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心も身体も骨抜きに



 どれだけの時間をメイドさんの横で過ごしておりましたでしょうか。


 洗脳調教部屋の方から漏れ聞こえてくる悲痛な呻き声が少しも気にならないほど、私は彼女との思い出に浸ってしまっておりました。


 甘えたいのに甘えられないこの寂しさをどこに向ければよろしいのでしょうか。心の奥底から止め処なく溢れてきて仕方がないのです。


 いっそのこと涙と共に洗い流してしまえばよかったですのに、出来たら出来たで悲しいような気もいたします。今はただ零さぬようにぐっと飲み込むことしか出来ません。



 結局、目覚まし時計のアラームは自分で止めました。次に鳴らすのは三ヶ月後の健康診断になりそうです。またしばらくお預けになってしまいますわね。


 今日の報告は終わりですの。またネタを探してきますから楽しみにしていてくださいまし。


 膝の上に乗せていた手を彼女のお腹の上に戻し、ベッドから立ち上がります。



 と同時に、洗脳調教部屋に繋がる通路から一人分の足音が聞こえてまいりました。歩様のスピードやカツコツという固い音から察するに茜さんではありません。

 

 お顔より先に白衣の裾が目に映りました。

 ハチ怪人さんですの。



小娘さん(蒼井さん)。ここに居らっしゃいましたか。探しましたよ――おっと失礼、お邪魔してしまいましたね」


 気を遣ってくださったのか、入り口で立ち止まられます。


「いえ、お構いなく。ちょうど終わらせたところですから」


 目の下を指で拭いながらお答えいたします。


 洗脳調教部屋の方からいらしたということは茜さんの調整作業にも目処が付いたのでしょうか。する方もされる方も毎度毎度大変ですわよね。私もお手伝いしたいところですが流石に専門外ですの。茜さんからも来るなと釘を刺されておりますし。


「えっと、いかがなさいまして?」


 一足先にはちみつエステに取り掛かっていただけますの? ちょうどブルーでナイーヴな気持ちになっておりましたから、貴女の腕で癒やしていただいてもよろしいんですのよ。


 憂いさを誤魔化すようにこちらから歩み寄って差し上げます。



 しかしながらハチ怪人さんは平手で制止なさいました。何事でしょうか。



「総統様より伝言を預かっております。『終わったら司令室に顔を出すように』とのことです」


「ひぇ!? それではエステは無しですの!? 結構楽しみにしておりましたのに!?」


「あ、いえ、口振りから察するにお急ぎではなさそうな雰囲気でした。多少は問題ないでしょう。手間が省けたかと(ご安心くださいな)思ったのですが……(やってあげますから)


 うう、驚きを返してくださいまし。焦らしがお上手ですの。本気でガッカリしてしまうところでした。


 やっていただけるのではあれば何もいうことはありません。すぐさま空いているベッドに飛び込みます。着ていた衣類は全て脱ぎ捨てて、真っさらな姿で俯せになりますの。


 シーツの冷たい感触が伝わってまいりましたが関係ありません。この後すぐにはちみつオイルで温めていただけるのです。多少のひんやりさには目を瞑りましょう。


 ぐっすりと眠っていらっしゃるメイドさんの横で気持ち良くなるとは大変恐縮なのですが、私たちが騒がしくしていたらひょっこりと目をお覚ましになるかもしれません。もしくは私の嬌声にうんざりして無意識に顔をお歪めなさるかもしれないのです。


 ……反応があるだけ嬉しいんですの。せいぜい目一杯騒いで差し上げますの。



 後ろの方から瓶を開ける音が聞こえてまいりました。ご準備なさっているようです。甘くてフルーティな香りが私の鼻腔をくすぐります。


「さぁさぁいつでもっ! いつでもっ! 始めてくださいましっ! ちなみに今回は何由来のはちみつですの? ミカン? ブドウ? それとも気を(てら)ってトマトやナスなどのお野菜系だったり?」


早漏童貞野郎(せっかちさん)は嫌われますわよ。あんまり焦らないでくださいませ。私とはちみつは逃げたりしませんから。

コチラはモモの花の蜜から生成しております。今年の春先は良質なお花が咲いたものですから」


 振り向いて見てみれば、お手に持つ瓶にはピンクの可愛らしいラベルが貼られておりました。

 ほえー、桃のお花でしたか。どおりでまろやかな香りだと思いましたの。流石のセンスですの。


 あと当然分かっていると思いますが私は正真正銘の女の子ですの! 早漏のソの字も関係ありませんの!


 殿方の皆様の名誉の為に弁明いたしますけれども、たとえ出してしまうのが早くてもその分回数をこなせれば問題ないと思いますの!


 つまりは下手な鉄砲も数打ちゃ当たるですの! ロケット弾もよいですが、機関銃タイプでも全然おっけーですの! 私への射撃訓練お待ちしておりますの!



 コホン。少々取り乱してしまいましたわ。



 真横からぬちゃぬちゃとした粘度のある水音が聞こえてまいりました。


「それでは、処置を開始いたします」


「よろしくお願いいた……ひぅっ……ちべたっ……」


 ひんやりとした半液体状のはちみつが私の背中に伸ばされていきます。今は冷たいですが、じきに塗られた箇所がホカホカと熱を帯び始めるはずです。それまで辛抱いたしましょう。


 この身をハチ怪人さんにお預けいたします。

 せいぜい可愛がってくださいまし。









――――――

――――


――












「……ひぁ…………はぁぁあ…………♡」


「はい、お疲れ様でした。これにて施術完了です。染み込んだ成分が貴女のお肌をツルツルにしてくださることでしょう」


「あり、がと……ございました……の……♡」


 率直に申し上げましょう。

 彼女の圧倒的なテクニックによって心も身体も骨抜きにされてしまいました。


 あまりの気持ちよさに呼吸さえままなりません。身体を起こそうにも少しも言うことを聞いてくださいませんの。べたりと寝そべったままになってしまいます。



まったくだらしが(感度がよろしいので、)ないんですから(触り甲斐がありました)。ちなみに小暮さんは私共が責任を持って送り届けますからご安心くださいませ。お好きなタイミングでご移動くださいな」


「りょ……かい……です……のぁっ……♡」


 自分の意思とは関係なく身体がビクリと跳ねてしまいました。回復にはもう少し時間が掛かりそうです。ホントにテクニシャンですの。相手を喜ばす天才ですの。技腕を見習いたいくらいですの。


 こちらで息を整えてから総統さんのところに向かわせていただきましょう。


「ひっひっふー……ひっひっふー……」


「まったくもう」


 ハチ怪人さんが小さな微笑みを零されました。

 普段は張り詰めた雰囲気の女性が見せる、ふとした際の緩んだ表情……とってもとっても可愛らしいのです。


 私もこんなオトナな魅力的ある女性になりたいですの。

 

 

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