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サせー! ヌけー! イけー!

 









「ふわぁぁ……あ……ふ」



 朝か昼か夕方かも分からない中途半端な時間に、私はふと目を覚ましてしまいました。昨晩の夜ふかしが堪えたのか、そこそこ寝坊してしまったような気もいたします。

 

 ただし寝坊はいつものことですの。

 体内時計的にはおやつどきでしょうか。



「……ひぁあ……ふぁ…………ねっむ、ですの」


 早速ですが若干重い身体を無理矢理に起こします。


 胸のブローチを握りしめますと、表面の冷たさによって頭の覚醒が促されるような気がいたします。プラシーボ効果かもしれませんが、ちょっとした刺激に脳が反応するんですの。多分。



 総統さんからこのプレゼントをいただいてから、早くも一週間は経過したでしょうか。


 ブローチを付けっぱなしにする生活にもようやく慣れてまいりまして、今では体の一部のようにすっかり馴染むまでになりましたの。


 この装飾品の何が便利かってお風呂に入るときも取り外さなくてよいことでしょうね。自室にて色々と衣装チェンジを試していた際に気が付いたのですが、素っ裸化モードも用意されておりましたの。


 透明な服を身に纏うというよりも、ブローチだけを肌の上に残すような感覚ですわね。

 見に纏っていたお洋服を黒いドロドロに変換して、そのままブローチの中に収納しておけるのです。


 おまけにブローチ自体は跳んでも転がっても胸の位置から微動だにしませんの。まるで磁石でくっ付いているかのようになりますので紛失する心配もございません。


 直に触れるせいでヒンヤリするのが玉に瑕なのですが、お風呂で真っ先に温めるようにすればほぼ無問題なのでございます。


 総じて有能と言えそうな便利グッズなんですの。



「さぁて……今日もまいりましょうか……」


 寝相のせいかだいぶ着崩れてしまっていたネグリジェの肩口を直しつつ、私はよっこらとベッドから立ち上がります。


 低血圧の為か膝に力が入りませんが、なんとか壁を伝って扉の方へ歩み寄ってまいります。


「はぁ……まったくもう……何でこの私がこんなにも動き回らねばなりませんの……!? それもこれもっ……ぜんっぶっ……!」


 普段であればあと五分は寝起きの微睡みに浸っているところなのです。ぼーっとした頭が冴え始めたタイミングで、ようやく寝返りを駆使して起き上がるのが常だといいますのに、ここ最近は時間惜しさにすぐに起き上がるようにしているのです。


 といいますのも、この私を起床たらしめる原因、それは……!



「カメレオンさんが全然見つからないからですのーッ!」



 外出同伴してくださるはずの彼に、一週間経った今でも一度もお会いできていないのです。


 総統さん曰く、既に絶対に施設内に帰ってきているとのことですの。けれども彼の姿はどこにも見当たりませんの。


 ほぼ朝から晩まで探し回っておりますのに、姿形はおろかその場に居たという痕跡ひとつ見つけられないのです。


 いつもだったら早々に諦めていることでしょう。しかし今回ばかりはそうもいきません。お外に出たいのです。外出欲求がこの行動力に表れているのです。



 あれはかつてメイドさんが見ていたドラマの台詞だったでしょうか。事件の捜査は自分の足で、なんていうありがたい教訓を耳にしたことがございます。


 ちょっとの違和感や手かがりを見過ごさない為にも、その言葉を信じて日々実行に移しましたの。さすがは潜入のプロ……! と感心するのもほどほどに、毎日聞き込み張り込みに努めておりましたのに……!



 自室のドアを開きますと淡い廊下の光が私の目をダイレクトに刺激してまいりました。たとえ薄暗くて弱い光であっても、明順応の鈍い私にはかなり応えるレベルの変化度合いなのです。


 この目が慣れてくださるまで、この一週間の行動をまとめておくことにいたします。


 フラッフラに逆上せるまでお風呂で張り込みしていた日もありますし、上層と中層を繋ぐエレベーターの前で仁王立ちして構えていた日もあります。


 丸一日カメレオンさんのお部屋の前で正座して待っていた日もございました。


 それっ! でもっ!

 ぜんっぜん会えませんでしたの!

 後ろ姿さえ捉えられないのですッ!


 魔法少女の頃であれば近付けば何となく気配を察知することが出来ておりました。しかしながら、ただの少女と成り果てた今の私には到底無理な話です。


 もしや露骨に避けられておりまして?

 もしかしなくても泣いてしまいますわよ?


 この廊下で! 怪人さんたちの集まるこの階層のど真ん中で! ビーピーと人目を気にせず泣き喚いて差し上げますのよ!?


 人の情に訴えかけてカメレオンさんを悪者にでっち上げて、言いようのない居心地の悪さを味合わせて差し上げても構わなくってよ!?



「……いや、したところでどうなるってわけでもありませんけど……」


 とんでもなく虚しい限りですの。

 何だか腹が立ってきたらお腹が空いてまいりました。


 今にも鳴り響いてしまいそうなくらい胃の中がスッカラカンなことに気が付きます。昨日の夕方あたりからマトモなモノを口にしていないからでしょうか。


 仕方がありませんわね。

 先に食堂で腹ごしらえをしてから捜索活動に励むといたしましょうか。


 今日は食堂で聞き込み活動を行なってもよいかもしれません。狙うは人海戦術ですの。聞き込みついでに、一人一人に見かけたら呼び止めておいていただくよう説得するのです。そうして怪人多勢によるカメレオンさん包囲網を築くのです!


「うふふふ、今日こそは捕まえてやりますの……この美麗ちゃんから逃げ果せるとお思いで……? うふふ、うふふふふ……!」


 そうと決まれば善は急げですの。ここまで来ると善意ではなくてただの意地と化しておりますから、あえて悪は急げと表現させていただきましょう。


 ようやく明順応が機能してまいりました。覚束ない足で食堂の方へと向かいます。居住区エリアを抜け、曲がり角を過ぎ、分岐路を進みますと食堂のエリアを示す看板が見えてまいりました。




 ふぅむ? いったいどうしたことでしょう。


 食堂前の入り口に差し掛かったところでございます。


 中からいつも以上にワイワイガヤガヤとした楽しげな声が聞こえてくるのでございます。怪人さんたちの歓声やら喝采やら怒声やらが色々と入り混じっているのです。


 サせー! ヌけー! イけー!


 なんていう心躍るようなワードが数多に聞こえてまいります。


 もしかして酒池肉林の大宴会ですのっ!? 

 ランチではなくて乱痴気騒ぎですのっ!?


 ズルいですの。私も混ぜてくださいまし!


 早くもこの胸が昂ってまいりました。短期欲求はあくまで捜索(小なり)快楽なのです。

 正直なところ、昨日マトモなモノを口にしていないのはソレが原因ですの。うふふのふふふ。



「みーなさんっ♡ どうぞ私も召し上がってくださいま――あら?」


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