俺から掲示する条件は五つだ
大きく息を吐き、そして胸いっぱいに空気を吸い込みます。この一連動作を三回ほど繰り返しますの。肺の中身を綺麗さっぱり入れ替えるのです。
マイナスのことを考えてしまうのは大抵は疲れて眠いときか、はたまたお腹が空いているときか、頭に酸素が足りていないときですの。
総じてよろしくないときなのです。
総統さんが一瞬だけ目をまん丸くさせましたが、私の意図を汲んでくださったのか、何も言わずにじっと待っていてくださいました。
パチパチと頬を叩き、改めまして彼の方に向き直ります。さぁ集中ですの。
「ご主人様。少々取り乱してしまいました。すみません。もう大丈夫ですの。いざお外に出られたらきっとテンションMAXな美麗ちゃんに戻れますので、ほら早く! さっさと外出のご条件をばっ!」
「……あんまり背負い込むなよ。お前の悪い癖だぞ」
「お気遣い感謝いたしますの。全部まるっとするっとお見通しのようですわね。もしものときはまたご主人様がお救いくださいますでしょう? だから安心して無茶できるんですの」
この背中を守っていただけるか否かだけで、心の持ちようは大きく変わってまいります。貴方が居てくださるからこそこうして自由に振舞えるのです。
こう見えて、孤軍奮闘の私をお救いくださったご主人様を私は誰よりも信頼しておりますの。
あー、〝誰よりも〟というと語弊があるかもしれませんわね。魔法少女時代の茜さんと同じく、お家の中でのメイドさんと等しく、彼は私の大切な心の支えなのです。
かといってただの一個人として並列に扱うのもいかがなものでしょう。かなり表現がシビアなところです。
総統さんを私の〝ご主人様〟としてお慕い扱っている以上、いかなるときであれ絶対的な上位存在として崇め奉るべきだと、兼ねてより重々に思っているつもりです。
けれども、なんていうかこう、私の中ではこの方は畏怖の対象ではなくて、懐いてスリスリな敬愛の表現先なんですのよね。
彼の懐が広すぎるのも問題だと思うのです。ビシッとズバッと俺だけを見ろって言ってくださったら、私も喜んで尻尾を振って従属いたしますのに。
貴方のご命令とあらば嬉々として外の世界を首輪を付けて四つん這いして差し上げられますの。それくらいの覚悟は出来ておりますの。とっても興奮できそうですし。
「ハッ……もしや外出の条件って、私への辱めが絡んでまいりますの……!? 身体のありとあらゆる箇所に〝私は悪の秘密結社の手に堕ちた哀れな雌猫です〟とか〝ただいま躾の真っ最中ですニャン〟とか好き勝手に落書きされた状態で街中を徘徊させられてしまいますの……!? なんと恐ろしく悍ましく望ましいことを……じゅるじゅるり……」
我ながら最高級にぶっ飛んだ妄想をしてしまいました。被虐心を唆られてたまりません。どことは言いませんが、思わず涎が垂れてしまうほど美味しい条件ですの……!
もし本当に提示されたら無条件に呑んでしまう自信もございます。
わくわくとした目で彼を見つめてみます。きっと瞳の真ん中には綺麗なハートマークが浮かんでいるのではありませんでしょうか。
オトナな魅力には逆らえないのです。
「はいはい。バカなこと言ってるんじゃない。俺がそんな品のないこと、お前ににやらせるわけないだろ」
平手でヒラリとかわされてしまいました。残念ながらお仕事モードの総統さんは思いの外ガードが堅牢でしたのわ、ついでに扇情的で誘惑的な目線を送ってみても、少しも反応はございませんでした。
「ちぇー、カタブツですのーつまらんちいですのー」
仕方がないので悪あがき程度に揚げ足でも取っておきましょうか。
「ふふん。けれどもチッチッチッですの。その発言、〝ただしベッドの上では例外〟が抜けておりましてよ」
人差し指を立てて、舌で奏でるリズムに合わせて左右に振って差し上げます。
「ソレはソレ、コレはコレだ。……はぁ。その様子じゃ大丈夫そうだな。んじゃ改めて続きを話すぞ」
「ほい来た待っておりましたの」
「ったく調子のいい奴め」
言葉の割にはにこやかでした。閑話休題成功でしたわね。私の気持ちの沈みの早さは天下一品モノですが、同じく浮きの早さだって国宝級なのです。
改めて総統さんは手のひらを前に突き出しなさいました。そうして親指から順に内側に折り曲げなさいます。
「俺から掲示する条件は五つだ。
その一、必ず誰かに付き添ってもらうこと。
その二、何よりも身の安全を優先させること。
その三、本当に止むを得ない場合にのみ変身すること。
その四、敵を倒すのではなく敵から逃げるために戦うこと。
その五、絶対に無事に帰ってくること。以上」
「あら、意外にまともな内容ですのね。安心いたしましたの」
そう仰られる様子だと門限は特に設けられていない感じでしょうか。あっても大した差ではありません。おそらく大半は日帰りになると思いますの。お泊まりしてくるような用事も場所もないでしょうし。
開示された条件の理由はなんとなく分かります。基本的にコチラは命を狙われる身なのですから、出来る限り堅実で安全な外出を心掛けろとのことなのでしょう。
しかしながら、ですの。
「せっかく新装備を作っていただいたんですから、少しくらい目障りな連合連中を懲らしめるのに使ってもよろしいのではなくって? 逃げるだけなんて勿体無いですしカッコ悪いですの」
「そう言いたい気持ちも分かる。けどな、万が一って可能性はゼロじゃないんだ。仮にヤツらに捕まったりでもしたらどうなる? 二度と俺や他の怪人や、レッドや付き人にだって会えなくなるかもしれないだろ? だからさ、頼むからあんまり俺たちを悲しませないでくれ。な?」
「うう、そこまで言われてしまうと……何も言わずに呑むしかありませんわね」
確かに総統さんの仰ることも尤もです。味方さえ簡単に切り捨てる奴らなのですから、敵側に寝返った私を捕らえでもしたら、今度こそ何をしてくるか分かったものではありません。嬉々として無惨で悲惨なことをしてくるに違いありませんの。
この結社で施される愛のある恥辱とは根本的に異なるモノだと思うのです。今からでも背筋がゾッといたします。
ただの遠足気分ではいけませんわね。せめて未開の地のジャングル探検くらいには気を引き締め直しませんと。
「そんなわけだから、始めのうちはカメレオンにくっ付いて色々教えてもらうのがいいだろう。アイツは潜入のプロだしな。人混みに紛れる術を色々と見せてもらうといい。一応俺の方からも話はつけといてやる。今度施設内で会ったら同行させてもらえ」
「了解ですのっ」
ぺこりと頷き、同意の旨をご主人様に示します。
なるほど同伴者候補はカメレオンさんですか、ラッキーですの。さっそく彼にお礼を申し上げる機会を設けられそうですわね。
そういえば、カメレオンさんってオフの日は何をなさっている方なんでしょう?
出張に出ていらっしゃることが大半なせいで、私生活についてはあまり多くを知りません。
それどころか他の怪人さんと違って私と全く遊んでくださいませんし、そもそもただでさえ昼夜問わず見かけること自体が稀なのです。実際私の中でレアキャラ扱いしているくらいなのですから。
かつては拳を交えた相手だとても、今はもうお互いにいがみ合っているような仲ではありませんし、もう少し接点が有ってもよさそうですのに……。
とにかく謎という神秘のベールに包まれた方、それがカメレオン怪人さんのイメージなんですの。
これは……近々調査が必要そうですわね。
美味しいネタ発掘に私の野望の炎が燃え上がります。
同伴外出に託けて、彼を一糸纏わぬ姿に剥いでしまう……もとい、曝け出して差し上げましょう。
よーし、次にやることが決まりましたわね。
「諸々了解いたしましたのっ! 数々のご手配、誠に感謝申し上げますの! このお礼は次回のご奉仕タイムにて精算いたせばよろしくて?」
総統さんとのお話が終わったら、早速行動に移りたいと思います。
「また今度の順番のときにでもな。せいぜい楽しみにしてるよ」
「私もっですのっ!」
カメレオンさんを捜索する為の、旅の前のミニ旅。
今後の私に乞うご期待くださいまし。
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