最初のミッションクリアですの!
入場ゲートとやらに近付きますと、もう既に結構な数の人が列を形成しているのが見て分かりました。
まだシャッターが降りたままですので入場は叶いません。アイドルの出待ちのように皆一様に入場開始のアナウンスを待っていらっしゃるらしいのです。
「結構たくさん来ていらっしゃいますのね……」
客層としてはご年配の殿方が多く見られますが、中にはお若い方もちらほらと、それこそ家族連れやカップルだってそこそこに見かけられますの。
老若男女という言葉を使っても問題なさそうな感じです。
私たちも自然体を装いながら開門待機列の最後尾へと並びます。大丈夫ですわね? 誰もこちらは疑ってはおりませんでして?
「あ、そういえば入場券は買わなくていいんですの?」
待機列とは別のところにチケット売り場へ続く列が伸びているようですけども。
「ありゃ当日券組だ。俺らのことは気にしなくてイイ。既に人数分用意してある。
ここ最近はナンでも電子化に切り替わってきてるからナー。事前にネットで指定席券を買っておけば、当日は携帯端末に表示したQRコードを読み込むだけで簡単に入場できるんだ。面倒な手続きも要らないし、支払いもクレジットOK」
「ほえ? キューアール? クレジット?」
カメレオンさんがコートの内ポケットから四角い液晶端末を取り出しなさいました。何やら白と黒のドットで形成された図形が表示されております。一見ではよく分かりませんが、鍵……もしくは暗号のようなモノなんでしょうか。よく分かりません。
ですが中に入れるなら何でも構いませんの。こんなモノで入れるとは、少し見ないうちに便利な世の中になったものですのね。
「あー、青ガキには機械音痴には難しい言葉だったか? 別に今のは聞き流してもらっても構わネェ。競馬とは全く関係のネェ話だ。
ま、要するに今回の入場券は俺が既に持ってて、全員まとめて入れるから心配すんなって話」
「ほいですの」
壁に取り付けられた時計の針がちょうど8時30分を指し示しました。鈍いモーター音を発しながら少しずつシャッターが開いていきます。
全てが上がりきると、入場門の横にいらしたスタッフの方が静かに開門の宣言をなさいました。
だんだんと列がはけていきます。ゲートを通り抜けてから、皆さん一斉に走り出していらっしゃいますの。
これ、もしかして私たちも急がなくてはいけないのではなくて!? 何があるかは分かりませんが同じように走った方がよろしいのではなくて!?
私たちの番が回ってきました。カメレオンさんの顔色を伺ってみましたが、別に焦る様子は少しも感じられませんの。
「まぁ待て。別に俺らが慌てる必要はねぇ。ありゃ撮影目当ての連中さ。馬券を買うことよりもイイ写真を撮ることに熱中してる。
ま、歩いたって馬は逃げねぇサ。のんびり行こうゼ」
さすがどっしり余裕の構えですの。強者のオーラを漂わせていらっしゃいますの。頼り甲斐MAXですの。
カメレオンさんが携帯端末をゲートの手摺当部分に掲げますと、回転扉が作動してゲートの内側へと入ることができました。
晴れて競馬場内へ進入成功ですの。
最初のミッションクリアですの!
「ふぅむ。ここが競馬好きの皆さん憧れの地なんですのね……!」
ようやく競馬場の全貌が明らかとなりました。スタンドと書かれた大きな建物の前に、芝生のコースと土のコースが広がっております。
形状は楕円形になっているみたいですわね。正面下手側の奥には大きな木が生えておりますの。
「ほぇー! 凄いですのー! 広いですのーっ!」
かつて通っていた学校の校庭がいくつも入ってしまいそうな規模です。直線の長さにしたって、この国の一番高いタワーを横倒しにして、それがすっぽり収まるか否かというレベルでしょうか。
こんなところをお馬さんが走ってたんですの? これだけ横幅も縦幅も用意されていれば伸び伸びと走れるんでしょうね。狭くて薄暗い地下施設とは真逆に感じられますの。
「ちなみにあのドーム何個分かご存知でして?」
「たしか約94個分って聞いたことあるゼ。ンだがそんなこと聞いて意味あんのか?」
「いえ、まったくですの」
そもそも一個分がよく分かっておりませんし。
この例え、時折耳にしたことがございますけれども、他の方はピンと来るのでしょうか。実物を知らないとイマイチ想像しにくいと思うんですの。綺麗な数字ならよいのですが、そうではないかもしれませんし……。
兎にも角にも、施設の広大さに圧倒され、早くも言葉を失ってしまいそうです。思考を放棄してあの気持ちよさそうな芝生に寝っ転がってお昼寝したい欲求に駆られてしまいますが、ぐっと我慢して心を鎮めます。
「で、これからどこに向かえばいいんですの?」
お馬さんが走る場所はなんとなく分かりましたが、肝心の彼らが見当たりませんの。
馬券についてもそうですの。どうやって購入すればよろしくて? 勝ちそうなお馬の騎手さんに札束を投げつけて差し上げればよろしいんですの?
数々の疑問が私の頭の中を駆け巡ります。ついさっき放棄しかけたと思いきや、今度は思考のレースが開幕しておりますの。どの結論が勝ちますでしょうか。カメレオンさんを上目遣い気味に見上げます。
「いいか青ガキ。競馬をやるにあたって、まず忘れちゃナンねぇのが〝新聞〟だ」
「新聞……ですの? あ、皆さん食堂で持っていらしたような?」
「それだ。有ると無いとじゃ面白さも段違いだからな。俺とモグラのヤツは持参してる。ンだからお前の分を買いに行こう」
「ういですの!」
幸いにも入場ゲートからすぐのところに売り場が設けられておりました。
先日の食堂で見たときは全部同じに見えておりましたが、こうして手に取って見比べてみると、それぞれ少しずつ異なっているような……?
縦書きのモノ、横書きのモノ、フルカラーのモノ、とにかく細かい字がビッシリと記載されているモノ、おじさんの一押しイラストが大きく描かれているモノ……。
「ふぅむ。なんだかいっぱい種類があってよく分かりませんの……」
実際の話どれがいいんですの?
っていうかホントに必要なんですの?
「正直なところどれでもいいのサ。いや、正確には自分がコレだと思ったヤツを買えばイイ。全部一緒だとは言わねえが、専門紙なら必要なコトはだいたい載ってるからナ」
あら、案外適当でいいんですのね。
とは言え私も〝勝つ為〟の情報が欲しいのではありません。今回は競馬を〝楽しむ為〟のツールとして欲しているのです。
私がコレだと思ったモノですか……勘で選んでもよいのですが、安易に選ぶのも競馬ファンのお二人に悪いですわよね。ふぅむ、ここから悩んでしまうとは、競馬、恐るべしですの。
少しばかり頭を抱えていた私でしたが、横からモグラさんが補足してくださいました。
「お嬢。ほら、色が付いてたほうが見やすいとか、横書きの方が目が慣れてるとか、そういう好き好みはあるだろ? 選ぶ理由なんてそんな軽いもんでいいんでさぁ。
ちなみに150円くらいのスポーツ新聞にも最低限の情報は書いてあるが、俺らからしちゃあ足りないね。色々載ってる専門紙がいい。高くたってせいぜい600円のシロモノだ。小をケチるヤツは大魚を逃しやすぜ。ドーンといきましょ」
「ふぅむ……!」
お二人がそうそう仰るのであれば……分かりましたの。私個人の視点で決めますの。
コレにいたしますの!
数ある中から一部の新聞を掲げ上げます。
※ 私は 競馬に対して
決して 手を抜きません(*´v`*)
競馬はいいぞ……!
貴殿らに競馬というモノを
共有して差し上げよう……
物語はそこから生まれるのだ……!