眠い目を三擦り半
さてさて、迎えた次の週末です。
昨晩は遠足前夜の気持ちでいたものですから寝ようにも眠れませんでした。いっそのことカメレオンさんのお部屋で過ごして差し上げようかと思ったくらいですの。先に鍵を閉められてしまいましたので叶いませんでしたが。
「……ふわぁ…………あふ。まぁでも……何とか起きられましたの。やっぱり大事なのは気合いと根性と目覚まし時計ですの……!」
今日ほどメイドさんの目覚ましボイスをありがたいと思ったことはございません。久しぶりに正しい使い方をしたような気がいたします。
まさかこの機械もこんな娯楽の為に使われるとは思ってもいなかったでしょう。ちょっとだけ申し訳ないですの。
ともかく、私は眠い目を三擦り半しながら自室を後にいたしました。
トコトコと小刻みに足を動かしてカメレオンさんのお部屋をお伺いいたします。
ドアの前には……あら? 既に先客がお一人いらっしゃいますの。こちらからご挨拶いたします。
「おはようございます、モグラさん」
待機していらしたのは先日のモグラ怪人さんでした。
「ヨッ。そんなわけだから俺も付いてくぜ。久しぶりに有給取ったんだわ」
「どんなわけですの?」
片手を上げてご挨拶し返してくださいます。
おそらくどこかで私とカメレオンさんのデート話を聞きつけなさったのでしょう。邪魔をするとは不届き千万な、いえいえ冗談ですの。
状況から察するに、ただ競馬場に行きたかっただけだと思われます。この方も競馬がお好きですからね。
外出するにあたって、モグラさんもしっかりと変装をしていらっしゃるようですの。お顔を隠すように深々とベレー帽をお被りになっております。ほぼ真下から覗き込まないと怪人さんとは気付けません。
隙間からチラリと見え隠れする黒いサングラスがとってもお似合いですし、腕にも軍手のような生地の長めの手袋を嵌めていらっしゃいますの。全体的に綺麗にまとまった素敵な変装だと思います。
「ほら、お前と同じでさ。俺も裏方側の人員だからあんまり外に出ることがねーんだわ。正直言って組織の外は怖ェけど、カメレオンの奴が近くに居てくれるなら安心だからな」
仰る理由も分かります。カメレオンさんは素でお強い方ですものね。並のヒーローやら魔法少女やらが襲い掛かってきても片手で撃退してくださると思いますの。
「私こそ同じ境遇の方がいらっしゃって安心いたしましたの。今日はお互い彼の足を引っ張らないようにつつがなく過ごしましょう」
「おうよ」
腰巾着同盟発足ですの。
それでは、改めましてカメレオンさんのお部屋のドアをノックいたします。言われた通りキチンと朝早くに起きましたのよ。褒めてくださいまし。
耳を澄ませると内側から足音が聞こえてまいりました。段々と近付いてくるのが分かります。そうしてゆっくりとドアが開かれます。
「おはようござ……はぇー、中々のオシャレさんですの。ダンディですの。バッチリ決まっておりましてよ」
朝の挨拶を途中で止めてしまうくらい、キメッキメにキメた格好のカメレオンさんが眼前に現れなさいました。薄手のコートを華麗に着込んでいらっしゃいます。
彼も深つばのハットを被っていらっしゃるので一見では怪人さんとは分かりません。真っ当でイケおじな殿方に見えますの。
……ただ、爬虫類的なザラザラな鱗肌はそのままのようです。遠目からでは気付けないとは思いますが、近くで見たら結構目立つような気もいたします。大丈夫なんですの?
「約束通り起きれたようだな。あ、分かるぜ。この肌が気になってるんだろ? ちょっと待ってな」
そう仰ると、見る見るうちに鱗状のお肌がツルツルに変わってゆきます。おかしな点は体毛が無さ過ぎるくらいでしょうか。ほんの一瞬で全体的に筋肉質でむしゃぶり付きたくなるような腕や脚に変化なさいましたの。
唯一怪人と気付ける要素が残っているとすれば、縦長四白眼で長舌なところくらいでしょうか。それも違和感くらいで、どこからどう見ても人間にしか思えません。
ほえー……さすがは変装の達人さんですのね。
「ま、ざっとこんな感じだ。仮にもプロを名乗るならコレくらいは朝飯前でないとな。体色だけ変化させる奴ァ俺から言わせてもらえば半人前だ。同業のタコ野郎とかはもっと凄いの見せてくれると思うぜ」
なるほどさすがは偽装メインの怪人さんですの。皆さんそれぞれ特異な能力をお持ちなんですのね。透明になれるだけかと思っておりましたが、まさか表面の質感そのものも変えられるとは。お見それいたしましたの。
ごくり。その血管の浮き出た透き通るような逞しい腕、さ、触ってみてもよろしくて……?
思わず手が伸びてしまいます。
「で、お前こそそんな格好で行くのかよ」
しかし、触れる前にぴしゃりと叩かれてしまいました。誠に残念です。ですが落ち込むことはありません。
「ふっふっふ。ご安心くださいまし」
カメレオンさんからツッコミを入れられてしまった理由も分かります。私は今は寝巻き姿、つまりはいつもの黒のネグリジェ一枚を身に纏っているだけなのです。
この施設内だけなら皆さんお馴染みの格好だと思います。けれどもお外ではただの不審者になってしまうのも間違いありません。
ご心配なく。
私にも華麗な衣装チェンジ術があるのです。
「さぁ、ご覧あそばせですのっ!」
それをお披露目したくてわざとこのまま来たまであるのです! さぁはぁご刮目くださいまし!
「……偽装 - disguise -」
胸に手を当てて小さく呟きます。
ついでに軽く目も閉じておきますの。
実のところ最近は慣れた影響で目を開けたままでも変身は出来るのですが、雰囲気的に勿体無いので教わった手順をしっかりと守っておりますの。
お淑やかに変身するのがマイブームなのです。
今ではもう衣装チェンジを終えるのにも十秒も掛からなくなりました。
多分もっと慣れたら一瞬で衣服をドロドロ化させて、すぐさま再形成させられるようになれると思いますの。上品さを保ったまま効率化を図るのです。
くるりと一回転して生成した衣装を見せて差し上げます。
今回はノースリーブの黒いラインシルエットワンピースに変化させてみました。外気温によっては上から羽織る用のカーディガンも追加できますの。
スマートカジュアルにまとめた大人な魅力溢れるコーディネートですの。つい見惚れてしまうでしょう?
「ほほーん。なるほど、そいつがウチの新技術ってわけか。開発班の奴らも腕を上げたな」
「むむむ、美人でオトナな女性を前にしたら、先に言うことがあるのではありませんの!?」
ほら、お色気ムンムンなレディがすぐ目の前におりますのよ。ほら、ほらほら。ワンピースの裾をピラリと持ち上げて誘惑してみます。
「バーカ。俺からしちゃあお前はまだまだ尻の青いガキだよ。一昨日出直してこい」
「いづっ……ぐぬぬぬぬぬ……!」
デコピンで軽くあしらわれてしまいました。
「んじゃ、各々準備も出来たみたいだし出発するぞ」
「ううー……了解ですのッ!」
さすがに悪ふざけが過ぎましたでしょうか。気を取り直して競馬場へ直行! といきたいところなのですが、セキュリティの問題でストレートには厳しいでしょう。
といいますのも、施設の外へ出る際は必ず上層の転移室を経由せねばならないようなのです。
あの部屋に赴くのは花園さんを見送ったとき以来になりますわね。結構久しぶりですの。