ついに完成したぞ
「おう、待ってたぞ。入ってきてくれ」
内側から総統さんの声が聞こえてまいりました。
彼の応答と共に自動的にドアが開いていきます。
一番にこの目に飛び込んできたのは乱雑な床の有り様でした。足の踏み場もないほど沢山の書類が散乱しております。
テキパキとお仕事をこなす彼にしては珍しい惨状ですわね。
一瞬何事かと思いましたが、隅から隅まで見渡してみれば、以前に訪れたときよりも書類のタワーが格段に増えているように見えますの。
中央奥のお机の周りなんて束ねた紙だけでシングルベッドが作れそうなくらいの物量です。もはや売れっ子作家か新聞記者を見紛うほどの状況ですの。
おそらくは業務の繁忙期なのでしょう。
「すまんな、だいぶ散らかってて」
今まさにデスクワークをしていらっしゃる総統さんが少しだけ眉尻を下げられました。
「いえいえ。心中お察しいたしますの。よろしければお片付けのお手伝いをいたしましょうか?」
「悪い、正直言ってすっごい助かる。そっち側に散らばってるのは基本的に要らないヤツだから、適当に隅にまとめて置いといてもらえると嬉しい」
「了解ですのっ」
こちらこそ貴方のお手伝いをできて光栄です。むしろこんなことしか出来なくて申し訳ないくらいですの。
夜のお付き合いであればもう少し有能にもなれそうなのですが、通常の業務に関しては完全に専門外なんですもの。
総統さんの組織運営にしろ怪人さんの営業活動にしろ、私たち慰安要員は基本的には指を咥えて見ていることしかできませんからね。じっと待っているというのにもそわそわしていたのです。
しゃがみ込んで床に散らばる書類をかき集めてまいります。すぐに両手いっぱいになってしまいました。リサイクル業者が儲かりそうな量ですわね。
かき集めては束ね、かき集めては束ねを繰り返します。せめて総統さんの通り道くらいは作っておきましょうか。
おそらく今日の業務が終わったらまとめて片付けるおつもりだったと思いますが、そんな些細な時間さえまともに取れないほどお忙しい毎日なのでしょう。
総統さんってそもそもが多端に匆々をかけて繁忙で割ったようなお忙しさの塊的存在なんですものね。
悪の秘密結社のトップとして、やはり目を通さなければならない部分が多いのでしょう。
この地下施設以外の支部も管理しているのだと複数の怪人さん方から聞いたことがございます。彼一人で管理されているのだとすれば、その責務とやることの多さに絶句してしまうばかりです。全く頭が上がりませんの。
ともなるならば、なにもこんなにいっぱいの紙ではなくて、電子媒体を利用すればスムーズなのでは……?
と、私も一瞬思いました。
しかし耳をよく澄ましてみれば、お机の方からはカタカタとというキーボードの打刻音が聞こえてまいります。
書類の山でよく見えませんが、モニターが何台も置いてあるような雰囲気です。おそらくはとっくの昔にアナログとデジタルの両方を駆使したお仕事に取り組み始めておられるのでしょう。
……本当にお器用な方ですの。私には到底真似できませんわね。真似どころかそもそも私は機械の扱い自体に精通しておりませんの。大抵のブツは私が何もしていないのに勝手に壊れてしまいますしっ。困ったものですわっ。
「ふんふーん……床の紙を踏ん付けて、そのせいで滑って転んでしまっては元も子もないですからねー……って、あら? この資料は……?」
煩雑と手に取っていったモノのうち、一枚だけやたらとカラフルな装飾を施された書類がございました。
重要機密かと思って目を逸らしましたが、考えてみれば私に片付けを許してくださったのです。この辺にはそこまで大事な資料は無いのだと判断するのが妥当でしょう。
というわけでこっそりと内容に目を通してみます。
これは……お洋服のデザイン、でしょうか。
「えーっと……〝連合側の変身装置の解析結果、及びその応用方法について〟……?」
資料に描かれていた衣装は私に見覚えがあるモノでした。むしろ到底忘れられるわけがありません。
ふりふりなドレススカートに、背中のおっきなリボンに、真っ白な可変ステッキに、胸に取り付けられた宝石のブローチ、ということは……!?
そうですの。あの魔法少女時代の衣装です。
「これって!? ――あ、すみませんの。つい大きな声に耳を出してしまいましたの。お気になさらず。さぁさぁお仕事にお戻りくださいまし」
「いや、むしろちょうどよかったよ。休憩がてら、先にそっちの話を進めよう。お前を呼び出した理由はソレについてなんだ」
「ふぅむ?」
中央奥の机に居らっしゃった総統さんが、こちら側に歩み寄ってきます。軍靴が当たって積まれた書類のタワーが微妙に傾きましたが倒れるまでには至りません。ほっといたします。
彼は辛うじて一人が横になれるスペースが開けられているソファに腰を掛けられました。
私もその横にお邪魔いたします。
「ほら、前に変身装置のサンプルを使ってもらったことあっただろ? 変身はできたけど、着ていた服が戻らなかったヤツ」
「覚えておりますの。お気に入りのネグリジェを台無しにされて、とってもプンスカいたしましたから」
その後にちゃーんとお約束を守っていただいたのでもう水に流しましたけれどもっ。
「あの時は悪かったよ。反省してる」
バツの悪そうな顔で苦笑いなさいます。その表情に免じて改めて許して差し上げますの。
彼は軍服の前ポケットをゴソゴソと漁りなさいました。何かを指で摘み上げられます。
「ってなわけでだ、はいコレ。ついに完成したぞ。ウチの変身装置、その正式運用第一号機」
「ほぇ!? 本当ですの!?」
「今嘘つくメリットがないだろ? 別にエイプリルフールでも何でもないんだし」
ぐっ両手を突き出すと、ポトリとその上に乗せてくださいました。
彼から渡されたのは黒紫色の宝石が埋め込まれたブローチでした。
以前、ギムナジウムで使ったモノに大変酷似しております。
しかしながらあの時のモノよりも宝石部分の照りツヤが増しているような気がいたしますの。それに鋭利なコウモリ羽的装飾だった箇所もほんの少しだけ丸みを帯びたような印象がございます。
なんというか……ちょっとだけ可愛らしいデザインになりましたわね。けれども随分と洗練された形に見えますの。これならどんなお洋服にも合いそうです。
「あの子を除いたら、変身装置の扱いに一番長けてるのはお前だろうからな。開発班の奴らの為にも、是非とも試験運用を頼まれてくれると嬉しい。やってもらえるか?」
「もももっちろんですの!! あ、ただ、この前みたいにお洋服が無くなったりとかは?」
「安心しろ。そこそこ手こずったらしいが無事に解決してる。他にも色々とデバッグ済みだ」
「ほっほーいっですのっ!」
それなら怖いことありませんわね。早着替えの便利グッズとして申し分ない働きをしてくださることでしょう。私としても早く試してみたいです。
勢いよくソファから立ち上がります。
床のお片付けをしておいてよかったです。私がすっ転ぶ未来を回避できただけラッキーなのです。存分に華麗に舞を踊るスペースが用意できておりますの。
「あと、一応ここに来たときの衣装のデータも組み込んである。完全に見た目だけのシロモノだけどな」
「ッ!?」
「着たくなかったら別にいい。今更あんまり気持ちの良いモノでもないだろう」
ここに来たとき、つまりは私の魔法少女時代の衣装ということですか。
……正直返答に困るデリケートな部分ですわね。