暗いよ狭いよ怖いよ
少しばかり時は流れ、私は一足先にお風呂場を後にいたしました。只今は自室にて正装に着替え終えまして独房のある上層へと向かっている最中でございます。
自室への帰りがけ、クモ怪人さんのお部屋に寄って状況をチラりと確認いたしましたが、さすがは最新鋭の異変察知や防犯設備を導入している弊社の施設です。
大きな騒ぎもなく既に壁の修繕作業が始まっているようでしたの。このペースなら外回りからお戻りになられたクモ怪人さんも一安心でしょう。
通路では幾度となく専門の技術作業員の方とすれ違いましたわ。お仕事中だというのにすみませんね。目の前を一糸纏わぬ姿で体を熱く火照らせた女が通り過ぎてしまいまして。
機会があれば今度は私に対して熱意のこもった穴埋め作業をしていただいてもよろしくってよ。ホントいつになるかは分かりませんけれども。
さてさて。そうこうしているうちに上層へと繋がる唯一のエレベーターに到着いたしましたの。
こちらのエレベーターは怪人さんが地上に出勤される際や、先程のように召集を受けた技術スタッフが降りてくる際など、使用のタイミングがかなり限定されております。
上層の一般戦闘員さん方は下層に降りる権利を有していませんし、この階で過ごす茜を含め他の慰安要員たちも特に用がなければ利用いたしませんし。
使用頻度や人数を考慮した結果、万が一の侵入者対策も兼ねて、この一台限りの運用となっているのでしょう。
まずあり得ませんが、もしこのエレベーターが停止したら、続く中層と下層は必然的にほぼ生き埋め孤立状態の袋の鼠になるわけですね。
ですがご安心を。社員寮にはオケラ怪人さんかモグラ怪人さんのどちらかが必ず常駐しておりますので、脱出自体には困らないかと思われますの。
お二人とも優秀な怪人さんですから。
中へ乗り込み、上か下かの2種類しかない簡素なボタンをポチッとな、いたします。
反応があるのは上へのボタンだけですの。
ゴウンゴウンという低く唸るモーター音を聞きながら、微細な振動とG負荷を感じながら上がってまいります。
体感にしたら数十秒ほどでしょうが、何もない空間での出来事というものは異様に長く感じるものです。
上層に降り立つは久々ですわね。前回は確か、月二開催の慰安会のレアバージョン、通称大運動会のときではなかったかしら。
先日の催しは一般戦闘員のみならず上級怪人さんも多数ご参加になっておりましたゆえ、かなりハードなものでしたの。
終始脳汁溢れんばかりの涎垂物で、翌日はベッドから起き上がれませんでしたっけ。機会があればまた参加したいですわね。むふふふふ。
そんなことを考えている間に、到着いたしました。
上層、一般の戦闘員さん方が暮らすエリアでございます。
ここは通路も狭く、また天井もあまり高くはなく、おまけに人口密度が高いわりに換気設備が整っていないため、常に働くオトコのむさくるしさが満開なんですの。
私はこの匂いに興奮してしまいますが、状況を知らない外部の者からしたら劣悪な環境に見えるかもしれません。
しかし住めば都というものです。
一般戦闘員は個人のスペースこそ狭いのですが、給料水準は非常に高く、住込費用はもちろん、食費や光熱費他、もろもろ生活雑費も全てタダ!
おまけに社会保険や健康保険も完備、週休完全二日に有給消化率も99.9%を誇る破格の待遇なのです。
待遇がよいのは常に命の危険が伴っているからでしょうね。
弊社に所属する人間は、敵対する相手でもまずは捕虜にしようと死なない程度に手加減しておりますが、自称正義(笑)側の方々はコチラを完全に消滅させるつもりで常に全力投球してきますの。
ボロボロになって帰ってくる方も多いと聞きます。
すれ違う一般戦闘員の方々も、腕を包帯ぐるぐる巻きにしていたり、松葉杖を付いていたりと色々苦労が見えますの。
「お疲れ様でございますの」
少しばかり、過去の自分を恥じてしまいます。
「ああ、ありがと……ん? お前、見ない顔だな、新入りか」
「いえ、少々所属部署が違うもので」
眼帯を付けた戦闘員さんに怪訝そうな顔で見られましたが別に気にいたしませんの。
私のような〝元〟が平然と通路を歩いている姿は、上層ではそこそこレアなコトなのでございます。
このフロアの子は基本プレイルームで嬌声をあげているか、絶望した顔で独房に居るかのどちらかですから。
中層よりも更に行動が制限されているのです。
今から私が向かうのも、そんな絶望顔の女性が集められた独房や懲罰房、更には拷問室などが連なる常に日の当たらない暗部なエリアですの。
私がここに居た時間はあまり長くはありませんでしたが、聞いたところによれば心のお強い方ほど長く、苦しく、壊れていくそうですね。
非人道的なんて言葉は秘密結社には関係ありませんの。
独房エリアに入れられる方なんて、基本的には自業自得の一点張りでよろしいのですから。
さてさてさて。
長い長い通路を歩いた後、厳重な二重扉をくぐった先に、ついに到着いたしました。
嗚咽と、悲鳴と、嬌声から成る異質な空間。
暗いよ狭いよ怖いよと三重苦が常に付き纏い、中にいる者に更なる絶望感を与えます。
悪の秘密結社というアングラの中の更にアングラ、その闇への入り口、独房エリアですの。
ギリギリとひりついたこの空気、微かに鼻腔をくすぐる特有の刺激臭、あー、たまりませんの。
背筋がじりじりゾクゾクといたします。
独房に捕らえられた者には、都合よく誰かに助け出してもらえる、耐え抜けばいずれ終わりが来る、などという甘えた未来は存在いたしません。
皆、いずれその身に迫り来る恐怖と快楽に怯えていき、やがて自らの過去と現在を憂い、最後には時間の概念も消え失せて身も心も喪失させていくのです。
そうやって空っぽの器になって、初めて与えられる選択肢が三つほど。
今のまま黙って死ぬか、思考を放棄して道具となるか、心身ともに新しく生まれ変わるか。他に例外などありません。
三つ目を選んだ者にのみ未来と自由が与えられます。
自ら望んだ改造の程度、つまりは洗脳の深さや能力の定着度合い、忠誠の強さなどなど。生まれ変わり時に生じた差によって、住む場所とランクが変わっていくわけです。
かくいう私も、ある時期はこの空間に入り浸っておりましたの。
……ここに居る者と違って、運悪く捕らえられたわけではございませんが。大抵は知見と興味の為でしたっけ。
「……オウ、来タカ」
「お久しぶりですの、ローパー怪人さん。この度はご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
「総統カラ話ハ聞イテイル。
びしびしイクカラ覚悟シテオケヨ?」
「ええ、重々に承知しておりますのッ!」
中に入ると、看守室の扉の前にここの管理人であるローパー怪人さんが出迎えてくれておりました。
堅苦しくてカタコトな言葉とは裏腹に、その触手腕をヒラヒラと振って歓迎してくださっているようです。
「サッソクダガ現場へ向カオウ。捕エタテ故ニ少々活キガイイカラナ。充分に気ヲ付ケルヨウニ」
「分かりましたわ」
件の魔法少女さん。私や茜よりも強いとは到底思えませんが、警戒は怠らないようにいたしましょう。
あの日から三年も経っていれば、少しは技術も変わっているかもしれませんし。
ぬるぬると滑るように歩くローパー怪人さんの後に続きます。
そろそろ世界観の黒い部分を見せてもいいんじゃないかなと思ってるんです……が、このお話、何を転機にいきなりボケとツッコミの展開になるかホント分からんのです。
とにかくキーワードは〝あの日〟なんですの。
謎明かしの第二章開幕まで、もう少し……っ!