですのね。とっても勉強になりますの。弊社も新聞業に進出すれば儲けに繋がるのではなくて? ……もちろん冗談ですが。
ちなみにこれは余談なのですが、お二人が持参していた新聞は、それぞれカメレオンさんのが赤い8の数字が印象的なカラー刷りのモノで、モグラさんのが〝勝〟の文字が大きく描かれた白赤黒の三色刷りのモノでした。
カメレオンさん曰く、見やすさと穴馬情報を最も重視しているからとのことですの。
モグラさん曰く、目が悪いので明暗はっきり分かれている方がよい、かつ信頼している予想屋さんの記事が読めるから、とのことですの。
ホント理由は人それぞれなんですのね。私も次回があれば参考にさせていただきましょう。見比べとか使い比べとかもしてみたいですもの。
「んじゃパドックに向かいがてら、新聞の読み方を軽く説明してやんヨ」
「パドック?」
「レースに出走する馬を事前に下見できる場所だナ。目と鼻の先で馬の調子を見ることが出来るんだ。息遣いとかテンションの高さとか、案外分かることも多いンだぞ」
「ほへぇー」
そんなところも用意されているんですのね。どんな場所なのか詳しい話は現地についてから伺ってみることにいたしましょう。
今の話題は新聞の読み方についてだそうですの。
先程購入したばかりの新聞をバっと広げてみます。
足元を含め目の前が全く見えておりませんのでちょっと危なそうですが、カメレオンさんにエスコートとしていただいておりますのできっと大丈夫でしょう。
両手でペラペラとページをめくってみます。
ふむふむ、各ページだいたい2レース分の情報が書いてあるような気がいたしますの。見出しタイトル的なコレは……レース名でしょうか。
「この〝未勝利クラス〟とか〝1勝クラス〟とか書いてあるものは?」
「簡単に言やぁレースのレベルだナ。クラスは基本的にゃ新馬戦、未勝利戦、1勝、2勝、3勝、と分けられていて、それぞれで勝つごとにランクが上がって稼げる獲得賞金も増えていくわけだ。
それ以上になると全部一律〝オープンクラス〟にまとめられる。オープンクラスの馬しかLやその上のG3からG1までのグレードレース……つまりは重賞には出られないって寸法だわナ」
カメレオンさんがお持ちの携帯端末に、簡単な図を表示されました。
・G1(グレード1) ※
・G2(グレード2)
・G3(グレード3)
・L (リステッド)
・OP (オープン)
――↑オープン↑――
・3勝クラス
・2勝クラス
・1勝クラス
・新馬・未勝利
※ 日本、アメリカ、アジアでは「グレード」
ヨーロッパ、オセアニアでは「グループ」
として「G」の文字が使用されている
ほえー。こうして見てみると柔道や書道の段位みたいですわね。新馬さんが白帯で、熟練のお馬さんが師範代の黒帯ってイメージですの。勝つごとにランクが上がっていくって点も近いような気がいたします。
「開催されるレースだが、午前中がだいたい未勝利戦だ。そんで夏場から冬場にかけてはお昼の第5、第6レース辺りで新馬戦が行われることになっている。
昼過ぎから順々に1勝クラスから3勝クラスまでが設けられていて、待ちに待ったおやつの時間帯にメインレース、つまりはオープンや重賞のレースが行われているのサ。これが一日のおおまかな流れってヤツだナ」
ふむふむ。ということは私たちが今から見るレースは必然的に未勝利戦ってことになりますのね。
ざーこ♡ ざーこ♡
一度も勝てないよわよわホース♡
四足歩行の風上にもおけないノロマさん♡
ずぅっとずぅっと念仏聞いてろ♡
という失礼極まりない言葉が浮かんでまいりましたが、不躾に呟いてしまっては流石のカメレオンさんたちもお怒りになると思いますの。今なら心の片隅に留めておくだけにいたしましょう。
とにかくレース名とその役割は分かりました。改めてその下の欄を見つめ直します。
一列に並んだこのカタカナはきっとお馬さんのお名前ですわよね。個性的で覚えやすい感じがいたしますの。
「見てみナ。馬がズラーっと書かれてるだろ? 〝馬柱〟っていうんだ。それぞれ、馬名、騎手名、付加斤量、記者の予想欄、展開予想、直近のレース着順と不利の有無などなど、ホントに色々な情報が載ってる」
かなり熱く語っている気がいたしますの。けれども言っている単語の半分も理解できません。途中で水を差すのも悪いですし、ここは一旦黙っておきましょうか。
代わりに新聞の記載を抜粋して見てみましょうね。
ミレイ 蒼井52 ◎○▲△注△☆-
一頭の馬の欄にはこんな感じで書いてありますの。
このカタカナがお馬さんのお名前だとするならば、横の漢字が騎手さんのお名前で、更にその横の数字が斤量というモノの認識で合っておりますのよね?
「そもそも斤量って何ですの?」
耐えきれずにカメレオンさんに問いを向けてみます。
「斤量ってのはいわゆるハンデだナ。騎手がまだ若手だったり、性別混合のレースに牝馬が出たりすると重しの量が軽くなったりする。逆もまた然りで、歳上の馬だったり実績のある馬には多く課せられたりするわけだナ。
ある程度レースレベルを揃えるための調整可能な重量負荷ってわけだ」
ほほーんなるほどですの。確かにオープン以上は強くても弱くても皆一緒に走るわけですから、格差が明確に分かってしまっては賭け事になりませんわよね。
有力なお馬さんにはハンデが課せられて、不利な条件のお馬さんは逆に楽になってと、全体でバランスを整えられたときにいったいどの馬が勝つのか……確かにこれなら予想のし甲斐がありますの。
「ではこのマルとかサンカクの記号はなんですの? 書いてあるお馬さんとそうでないお馬さんがいるみたいですけれども」
「ソイツが記者の予想欄だナ。各新聞の担当記者がそれぞれ勝ちそうな馬に記号を入れていくんだ。
◎が本命、○が対抗、▲が単穴で3番手くらい、△が連穴で2着まで来る可能性はあるかー? くらいの認識でいいだろう。
それ以外の記号は各新聞によって変わったりする。よく見るので言うなら☆が本命以外の穴馬で勝ちそうな魅力があるヤツ、注は連穴とだいたい同じだが別で扱っておきたい特別視の馬、っていう具合にナ」
本命? 対抗? 二字熟語のオンパレードですわね。一度に言われてしまってはとてもではありませんが整理しきれませんの。
再三にはてなマークを浮かべる私でしたが、またもやカメレオンさんが端末に表示させた図を見せて補足してくださいます。
この際ですので手に取ってじっくりと眺めてみますの。どれどれ……?
◎ ……本命。1着の可能性が十分考えられる筆頭馬。
○ ……対抗。1着もしくは2着の候補馬。
▲ ……単穴。1着の可能性はある有力馬。
△ ……連穴。3着までには来そうな馬。
※ たまに見かける下記の記号について
◉……大本命。その日を通しての記者一押し。
☆……展開によっては1着の可能性がある穴馬。
注……3着に入る可能性がある穴馬。
× ……△ほどではないが3着の可能性はアリ。
ふむふむ。こうして表にしていただけると大変分かりやすくてありがたいですの。確かに一々書かれるよりも記号で書いた方がスマートになりますわね。
「あの、それではこれは? 逃先差追? 何の四字熟語ですの?」
「ソイツは作戦予想だよ。今までのレース結果を考慮した上で、今回ならどう走るかっていう立ち回り予想を大まかに書いてあるんだ。
〝逃げ〟がレースの先頭を走ってペースを作るのが得意な馬の作戦。周りを囲まれにくいから臆病な馬もこの作戦が多い印象だナ。
〝先行〟が2番手3番手の好位置で隙を伺う馬だ。器用で素直な馬が多い。
〝差し〟が中盤から終盤にかけて本腰を入れる馬。前半のうちは息を入れてチャンスを伺いつつ、後半から段々とスパートをかけていくやり方だ。
〝追込〟が最後の直線辺りで他の疲れた馬を一気に抜き去っていくのが得意な馬だな。スロースターターだが、成功したときは見ていて一番気持ちがイイ」
ふむふむ。お馬さんにも得意不得意があるんですのね。
魔法少女時代の私で言うなら差しか追込でしょうか。相手の攻撃に耐えて耐えて耐え忍んで、最後に一気に爆発させるやり方でしたからね。
逆に茜さんは絶対に逃げか先行だと思いますの。先手必勝の体現者ですの。スタートから瞬く間に猛攻撃やら猛連打やらを喰らわせるやり方でしたもの。
私たちにも個性があるようにお馬さんにも個性があるんですのね。知れば知るほど頭がこんがらがっていくのは事実ですが、その分面白いと思えることも増えてきて楽しいですの。
早いところ間近でレースが見てみたい、と思い始めた私を誰が咎められましょう。うふふ。
「ほら、そろそろパドックに着くぞ」
「了解ですの……! ふむふむ。なるほどなるほど」
中身が読めるようになってくると最初はただの文字の羅列にしか見えなかった黒一面の記事も、数多の情報のカタマリにまるごと切り替わったようなお得感が生まれてまいります。
時間を置いて後でじっくりと読み進めてみることにいたしましょう。えっと、このお次はパドックとやらについての説明をいただけるんですのよね? 楽しみにしておりますの。
カメレオンさんのお声がけに、この手に持った新聞を一旦畳み直そうとした――そのときでございました。