私は会いに来たのです
コホン。全ての健康診断が終了いたしました。身長計に乗ったり注射針で血液を採取されたり心電図を取られたりレントゲン撮影されたりと大忙しだったのです。
受付にてハチ怪人さんからA4サイズの茶封筒を手渡されます。封を切って中身を確認いたしますの。
早速ですが本日の診察結果を発表するのです!
まず身長について。リンゴ18個分でした。こちらは前回計測と全く変わっておりません。
続いて体重について。リンゴ167個分でした。
前回計測から約1個分増加した形となっております。
うん? 誰ですの? 今太ったなどと宣おうとした方は。厳罰必須ですの。粛正対象ですの。今夜寝首を掻かれても文句は言えませんのよ。せいぜいあの世で後悔してくださいまし。
気を取り直してお胸のサイズについてです。良い報告がありますの。なんとゴールデンデリシャスから大玉ゴールデンデリシャス級にサイズアップいたしましたの! 体重増加はきっとその影響なんですの! だから全然問題ないんですのーッ!
ともかく下着を新調しなければなりませんわね。営業に向かわれる怪人さんにお頼みしておきましょうか。触診していただいて、サイズ感を確かめていただく必要もありそうです。
これらの測定は黙々と円滑に進められました。手慣れた女医一人による犯行です。あれよあれよと言う間に隅々まで計測されてしまいましたの。
ちなみに言っておきますが、血液やら尿やらX線による精密検査やらも全てオールクリアのオールオッケーな結果でございました。追加でお頼みした妊娠や各種感染症の検査も全て陰性判定とのことですの。
診察者の名前の欄に可愛らしいミツバチマークの判子が捺印されております。ド健康の太鼓判ですの。きっと日頃の行いがよかったからでしょうね。ホッと胸を撫で下ろせましたの。
ここだけの話、私の身体には簡単な改造手術を施していただいております。そのため滅多な事がない限りは体調を崩すこともありません。もちろん絶対ではありませんので、だからこそ日頃からの注意が大切になってくるわけですの。
ぐうたら毎日ダラけているように見えて、これでも一応は健康にも気を遣っているのです。
食事はタンパク質を多く摂取するように心掛けておりますし、毎日のように運動だってしておりますの。
意外に抜け目はないんですの! 出てきた結果が全てを物語っているのです。誰にも文句は言わせません。
「うふふ。なんだか学校のテストを思い出しますわね。良い判定が出ると自分への肯定感も高まってまいりますの……!」
診断内容が記された紙を眺めながら私はニヤリとほくそ笑みます。総統さんにこの結果を見せ付けて差し上げれば、きっとお褒めいただけるに違いありません。
私は自己管理ができる女なのです。貴方の下の管理もして差し上げても構わなくってよ、と。声高らかに言い放って、それから、うふふ、ぐふふふ……!
「冴えてますの……! 妙案ですの……! 今ならいくらでも沸いて出てきますの……!」
「美麗ちゃんー? 何でそんな気持ちの悪い笑い声出してるのー?」
「おぅふっ!?」
突如として後ろの方から茜の声が聞こえてまいりました。どうやらいつの間にか心の独り言が漏れてしまっていたようです。
「えっと、大した話ではありませんわ。それより、茜の方も診察終わりましたの?」
振り向いて急いで話を誤魔化します。
「ううんまーだ。これから〝いつもの〟をやってもらってくる」
「ああ、そうですのね。では途中までご一緒いたしましょうか。私は病室の方で待っておりますので。さぁお手を
「えへへぇ、いつもいつもすまないねぇ」
何ですの急に、お婆さんみたいなしゃがれた声を出して。
話に挙げておりませんでしたが、茜さんは私よりも診察項目が多いのです。主には洗脳周りについてですわね。非常にデリケートな部分ゆえに定期的に診ておかないと大変なことになりますの。
調整作業についてはこの医務室内では行えませんので、懲罰房側に移動する必要もございます。
ほら、最近やたり調子が良くないとか言っていたり、過去のフラッシュバックが頭痛の原因になっていたりと色々ありましたでしょう?
ああいうのを避ける為にも定期的な調整が必要らしいんですの。大変お気の毒ですけれども……。
相変わらず目隠しプレイの渦中にいらっしゃる茜さんの手を引きながら、私たちは診察室側とは反対方向の通路を進んでまいります。
突き当たりはリネン室のような空間が広がっているだけなのですが、目的の場所はそこにはございません。むしろその手前の壁にありますの。
ゴツゴツとした岩肌の途中に、小さな円柱状の突起がボコリとせり出ております。ちょうど腰上くらいの高さにありますの。
分かりづらいですがこれはドアノブなのです。この岩壁に病室へと続く扉がカモフラージュされているんですのね。
中に入りまして、一段と暗くなった足元に細心の注意を払いながら歩みを進めます。
通路の突き当たりのドアを開きますと、ようやく病室内に到達することができました。
明るめの照明が容赦なく私の視細胞を刺激いたします。目が慣れるまでは他の感覚に頼りますの。
綺麗な空気で満たされたこの病室にはこれでもかと言うくらいにはちみつのお香が焚かれております。鼻に抜けてくる甘さとフルーティさにリラックス感が半端ないんですの。
私の今日の最終目的地はここなのですが、茜さんはこの部屋を経由した更に奥、洗脳調教室まで向かわなければなりません。
ようやく目が慣れてまいりました。段差に気を付けつつ茜さんを向かいの連絡口の方までご案内差し上げます。
白くてツルツルとした壁に茜さんの手を触れさせますと、彼女は独特な感触にハッと気付いたかのような顔をされました。
「道案内ありがとー美麗ちゃん。ここまで来られたら私一人でも壁伝いに歩いていけそうだよ」
「危なっかしいですので最後までお付き合いいたしましょうか?」
このまま進んでいけば常駐のローパー怪人さんにもお会いできますものね。全く用がないわけではありませんの。先日のお礼を改めてお伝えに行ってもよいでしょうし。
別に今でなくてもいいのも事実なんですけれども。
「ううん大丈夫。心配ありがとね。後は自分でなんとかするよ。それに……付き添ってもらったら、結局終わるまでずっと見られちゃうわけでしょう?
結構恥ずかしいんだよね。あんまり見られ……いや、可能なら絶対に見られたくないかな」
ブンブンと首を振られます。大袈裟な仕草が愛らしいですの。小動物みたいです。
「それ、もしかして鶴の恩返しですの? それとも鳥違いのダチョウさん? ホントはやって欲しくてたまらない前振りですの?」
「違う」
きっぱりと断られてしまいました。残念です。
「ご安心なさいまし。見られたくない理由も分かりましてよ。ほら、さっさと行ってきなさいな」
無理繰り脳内を調整されている姿なんて、私だって見られたくありませんの。ビリビリ電気プレイに口も下も開きっぱなしになってしまいますの。
羞恥プレイとは似て非なる醜態ですからね。デリケートな乙女心にはキツい部分があるのです。自分がされる分には構いませんが、他人がされているところを見ても興奮なんてできませんわ。ましてそれが茜さんなのだとしたら尚更です。
健気にお手を振り、よちよちと歩き始めた彼女を見送ったのちに私は病室の中央へと戻ります。
先程言いましたわよね。
ここが私の、今日の最終目的地なのだと。
健康診断のついでではあるのですが、ハチ怪人さんに施していただくアロマエステ以上に、この上層訪問には意味を与えたく思っているのでございます。
手に持った目覚めし時計をぎゅっと握り締めます。
そうですの。私は会いに来たのです。
茜さんとは別の、彼女と同じくらい大切な――
――私の最愛なる人に。