便りがないのは良い証拠
ベッドの上でくつろぐこと、体感にして五分ほど。
「……あー、あー。やーっとマトモに喋れるようになりました。お手数おかけいたしましたの。もう大丈夫そうですの」
充分に息を整えさせていただきました。
エステのおかげですこぶる快調です。肩こりも腰痛も綺麗さっぱりサヨナラですの。全身が羽のように軽い気もいたします。
更にはしっとりうるうるのピチピチお肌をゲットですの。これなら乾燥したサバンナ地帯に放り出されても数日は保湿していられる自信がございます。砂漠のサボテンもビックリなくらいの最強保水力です。
「またよろしくお願いいたしますの」
「はぁ、手間がかかりますわね」
横たわったまま首だけでペコリと一礼いたします。本当は今すぐにでも駆け寄って、満面の笑みでハグして感謝の気持ちをお伝え差し上げたいのですが、この人が素直に受け取ってくださるはずもありません。
稀に見るツンデレさんなのですから。ちょっと離れているくらいがちょうど良いのです。
それでは、少し遅くなってしまいましたが総統さんのところへ向かいましょうか。この時間なら司令室でお仕事なさっていると思いますの。
ゆったりと身体を起こし、ベッドから立ち上がります。ついでに最初に着ていたネグリジェに着替え直します。
「……あ。どうしましょ」
健康診断もエステも無事に終えて、こうして全ての工程を何事もなく終えられたのですが。
私と一緒に来た茜さんはまだお戻りになっておりませんの。
未だ洗脳具合の調整作業の真っ只中かと思うと後ろ髪が引かれてしまいます。
「……小暮さんのことを考えておられまして? ご安心を。あの子なら大丈夫ですよ。終わったら私たちが責任を持って中層に送り届けて差し上げますから」
「あっ、お気遣い感謝ですの。お手数おかけいたしますの」
鋭い洞察力に感服いたします。ハチ怪人さんが直々にお任せあれと仰ってくださるのです。何も不安に思うことがありましょうか。
それに茜さんのお側にはローパー怪人さんもいらっしゃることでしょう。万が一に緊急事態な事が起きたとしても私に一報入れてくださることでしょうし。
便りがないのは良い証拠と思います。
もちろん平和で自堕落なこの地下生活においては、の話ですの。
「……では、また来ますからね。次会う時までに目を覚ましておいてくださいまし。絶対ですのよ。お嬢様との約束ですの」
最後にぐっすりとお眠りになるメイドさんを瞳に映したのち、私は病室を後にいたしました。
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『れっど。本当ニ始メルンダナ? 何度モ確認シテ申シ訳ナイガ、記憶ノ再修復ニハ相応ノ危険ガ伴ウノダゾ。失ッタママノ方ガ、貴様ノ肉体的ニモ精神的ニモ負荷ガ少ナインダ。タダ掘リ返スダケデモりすくガ有ル。止メテオイタ方ガ懸命ダト思ウガ……』
『んもう、何度も言わせないでよぉ。だから今まで健康診断の度に慣らしてもらって、ちょーっとずつ準備してきたんじゃんかぁ。それに! ちゃんと総統にも許可取ってるし!』
『ソレハソウナンダガ……』
『私だってねっ! ローパーさんたちのおかげでねっ! いろんなことを思い出してきてはいるんだよ!? 好きだった食べ物とか、ガッコウでのお勉強の内容とか! ……ほとんどは断片的な感じのままなんだけどさ』
『……確カニ、最初期ニ比ベタラ、貴様ノ深層心理ニモ格段ニあくせすシヤスクナッタ。紛レモナイ事実ダ。今スグニトハ言ワナイガ、イズレハ過去ノ大部分ヲ思イ出セルヨウニモナルダロウ。
モチロン弊社側ニ都合ガ悪イ部分ハ、伏セサセテ貰ウコトニナルガ』
『そんなこと分かってるよ。ここで過ごしてきた三年間は、私にとってもかけがえのない……大切な思い出そのものなんだ。
たとえ全部を思い出して……えへへ、もし君たちが天下の極悪人だったとしても、まぁしょうがないっかぁの一言で許しちゃえそうなくらいには、大切な家族だと思ってるよ。……だけどさ』
『ケド?』
『……私が〝今の私〟になる前の美麗ちゃんとの思い出は、もっと絶対に忘れちゃいけないモノなんだろうって。何故かは分からないけど、最近そう思えて仕方がないんだよね。
私の第六感的なナニカがさ、忘れるな〜思い出せ〜って、ぐりぐり〜って急かしてくるの。特に、美麗ちゃんの悲しそうな顔を見てると』
『……フム。続ケロ』
『たまーにね、美麗ちゃんってば、私と話してるはずなのに、私の向こう側をじーっと見てるようなことがあるんだ。
あれって多分私の知らない過去のことをこっそり振り返ってるんだろうなーって、そう思っちゃうんだ。私、美麗ちゃんに心から笑ってほしいの。だから、ね?』
『……アア。ソウ言ワレテハ、仕方ガナイナ』
『やったぁ!』
『……ぶるーノコト、ヨク見テルンダナ』
『もっちろんっ。すーぐ顔に出るもんだから丸わかりだよ。それでいて自分はいつもお姉さんぶってたり賢そうに振る舞ってたりするから……ホント可愛いよね。
私、美麗ちゃんと心の底から笑い合いたい。その為には、今のままじゃきっとダメなんだ。私が変わらなきゃ。私が前に進まなきゃいけないんだよ』
『…………イヤ、ダガ、待テヨ……? めりっとトでめりっとヲ考慮スルト』
『んもうあったま固いなぁ! そこをなんとかお願いっ! もう少しだけっ! あと少しで大事なことを思い出せそうな気がするんだよね! ヤバいって思ったら勝手に止めてもらっても構わないからさっ! ほらこの通り!』
『……分カッタ分カッタ。今ノハ冗談ダ』
『えへへ。こんなこと聞かせたら、美麗ちゃんってば絶対心配しちゃうと思うんだ。だから、絶対に内緒ね』
『当タリ前ダロウ。タダデサエアノ子ハ変ナ所デ神経質ナンダ。オ互イ慎重ニ、ソシテ内密ニナ』
『ありがとっローパーさん』
『マッタク……デハ始メルゾ。へるめっとヲ装着セヨ』
『ほいほい了解ですっ』
「……すいっちおんマデ、かうんと、すりー、つー、わん……ぜろ」
「ぐぁッ……あがぁああああぁあああ……ぐぅぅっ……ぜ、ん、ぜぇぇえん……まだ、まぁぁあだぁあだいっじょぶだがら……あぁあぁっ続、け……てぇえぇぇぁぁあぁあああ」
「アア。マダマダ序ノ口ダ。相当ナ苦痛ガ伴ウダロウガ、耐エテミセロ。今回耐エタ分ダケ次回ガ楽ニナル。シバラクハソノ繰リ返シダト思エ」
「分がっ、だぁぁあぁああぁぁあああッ!」
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司令室前に到着いたしました。最低限身だしなみを整えて、大きな両開きのドアの前に佇みます。
「ご主人様、いらっしゃいまして? 蒼井美麗、ただいま参上いたしましたの。開けてもよろしくて?」
中の彼にも聞こえるように張り目の声で呼びかけます。合わせてドアを小突いて到着をお知らせいたしますの。