人に名前を聞くときは
向かう先は突き当たりの最奥のようです。
途中、疎らにある二畳ほどの狭さでしょうか、鋼鉄製の檻の中には首輪に繋がられた女性が幾人も膝を抱えて泣いているのが見えましたの。
こちらの方々はいつからここに囚われているのでしょうね。
早く観念して、自由になってしまえばよろしいのに。
昔ならこういった光景を目にしては逐一腹を立てて心を痛めておりましたが、今はもう慣れましたので何とも思いません。
これを成長と呼ぶべきか心が壊れたと言うべきか。
聞いた人によっても判断が異なると思いますの。
「今日ハアノ娘ハ一緒デハナインダナ。賢明ナ判断ダ」
「……え、ああ、茜のことですの? それなら貴方もお分かりでしょう。月二の慰安会ならまだしも、こんな湿ったところに来るなど」
「アア。脳ノぷろてくとガ邪魔ヲスルダロウ」
ぬるぬるとした声帯から発せられる独特な震え声に、思考が追いつくのに少し時間がかかってしまいましたが、なんとか理解ができました。
おそらくは茜のことですわよね。例え本部からの勅令であってもここには連れて来れませんよ。もし本人が来たいのならお風呂場の時点で話に乗って来ますでしょうし、
さっきも耳に届いていないかと疑うレベルで一切話に触れませんでしたし。
ちなみに余談の余談ですが、先程まで一緒に行動していた茜は今頃はオーク怪人さんのところに遊びに行っているとのことですの。
あの子、オーク怪人さんのことホント気に入ってますわよね。ちょっと心配になってしまうくらいです。
あの子の無尽蔵の体力を考えたら、オーク怪人さんの方が色々と搾り取られているような気がして、不憫でなりませんの。
でもまぁ、オーク怪人さんもまた茜のことは気に入ってくださっていらっしゃいますし、彼のおかげで茜も色々と難しいことを考えなくても済むんでしょうね。
「着イタゾ」
ローパー怪人さんの前には、辺りに設置されたモノよりも更に厳重な作りの檻が設置されております。
中にはまだ中学生くらいでしょうか、酷く草臥れた様子の少女が一人、膝を抱えて座っておりました。
薄暗くてよくは見えませんが、見に纏っている衣装はもはや服とは呼べるか分からないほどボロボロです。
素地はピンクなのでしょうが、至るところに着いた染みや血痕によって元の色が分かりにくくなってしまっておりますの。
まだ収容されて日は浅いと聞いていましたが、よほど手荒なことをされたのか、それともビックリするくらいの大きな反抗をしたのか。
おそらくは後者なのでしょうが、痛々しい見た目がその全てを物語っているのです。
……こちらが身構えてはいけませんわよね。
ともかくまずはフランクめに話しかけてみましょうか。
「こんにちは。ご機嫌麗しゅう」
私の声にその少女は静かに首を上げなさいます。
キッと睨み付けられてしまいましたの。
「……ふっ、こんな所に閉じ込められて、ご機嫌麗しいわけないじゃないですか。あなた、ひょっとして真性のお馬鹿さんなんですか?」
「むっ。あらまぁ健気なこと。お口がお上品ではありませんでしてよ」
ふーん。心配して損しましたの。まだまだ元気そうですわね。
確かに疲れたような見た目をしてはおりますが、皮肉に対して噛み付けるくらいの気力は残っているらしいですの。
こちらを見つめる瞳は色を失っておらず、確かな敵意が宿っているように見えます。
「あなたが素直で居てくださるなら、これ以上手荒なことをするつもりはありません。私はただ、話を聞きに来ただけなのです」
「あんたらに話すことなんてカケラ一つもねーです。おととい来やがれです」
あらあら。あらあら。なかなか口が悪い子ですわね。
慈愛と博愛に満ち溢れたこの私でも、さすがにイラッときてしまいましてよ。
「ふっふん。そうやって反抗的な態度を取ったとして、何かメリットがあるとお思いなんですの? もしや腹を立てた私たちが隙を見せるとでも?」
「ふん。今にきっと仲間が助けに来て、あんたらをボコボコにやっつけてくれますです。それまで私は、辛抱するだけなのです」
「だとよろしいのですけれどもっ」
淡い期待を持つのは早いうちにお止めになったほうがよろしくてよ。貴方の所属するヒーロー連合とは、そんなに愚直かつ一枚岩のような組織ではありませんのですから。
助けに来るのが世の義とは限らないのです。
ほら、よく言うでしょう?
大勢を助ける為の少数の犠牲、と。
足切りという言葉もこのお国には存在してしまうのです。
「こっほん。ローパー怪人さん。念の為確認させていただきますが、この子に発信機のようなものは?」
「外側モ中側モ確認シタガ、ソンナ物ハ無カッタ。救助ノ根拠ハ何モナイ。セイゼイコイツノ願望ダロウ」
「……くっ……」
莫大な資金と豊富な人材を駆使して捜索したのであればお話は別でしょうが、お生憎、いわゆるお役所仕事の連合連中はそこまでの苦労を選ばないと思いますの。
悲しくも、ポイっとされてお終いでしょうね。
仲の良いお味方さんがいらっしゃれば親身に探してくださるでしょうが、個人単位の捜索で容易に見つかるほど弊社のセキュリティはヤワではございませんし。
ともかく。情報を聞き出すにせよ堕とすにせよ、この小生意気な娘っ子さんの心を屈服させる必要がありそうです。
今ここで力ずくに押さえつけるのは簡単ですが、それでは私が任された意味がありません。素人が調教しても、出来上がってしまうのはせいぜい心の壊れた量産型です。
もちろん元の素材も大事なので、プロがゴミをいくら磨いたところで珠にはなりませんけれども。
まずはこの子が原石なのか、それとも炉端の石なのか、それを見極める必要があるかもしれませんわね。
もちろんベテランのローパー怪人さんは既にお察しなのでしょうが、残念ながら、ペーパー調教官の私にはまだ分かってはおりません。
むふふふ。色々と試してみたいこともございますし。
ゆえに、ここはお一つ。ローパーさんに。
「まずはご相談なのですが、技術的なことは後で教えていただくとして、スタートは私だけの力にお任せいただけませんでしょうか」
「ホウ。イイダロウ。何モまにゅあるニ載ッテイルコトダケガ正解デハナイ。時間モ手法モ沢山アル。好キニスルトイイ」
「ありがとうございますの」
完全に堕ちてしまう前から知ってはおりましたが、やっぱりこの方は頼りになりますわね。大人の包容力があるといいますか、余裕があるといいますか。
やっぱり王道の触手派だからでしょうか。
では早速その胸をお借りして、私の力でこの子と向き合わさせていただきましょう。
「ねぇ。魔法少女さん?
少しお話をいたしましょうよ。あなた、お名前は?」
「あんたらに名乗る名などありません」
「はぁ……まったく素直じゃないですわね。これでは埒が明きませんの」
まぁいいでしょう。人に名前を聞くときはまず自分から、という言葉もありますし。
この立場に堕ちてからはあまりことわざや名言には固執しなくなったのですが、こういう面倒なときはやはり王道に立ち戻るのがベストだと知っておりますの。
「ではこうしましょう。先に私の真名をお教えいたします。そうしたら、貴女も名乗ってください。いわゆる等価交換ってヤツですの」
「…………」
しゃがみ込んで彼女に目線を合わせます。
できる限りの微笑みも見せて差し上げますの。
そして、
「私は、蒼井美麗と言います。〝元〟魔法少女ですの」
「んなッ……!?」
あ、やっと反応をしてくれましたわね。
ほっとしたというかなんというか。
なんだか庭に来た野生動物が、事前に用意していたエサを初めて食べてくれたような気持ちなのです。
驚きの表情が見て分かります。
まぁ無理もありませんの。
私、そこそこ活躍していた魔法少女だったのですから。