心の炎と、決意と、エトセトラ
私と、茜さんと、そしてメイドさん。
この三人がいったい何の悪事を働いたというのでしょう。ずっとずっと世の為人の為に身を削って活動してきたではありませんの。
見知らぬ人々よりも私の大切に思う個々を優先したのがそんなに悪いことなんですの?
自分たちの為に生きるのがどうしてダメなんですの?
仮にダメだとして、それを理不尽に思って逃げ出すことも許されませんの?
一度過ちを犯した咎人は目の前で罪を償うまで執拗に追い回されなきゃいけませんの?
……私には分かりません。あんな卑劣な行為が許される大衆正義なんてものに、私は一生分かり合える気がいたしませんの。
ヒト一人の世界は思ったよりも狭いのです。
手の届く範囲でいっぱいいっぱいなのです。
広い世界に拒絶されてしまっては、か弱い私たちには生きる術は残されておりません。
だからこそ、私たちは今日もまた、一切の陰りを許さない〝光〟から逃れる為に〝闇〟に同化して生きることを余儀なくされているのです。
悪の秘密結社に手を差し伸べていただかなければ、今日この日を生きる私は存在しなかったと言えるでしょう。
決して光の当たらない場所でただしっぽりとした毎日を――
「――ってことはちょっと待ってくださいまし? どうして外出おっけーになるんですの? 今の仰りようではご許可をいただける理由が分かりませんの。過去が変わったわけではありませんもの」
連合が血眼になって探していたとのことであれば尚更です。絶対に危ないですもの。見つかったら即監禁からの即拷問は間違いないはずです。
なぜですの? どうしてですの?
頭の上に大きな疑問符を浮かべてみます。
アホ毛がちょうどよく対応しておりますわね。
私の表情からお察しくださったのか、それもそのはずと言わんばかりのお顔でお言葉をお発しなさいます。
「状況が変わったのはついここ数ヶ月ほどのことだ。奴ら、急にお前らの扱いを一変させたらしい」
「ふぅむ? と、仰いますと?」
指名手配の重罪人がいったい何に変わるというのでしょうか。もしや過剰だと理解されて許されまして?
そうであれば話は早そうなのですが、頭の固い連合連中のことですの。どうせロクでもない話に決まっております。
「いいか落ち着いて聞いてくれ。最近ではお前らは殉死者という方向で話が進められているらしいんだ」
「…………は?」
思わず吐息が漏れ出てしまいます。
「〝魔法少女プリズムブルー、プリズムレッド、並びにその付き人の計三名は、戦場にて儚くも無残に散った悲願の徒桜〟として、新たに語られ始めている。糞みたいな話だが」
「なっ……意味が分かりませんの。ホント都合のいい奴らですの。殺そうとしてきたのは彼らの方ですのに。勝手に……全部終わったことにするだなんて」
握り締めた拳に力が入ります。どこかに思いっきり叩きつけてやりたい気分ですが、ふつふつと沸き出でる怒りの気持ちを鎮める為、下唇を噛んで耐え忍びます。
「あー……お前が怒るのも分かるよ。奴らの弁明をしたいわけじゃないんだが、経営者目線で話しておくとな?
一度死んだってことにしちまえば、これ以上後を追う労力を割く必要もなくなるんだ。
それに、奴らがお前らを〝裏切り者〟ではなく、あえて〝美談〟として扱い直した理由も想像に難くない」
バツの悪そうな顔で総統さんが続けます。
「ほら、離叛者をそのままにしておくってのは組織としても体裁が悪いだろ? 正義と規律を語る奴らなら尚の事だろうさ。
だから宙ぶらりんのまま事実を放置しておくよりも、あえて伝説の〜とか幻の〜とか、耳当たりのいい逸話として扱っておけば、お前らに憧れた新規の魔法少女候補を囲い込むことだって出来るんだ」
「……納得したくはありませんけど、なるほど確かにですの」
学生の頃に聞いたことがありますの。就職率100%のロジックみたいなモノですわよね。もしくはマルチ商法の触り部分でしょうか。
「真実を知る者が表舞台に現れない以上、都合のいいように偽っておいた方が遥かにコスパがいい。裏切り者排除用のコストを割くよりずっとな。前に捕らえた桃色のアイツなんかは良い例なんだろうさ」
桃色というと花園さんのことでしょうか。そういえば、二人きりで話した時に私たちに憧れてーなんてことを仰っておりましたっけ。
言われてみれば変な話でしたの。指名手配扱いをされていた私たちが、プラスの方向で語り継がれるわけがありませんもの。
私たちが抜けた穴を補う為に私たちを利用するとは。
感心しているわけではありません。ホントに、大衆正義を謳うわりに自分本意なやり口ばっかりで腹が立ちますの。むしろ激怒を通り越して呆れてしまうほどなのです。
魔法少女だった頃の自分を大嫌いにはなれません。続けることに嫌気が差しただけで、輝かしい過去だったのは間違いないのです。
その過去の思い出さえも汚されてしまったかのような気持ちです。そう思えて仕方ありませんの。
心の底から吐き気が催してまいります。
何も悪くないメイドさんを拷問して、精神的に弱った茜さんを無理矢理洗脳して、命からがら逃げ果せた私たちを執拗に追い回して。
挙げ句の果てには、自分たちの思い通りにならないからといって過去と事実を捻じ曲げて、嘘と誇張で塗り固めた美談で後輩たちを騙して染め上げて、と。
やり口が本当に姑息で汚いのです。
これが正義を語る方々のやり方ですの? 声を大にして抗議してやりたいですの。
総統さんがやれやれ顔でお続けなさいます。
「もちろん、死んだはずのヤツが生きているのは面白くないから、今でも見つかったらマズい状況なのは変わらないだろう。
それでも街を歩けば即通報の即確保、という厳戒態勢ではなくなっているはずだ。普通に過ごすだけなら群衆の中に紛れていられる可能性も高い」
「…………ふぅむ」
「ってなわけで、以上が外出の許可を出すに至った理由だな。さすがにいつでも何日でもというわけにはいかないが、ときたま日帰りで外出するくらいなら構わないだろうよ。いざというときは新衣装で逃げればいいしな」
「……む、了解ですの」
苦笑いを浮かべていらっしゃいますが、手放しでは喜べない状況なだけに同じように笑顔になることはできません。正直に言って複雑な心境です。
外出のご許可をいただけただけ進歩しているはずですの。今後はより自由に活動できるのです。茜さんにお土産を買ってきたり、メイドさんに懐かしのアイテムをプレゼントしたり……ですの。
「んじゃ待望の外出の条件なんだが――」
「………………はぁ」
「――いや、この続きはまた今度にしておこうか? ずっと聞いてるばかりで疲れただろ?」
「むむ。私のことはお気になさらず……ごめんなさい。久しぶりにブルーな気持ち全開なだけですの。それはそれで盛り下がってしまいますから、せっかくですので最後までお聞かせくださいまし」
ああもう。ご主人様にまで気を遣わせてしまって。こんなの絶対間違ってますの。
ほら、素直に喜びなさいまし蒼井美麗。
全身で表現すれば伝わるはずです。
ヒーロー連合がなんですの。嘘を吐かれたからなんですの。死んだことになっているのが何だって言うんですの。
私のせいで後輩たちが困ったとして今はもう関係ないのです。そんなの放っておけば……放っておければ、いいんですけれどね。
私の根本は、何一つとしても変わっておりません。
ホントに融通が効かないんですから……。
心の炎と、決意と、エトセトラですの……!
沈むくらいなら前を向き直しなさいまし……!