偽装【設定絵資料有り】
決して魔法少女の衣装を着られないわけではございません。
既にあの頃の自分とは決別できているのです。ただ袖を通すだけの行為なんですから、今更何を思うことがありましょう。
別に歳をとったから恥ずかしいとか、そういう話でもないのです。
何となく気が進まないといいますか、慰安要員という身分の手前、出過ぎた行為は身を破滅させるだけで……いえ、少しばかり虚勢を張ってしまいました。自分に素直になりますの。
正直に言って、後ろめたさがあるのは紛れもない事実なのです。
魔法少女時代に沢山の思い入れこそありますが、辛くて苦い思いをしたことも、最後はこの手で装置を潰して契約を放棄したことも、全て忘れようもない私の過去なのです。
だから、着たくないというよりは、もう着るべきではないと言うべきか、もしくは着る資格がないと言うべきかもしれませんの。
今だから分かります。魔法少女とは言わば大衆正義の象徴だと思いますの。
現役時代、身バレしないよう秘密裏に存在していたとしても、魔の手から弱者を守る魔法少女のような存在はきっと世の中に重宝されていたはずです。
実際、人目に晒されながら戦ったこともありますし、直接感謝されたことだって少なくはないのです。
あの輝かしい衣装は、私にとって盲信的な正義の形そのものでした。
身に付けるだけで勇気が生まれて、世を見出す者と戦う意志が湧いて、ただ前に進む力を与えてくれたのです。
世の為人の為、この身を削ってあくせく働くのはとても楽しかったですの。そして誇らしくもありましたの。
……けれども、今はもうしたくありません。
何故戦う必要があるのか。
私にとっての正義とは何なのか。
今の私には魔法少女の〝力〟は不要と化してしまっているのです。目に見えない多なんてどうでもよくなってしまいましたの。
茜さんや総統さん、そして怪人さんたちと平和に仲睦まじく暮らしていられたら、それだけで充分満足なんですの。
大衆の為に戦う意志のない私には、あの清純で潔白な衣装は眩しすぎるのです。
だから……気が引けてしまったのです。
総統さんの仰る通りですわね。少なくとも気持ちよく袖を通せるモノではありませんの。
「……その顔、やっぱり止めておくか?」
複雑な心境をお察しくださったのか、総統さんがご提案をしてくださいました。
ふふ、私としたことが。こんなことくらいでポーカーフェイスを崩してしまっては蒼井美麗の名が廃ってしまいます。ほらほら、可愛い顔が台無しですのよ。しっかりいたしませんと。年齢的にはもうオトナの端くれなのですから。
魔法少女について難しく考え過ぎただけですの。今回はあくまで動作テストなのです。それにあの衣装自体には何の罪はございませんからね。
「いえ、大丈夫ですの。お気になさらず。大したことではありませんので」
正の気持ちであれ負の気持ちであれ、多少はハメを外したってバチは当たりませんわよね。
むしろ開き直って差し上げるくらいがちょうどいいのです。弊社開発班の手腕をお手並み拝見とさせていただきますの。
再現度が低かったり装飾の質感が違っていたりしたら苦情を入れて差し上げますから覚悟してくださいまし。辛口レビュアー美麗ちゃん、今ここに爆誕なのでございます。
「では、気を取り直して、まいりますの」
いただいたブローチをネグリジェの襟部分に取り付けます。
金具が直接肌に触れてヒンヤリといたしましたが関係ありません。衣装を変えれば違和感も無くなると思いますの。
「変身文句は覚えてるか?」
「ええ。一度やっておりますから」
台詞がmake upではないこと、そして勢いも熱意も決めポーズも特に必要ないこと。
とてもシンプルで使い勝手の良さそうな手順でしたわよね。たしか必要な台詞は――
「……偽装 - disguise -」
――確かこんな感じだったと思います。
胸のブローチに手を添えて、ただただ小さく呟くだけでよかったのでしたわよね。
私の言葉に呼応するかのように胸のブローチが鈍い光を放ち始めました。どうやら合っていたみたいです。
ほっと一息付くのも束の間に、宝石の色と同じ紫色の怪しげなオーラを放ちながら、着ていたネグリジェがドロドロと溶け出していきます。
黒いヘドロ状になった粘液が私の肌に纏わりついていき、段々と見覚えのあるシルエットを形成していくのです。
あらかた形が整ったかと思いますと、次第に黒色が青と白の二色に変わっていきました。
十秒も経たないうちに服の変化が止まります。
これにて変身完了のようです。
「……ああ、懐かしいですの。中々の再現度ですわね。おみそれしましたの」
気が付けば私はかつての戦闘衣装を身に纏っておりました。試しにくるりと一周してみますと、ふわりと羽のように裾が持ち上がります。ハシタなさもパンチラも上等です。
ふりふりなドレススカートなんかまさに過去のそれですの。
背中のおっきなリボンも、手に持つ真っ白なステッキも、全てが見事なまでに魔法少女の衣装そのものです。
見た目といい肌触りといい、あの頃の衣装と瓜二つなのです。
それだけではありません。中に履いていたかぼちゃパンツまでしっかりと再現されているのです。ホントやりますわね開発班の皆さん。解析だけでここまで仕上げてくるとは、素直に褒めて差し上げますの。
ついつい初めて変身できたあの日の胸の昂りを思い出し、興奮してしまいます。
「ふふ、ご主人様見てくださいまし。そっくりではありませんの。魔法少女プリズムブルーそのものですの。
強いて言うなら胸の宝石の色が違うくらいでしょうか。あの頃は透き通ったブルーでしたものね」
ええそうです。過去と異なる点はひとつだけ。
胸に付いた宝石は詠唱前の黒紫色のままのようです。
ちょっとだけ残念です。
「ああ。軸のブローチだけは変えられないからな。それ以外はほぼ完全再現だ。それと一応、衣装の方も今の体型に合うように多少の調整が加えられている。あんまり使い道はないかもしれんが」
「ふぅむ。せいぜい夜伽のコスプレか、もしくはスパイ的な活動があれば使わせていただきますの。せっかくご調整いただいたんですもの」
「なるほど、いいなそれ採用」
けらけらとお笑いになられます。素直で裏表のない微笑みです。こちらの心まで晴れやかになってしまいますの。
気分がよろしいので少しだけサービスして差し上げましょうか。そういえば総統さんには口上を切ったことはありませんでしたよね。現役の頃は震えて一歩も動けませんでしたし。
最初で最後の宣戦布告です。もちろん冗談ですけれども。
「〝元〟魔法少女プリズムブルー! まるっとくるっと参上ですの! か弱い乙女のお相手をしてくださらない悪いオトナを、この手でズバッと成敗して差し上げます! さぁ! ご覚悟はよろしくてっ!?」
やや不敬気味ですが、ビシッとご主人様を指差して言い放ちます。ついでにキラリと輝く決めポーズを添えてバッチリ構えて差し上げますの。
こういうのはノリですの。この手で成敗できるほど私は強くないですし、総統さんだって弱くはないです。
仮初の正義の為にご主人様と戦うつもりはありません。
「おー、迫力あるある、それっぽい」
「うふふ、今回だけですからね。さぁ悪ふざけは終わりですの。さっさと本題にまいりましょうっ! 正式運用版の意味をっ! 詳しくご説明くださいまし!」
貴方のお話振りから察するに、見せたかったのはこの衣装についてではないのでしょう?
勿体ぶらないで教えてくださいまし。
実のところ結構楽しみにしているのでございます。