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競馬ってそんなに面白いんですの?



「総統さんから聞いていらっしゃいますでしょう!? ずっと待っておりましたのよ! こちらから探しても全然見つからないものですから私躍起になって」


()ぁーった、()ぁーッたから! 少ーしばかり静かにしてくれ、ナ? 見つかっちまった以上隠れんぼは終わり、お前の勝ち。ンだから今はちょっーとだけ待ってくれって頼むから!」


「ふぅむぅ……!」


 そこまで仰るなら仕方ありませんね。その言葉を信じて待って差し上げますの。


 ただ、隠れんぼと宣ったということはこの人やっぱり避けていらっしゃったんですのね! 

 連絡一つ寄越してくださらない寂しさにどうにかなってしまいそうでしたの! 


 いえ正確には! 悪い意味での放置プレイにトサカに来ているんですの! 外出許可をいただけたときのドキドキとワクワクを返してくださいまし!


 やっぱり羽交締めにしてヘッドロックをかけて差し上げようかとも思いました。けれどもやっぱり止めておきます。集中を邪魔するのも悪いですの。私だって考え事の邪魔をされたら嫌ですもの。


 なんとかプンスカ心を抑え込みまして、ひとまずカメレオンさんの横に座り直します。



 彼は手に持つ新聞をテーブルに広げて、何やらブツブツと呟き始めておりました。

 ワク番が……とかババ状態が……とか、よく分からない呪文のような単語が口から数多に零れ漏れていらっしゃいますの。


 かなり小さな言葉ですので全てを聞き取ることは叶いません。


 それからしばらくして、どこからか取り出した赤ペンで新聞の欄に三角マークやら二重丸やらを書き込み始めました。ただの悪戯書きではないようです。



 一通りの呟きと記入が終わったかと思うタイミングで、恐る恐る彼に話しかけてみます。


「あの、競馬ってそんなに面白いんですの?」


「アァ? んなの当たり前だろ」


 こちらを振り向きもせずにぶっきらぼうにお答えなさいます。


「ってことは暇潰しにもなりますの?」


「トーゼン。一度ハマっちまえば、週末のレースを楽しみに一週間ワクワクしながら待っていられらぁナっと。よし決めた、この組み合わせで買おう」


 口振りこそ投げやりでしたが、その目はまるで遊園地に喜ぶ子供のようにキラキラとしていらっしゃいます。基本的に素直じゃない彼にしては、珍しく少しの皮肉も篭っていなさそうなお言葉ですの。


 ……信じてもよさそうですわね。



「ならば私も決めましたのッ!」


 発声と同時に立ち上がります。



「ナンだよいきなり大きな声出して」


 ピクリと体を震わせた彼がようやくこちら側を向いてくださいました。怪訝そうな顔をしていらっしゃいますが関係ありません。


「カメレオンさん! 私にもやり方教えてくださいまし。一緒に競馬やってみたいですの!」


 皆さんが嗜んでいるご趣味を私の暇つぶし候補にも入れさせていただきたいのです。

 ほら、誰かと楽しみや喜びを共有するって、とっても素晴らしいことではありませんこと?


 それに彼の仰った〝ギャンブル〟という言葉も大変魅力的ですの。公式にしろ非公式にしろ、賭け事というのは非常にリスキーで背徳感を得られそうなモノなのです。


 詳しくはまだ分かっておりませんが、結局のところは勝ちそうなお馬さんを見つけて投資する形なのでしょう? 予想が当たればお金が増えて、外れたら全て没収。複雑そうに見えて簡単なお話ですの。


 モニターを眺めた感じ、一回のレースに出ているお馬さんだってせいぜい十五頭くらいではありませんの。確率的に言えば当てるのはそう難しいことではないように思えますの。


 頭を使うことは嫌いではありません。かつて優等生としてブイブイ言わせていたこの血が騒いでおります。


 頭脳戦でも肉体戦でも何だってやって差し上げますの! 私の本質は怠惰な日常を打破することなのです。



「………………あー……まぁ、いいケドよ」


「いいんですの? 今までの感じからてっきり二つ返事でお断りされるものかと」


 中々に長い沈黙の後でございましたが、承諾のお返事をいただくことができました。ほっとするのも束の間に、渋々ともまた微妙に異なる含んだ感じに微妙に引っかかってしまいます。


「えっと、何か問題がございまして?」


「アー、いやぁな、競馬の面白さっつーのをこの中継なんかで味わって欲しくなくてナ。イチ競馬ファンとして、いっちゃん最初ってのは何よりも大切な体験だと思うんだワ。

何百倍も何千倍も面白く感じられるのはやっぱ現地で実際に体感して――あ、そうか」


 何かに気が付いたかのように、拳で平手をポンと打たれました。


「ふぅむ?」


 疑問符を頭に浮かべる私に、カメレオンさんが気さくな声色で続けます。


「お前、外に出てみたいんだろ?」


「もちろんですの」


 だってその手助けになるようにと総統さんからこの綺麗で特殊なブローチをいただいたんですもの。いざというときには身を守る防護服として機能させるのです。

 この変身装置があればどんな場所でもへっちゃらですの。


 っていうかお外に出たいから貴方をお探していたのです! お分かりならばさっさと私をエスコートしてくださいまし!


 再度湧き出た抗議の言葉を飲み込んで、彼の次言をお待ちいたします。彼の鋭く尖った瞳を見つめます。



「俺が()()()に連れてってやんヨ」


「はぇ? 競馬、場ですの?」


 もしや、このモニター画面の向こう側、ということでして?


「おうよ。娯楽っつーモンは生で観て生で感じた方が楽しいに決まってんだろ? 俺は生で競馬が楽しめる。お前は念願の外に出られるし競馬も知れる。どちらもWIN-WINってなわけだ」


「そりゃあ何事も生が一番ですけれども……!」


 私未成年ですのでお酒は飲めませんが、どの怪人さんだっておビールは缶より瓶より生が一番だって聞きますの。ちなみに他の生は……ノーコメントですのっ!



「おーけー、っつーわけで来週末に連れてってやるから俺ン部屋に来いナ。ちな朝早くがマストだ。遅れたら連れてってやんねぇ。第一レースからしっかり観なきゃなんねぇんだからナ。んじゃ今日のところはホイ解散ッ!」


「りょ、了解ですの……!」


 トントン拍子に外出の話が進んで困惑してしまいましたが、これでようやく目標を達成できました。


 初めての外出先は競馬場ですのね。


 うふふ、三年とちょい振りの地上ですのーっ!

 今から来週末が楽しみですの〜っ!


 ワクワクとウキウキが止まりません。

 



 ってあら? 思い返してみればやっぱり私、カメレオンさんに邪険に扱われておりませんでして……?

 それでもって、出会って早々に颯爽と煙に巻かれておりませんでして……?


 まだまだ私の今日は始まったばかりなんですし、もう少し構っていただいてもバチは当たらないのでは……?



 ふと我に返って彼の方を見てみましたが、私の横にはもうカメレオンさんの姿はございませんでした。


 食堂内を見渡してみれば、彼は他の怪人さんに混ざってテレビモニターの前で盛り上がっていらっしゃいます。



 ……私もあの中に混ざることができますでしょうか。新たな娯楽を楽しむことができますでしょうか。それもこれも全部は来週次第ということになりますのね。


 あ、そうですの。総統さんから事前にお小遣いをいただいておきませんと。私、自由に使えるお金を持っておりませんし。

 賭け事的に言えば軍資金とでも呼ぶのでしょうか。多くて困るモノでもありませんでしょうし、可能な限り請求してみましょうっ。



 さぁさぁっ、これから忙しくなりますのっ。

 

 

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