魔装娼女イービルブルー
私、ただ今は実に自由奔放に生きておりますの。ほとんど遊んで暮らしている状態に等しいのです。
だって身を粉にして働くこともなければ、精神をすり減らして上司さんや取引先さんとやらに媚び諂う必要もございませんの。
あ、いえ、敬愛する殿方には媚びた視線を送っているかもしれませんわね。遊んで〜遊んで〜と甘えたり戯れたりするペットの気分です。愛でてもらう為には何でもいたしますの!
……愛でる……遊ぶ……あ、そうですの。遊女なんてのはいかがでしょう。
魔法遊女プリズムブルー、ふぅむ? ちょっとしっくりきませんわね。
何となく語感が悪い気がいたします。出来ることなら音の響きは変えない方がハマりが良いかもしれません。
あ。それでしたら代わりの単語を思い付きましたの。
「では字面だけ変えて魔法娼女はいかがでしょうか。マホウは据え置き、ショウジョは女偏に日を縦に二つ書く、あの漢字で構成いたしますの」
「……それ、男の俺にはコメントに困るヤツかもな」
むむむ。どこかの誰かさんに配慮するような物言いをなさいますのね。別にいいと思いますの。しかしですわね。
「ご主人様ったら変に真面目なんですの! こういうのはノリと勢いが大事なのです! 貴方だって夜は私にヒィヒィ言わせてるじゃありませんの。正にピッタリな単語だと思いますのっ。自分で言うのもなんですけれどもっ!」
「……あー、お前がイイならイイと思うぞ」
少々引き気味なお顔が妙に気になります。
なんだか煮え切りませんわね。それではいっそのこと〝淫奔邪姫〟とか〝極悪隷嬢〟とか、寂れた商店街の万年シャッターにデカデカと悪戯書きされていそうなお名前の方がお好みでして?
もっともっと青年心が唆られてしまいそうな際どいワードにいたしましょうか?
ただ、私としては自分の口で言い放ちますので、それなりに言いやすいものにしておきたいんですの。
娼女だって音にするだけならどちらも同じショウジョなのです。これなら何の問題もございません。もっと良い言葉があると仰るなら必至に絞り出しますけれども……!
地味に眉間に皺を寄せておりますと、一緒になって考えてくださっていた総統さんがハッとした顔で口を開かれました。
「悪い。言うの忘れてた。一つ残念かもなんだが、連合の判別不能の謎技術、いわゆる奴らの〝魔法の力〟は最後まで再現することできなかったんだ。ゆえに浄化の光とやらは使うことができない」
「ふぅむ? それがどうかなさいまして?」
浄化が必要な方々と争うつもりはございませんの。別に無くても何も困りませんし。この施設内にいる限り、誰かと戦う可能性は限りなくゼロに等しいのです。
そもそも連合のヒーローたちには浄化の光は一切効きませんでした。だから有っても無くてもたいして変わりません。
豚に真珠、猫に小判、美麗に浄化の光な現状なんですの。
「えっと……厳密に言うとだな、お前の変身は魔法少女とは全く違う原理で成り立っているわけであって、開発班の技術の粋を集めて一つの形へと結晶化させたウチの努力と賞讃の証であると共に――」
「コッホン。まーた始まりますの? 大きい男の子たちの熱いメカ談義! 私にはさっぱりすっぽんぽんでーすのっ!」
「おっとすまない。この話はまた今度にしよう。そう拗ねないでくれ」
「ふっふん、分かればよろしいんですの」
小難しい話も時には楽しめるものですが、今にその余裕はございません。結論から先にお願いいたしますの。
「つまりはな、今回のは装置そのものを変形させて実際の力に変換する。ゆえに装置が高性能になればなるほど身体能力にもより大きく反映できる。だから魔法というよりは〝魔装〟という概念なんだな」
「魔装……?」
「イメージとしては、半流体化させたパワードスーツを、直接身に纏わせて丸ごと補強するような感覚だ」
「ふぅむ……?」
パワードスーツ、ですの?
つまりは鎧みたいなモノでしょうか。
怪人さんたちの間に流行っているゲームには青銅の鎧や白銀の鎧といった数多の装備が登場いたします。名前からしても、なんとなくですが後者の方が防御力が高い感じがしますでしょう?
実際にその通りです。性能差が強さの差ととも言えそうです。ゲームの世界ですから一瞬で装備をできますが、現実の鎧であれば着るのに時間がかかってしまいます。
「……だから、〝偽装〟なんですの……」
この変身という行為は、一々着込む手間を省く為に、身に纏う衣服を黒いヘドロ状の鎧に変化させることで、結果的に一瞬で身体強化することを可能にしたものだ、と? こういう認識合っておりまして?
装置によって装備を装着するんですの。
それがきっと魔装ってことなんですの。
身体能力の向上は単純なマシンパワーに左右されそうです。今回の正式運用導入版も、研究が進んだら応用版へと発展し、再改良版を経た後に超決定版まで進化しそうな香りがプンプンといたします。
うふふ。今後の開発班の皆さんに期待ですの。
「ってことは魔装娼女になりますの? 魔装娼女プリズムブルー……いっそのことカタカナ部分も変えたくなってまいりますわね」
光の反射を意味するプリズムも十分カッコいいのですが、煌めき輝くあの感じは残念ながら今の私にはございませんの。
黒い衣装だからといって単なるブラックではあまりに味気がありませんし、直後のブルーとも被ってしまいますし。それならダークとかシャドウとか、よりシックでクールな感じにまとまっておきたいのです。
「んじゃイービルなんかどうだ?」
「イービル? 日本語に直すとなんて意味ですの?」
「〝邪悪〟」
「ほぇぇ……今胸の奥底が震えましたの……! 即採用ですのォ……ッ!」
まさに悪の秘密結社に相応しい言葉です。
善良で澄み切った心を持つ私には荷が重い単語かもしれませんが、今一度思い返してみてみましょう。
ここ最近は特に食っちゃ寝の伝道師と化してしまっておりますの。それどころか朝寝坊にプラスして夕方まで二度寝、おまけに間食夜食の暴飲暴食も何でもござれのトリプルパンチなのです。
朝から晩まで好き勝手自堕落な生活を送っているだけの憐れな雌猫ちゃん。それが私です。全くもって相違ございません。
良いか悪いかで比べれば絶対悪側に片足も両足も下半身も突っ込んでいるはずです。名乗る条件は揃っているのです。
それにほら、邪悪ってカッコいい感じがいたしますでしょう? もちろんポップやプリティやキュートなど、きゃるるっとした言葉でもよろしいのですが、残念ながらピンクなイメージは脳内だけに収まっております。今の見た目には少しも反映されていないのが事実です。
「……魔装娼女イービルブルー……ふぅむ。なかなかイイ感じですの。しっくりきましたの。底知れないナルチズムをも感じさせますの」
黒い衣装とも相性が良さそうです。
「いわゆる厨二心ってヤツだよな。うんうん分かる。俺にも分かるぞ……!」
「うふふ、さすがはご主人様ですの……!」
何の気なしに総統さんをお褒めいたします。
決めました。これからは変身したら魔装娼女イービルブルーを名乗りますの。敵対する方には手に持つこの真っ黒なステッキで引っ叩いて差し上げるのです。悪に代わってお仕置きですの。
……まぁ、できれば暴力には訴えない形に鎮めておきたいですわね。無益な争いはあまり好きではありませんから。
第一に平和的な解決を望みつつ、改めて視線の方向を総統さんの方に戻します。