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ご褒美とはつまり

 

 縦揺れの激しいエレベーターやら蒸し暑くてむさ苦しい戦闘員待機区域やらを無事に通過いたしまして、ようやく医務室前へと到着いたしました。


 赤十字の描かれた壁を横に見ながら白い暖簾をくぐります。


 暗くて狭めな通路を抜けますと、少しだけ開けた場所へと出ました。利用者が受付と呼んでいる空間です。


 カウンターの奥側に設置された椅子に見慣れた白衣の女性がお一人、足を組んで座っていらっしゃいました。私たちの到着に気付かれたのか、気怠そうに首を上げて冷ややかな視線を向けてきます。


 小言を言われる前に先手を打ってこちらからご挨拶いたしますの。


「こんにちはーですのっ、ハチ怪人さんっ」


 ええ、不機嫌そうな顔のこの女性は結社の女医兼研究員のハチ怪人さんです。いつもながら無愛想な表情を貼り付けたまま辺りにキケンな色香を放っていらっしゃいます。


 一見はほとんど人間と変わらないのですが、よく見てみると額の辺りからピョイと触覚が生えていたり、お尻の部分に黄色と黒の縞模様の虫腹部がくっ付いていたりと、身体のあちこちに昆虫のような部位が目立ちます。故に彼女もれっきとした怪人さんなのでございます。



「……ハァ。お待ちしておりました」


 私の顔を見るや否や、わざとらしい大きな溜め息を吐かれました。いつも通りの光景ですので構いません。


 定期的に会っているはずですのに、なんだかそこそこお久しぶりな気がいたしますわね。


 それもそのはずです。基本的には中層の上級社員寮では滅多に顔を合わせないからですの。他の怪人さんと()()()になっているという噂も立ちませんし。彼女自身や医務室に用がなければ話題にも上がりづらいのです。


 組織内では中々に謎の多き人物なんですの。元は彼女も()()だったらしいのですが、詳しいことは聞いておりませんので私も存じ上げません。


 私たち、そこまで仲は悪くないんですけどね。お互いに暗い過去を詮索するような無神経さは持ち合わせていないだけなのです。ともかく現場からは以上ですの。



「……貴女たち、大遅刻も甚だしいです(よく眠れまして?)。まったく頭も下もゆるゆる(お寝坊さん)なんですから」


「だって! 目覚ましが止まってましたの!」


 ここぞとばかりに持参した目覚ましを掲げてアピールいたします。アラーム設定用のボタンを指差して強調してみせます。


「貴女が止めてたんでしょう……」


 うふふふ流石はハチ怪人さん。ご明察なんですの!

 ここ最近は自分用としては全く使っておりませんでしたし、そもそも早起きする気さえ毛ほどもありませんでしたし。


 表情を変えずにドヤドヤと見せつけて差し上げましたが、やれやれ顔が返ってくるばかりでした。


 もちろんコレは想定内の反応です。更に言ってしまえばこの顔が見たくてわざわざ茜さんを利用して遅れてきたまであるのです。


 うっふふふ……ザマァみろなんですの!

 意固地で素直になれない意地悪さんには業務妨害をして差し上げますのー! せいぜい無駄な残業にお苦しみいただけたらいいんですのー! やーいやーいでーすのー!


 きゃっきゃとはしゃいでおりますと無言の手刀が飛んでまいりました。私が悪いことは百も承知しておりますので、下手な抵抗はせずに受け入れます。


 勢いのわりにはあまり痛くはありません。手加減してくださったのでしょう。

 もちろんこれらは私たちのスキンシップの一つですの。本当にお互いを困らせたり嫌がらせをし合いたいわけではありません。


 出会った初めの頃こそ彼女の言葉の真意が分からなくてモヤモヤしていた時期もございました。けれど今では違います。感情の汲み取りなど朝飯前ですの。三年以上も触れ合っていれば顔を見ればだいたい分かるようになりますの。



「今日もまた、よろしくお願いいたしますの」


 悪戯を詫びてペコリと一礼いたします。


「ええ。痛くならないといいで(優しくしてあげま)すわね」


 今の表情は……私たちに会えて嬉しいというプラスな気持ちを抱いてくださっていると思われます。


 っていうかだいたいはそんな感じですの。マイナスな感情のときなんて私の悪戯の度が過ぎて怒らせてしまったときくらいですの。



 言ってしまえば彼女はツンデレさんなだけなのです。


 ちょっと言葉がキツイだけで、根は優しくて親切な頼れるお姉さん怪人さんなのです!



「さぁお二人とも、とっとと病衣に(心の準備ができたら)お着替えなさいな。検診に移りましてよ。骨の髄まで徹底的に(広く深く懇切丁寧に)調べ上げて差し上げますからご覚悟なさ(ご安心くださ)いませ」


「了解でーすのーっ」


 うきうき気分のまま、彼女から手渡された病衣に着替えます。もちろん茜さんの着衣も手伝って差し上げますの。


 この私がご機嫌になってしまうのも無理はないでしょう。正直に言わせていただければ健康診断自体にはあまり興味はありませんが、その後に施されるご褒美を目当てにココに足を運んでいるまであるのです。


 ご褒美とはつまり、アロマエステのことですのっ!


 全ての検診が終わったら甘い香り漂うはちみつエステをしていただけるんですの〜。お手製のはちみつオイルで心もお肌もすべっすべのツルッツルにしていただけまーすの〜。それが目当てで通っていると言っても過言ではありませんの〜。



 私はハチ怪人さんのお作りになるはちみつ製品が大好きなのです。お香に軟膏にヘアオイルにボディオイルに……はちみつのメリットは飲食だけに留まりません。多用途に使えるその汎用性に心底感服いたします。


 他の怪人さんから聞いたところによれば、提供されるはちみつは全て彼女の汗や涙の結晶とのことでしたが……これは比喩的表現として受け取ってよいのでしょうか。それとも意外と直接的な内容だったり……?


 もちろん聞くのは野暮ですので真相は闇に葬られたままにいたしますが、この際どちらでも構いませんの。それほどまでに彼女のはちみつは最高なんですの。甘さと香りと柔らかさに舌も身体もトロけてしまいますの〜。



「はい、着替えましたの! 準備完了ですの!」


「私も私もーっ」


「それでは付いてきてくださいませ。すっ転ばれませんよう(お足元にお気を付けて)


 よちよち歩きの茜さんの手を引きながら、前を歩くハチ怪人さんに続きます。この方向は……どうやら早速診察室に向かうらしいです。


 身長、体重、胸囲、座位、etc……。もちろん血液検査も尿検査も視力聴力検査もいたします。心電図やX線検査までやっていただけるので驚きです。沢山の努力と資格取得に努めてきたみたいですの。



「今年は尿検査に引っかからないでくださいね」


「「うぐっ」」


 二人声を揃えてビクリといたします。


 ご安心くださいな。もう蛋白は出しませんの。前回のはホントに不注意なだけでしたの。今日はどなたとも遊んでおりませんの。


 きっとそれ以外に原因があるとは思いますけども、一応念のために用心してきたのです。本当に思い当たっているのは食生活でしょうか。前回は前日まで好きなモノを好き放題に頬張っておりましたし。今回はちゃんと我慢できております。



 うふふ。それではもう間もなく検査スタートなのです。

 乙女の花園(身体検査中)は非公開ですから、ダイジェストでお送りさせていただければと思いますの。


 

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