あんよがじょうず、あんよがじょうず
「ふわぁぁあ……あふ」
感じた肌寒さに目が覚めてしまいました。昨晩眠りに入る際に体に掛けていたはずのブランケットは、今はベッドの端っこで大きなお饅頭と化してしまっております。
「はぁ。何だか懐かしい夢を見ていたような気分ですの」
多分アレは初夜の思い出のような……私がご主人様の虜となってしまう大切なイベントだったかと思いますの。まさか夢にまで見てしまうとは、いかに私が彼のことを思い慕っているかが分かってしまいますわね。あらヤだ恥ずかしいですの、うふふ。
きっと昨晩はお預け状態だったからでしょうね。
ただでさえお相手いただける日をまだかまだかと忍ぶ毎日を過ごしておりますのに、自ら待ったをかけなくてはならなかっただなんて。いつも以上に疼いてしまうのも仕方がないことなのです。
「……早く愛していただきたいですの」
地味な焦ったさを覚えながらも、私は気を取り直して大きく伸びをいたします。
だんだんと脳が活性化していくにつれ、先ほどまで鮮明に描かれていたはずの記憶たちは少しずつ不透明になっていきました。精神も肉体も現実に引き戻されていくのです。
さてさて。さらりふわりと過ぎ去ってしまうような、儚くて淡い夢なんかよりも。
今は私の体から温もりを、つまりはブランケットを奪い取った方を叩き起こしませんと。
この後が控えておりますゆえ。
丸まったブランケットの中身は空ではありません。犯人が居座っているのでございます。
「起きてくださいまし。今日は健康診断の日でしてよ。貴女も参加するんですの。ほら、茜ったら」
ええそうです。私の元相方の茜さんですの。
彼女も彼女で昨日は総統閣下様のご寵愛を受けてはおりません。私と共に何もない一夜を過ごしておりますの。
行動力がウリの彼女がじっとしていられたのは驚き桃の木ですが、私がキツーく釘を刺しておりましたからね。根は素直でいい子なままなのです。
それに朝方までにお腹いっぱいにされても検査に支障が出てしまいますし。単純に困ってしまいますし。前回痛い目に合っておりますし。
今日は三ヶ月に一回行われる定期検診の日でございます。そこそこ頻度が多いのは、その分私たちに気を遣ってくださっているからでしょうか。
ほら、私たちって人より重病化のリスクが高そうでしょう? 私も茜も適宜治療を施していただいているのである程度は心配ないはずなのですが……念には念を入れておいたほうがよいとの組織の方針ですの。結社の福利厚生に感謝ですわね。
未だ丸まったままの茜の背中を揺り起こします。
「起ーきーてーくださいましっ!」
「………………んぇー…………」
しかし布の塊と化した彼女からは喉奥から絞り出したような抵抗の声が聞こえてくるだけです。
このままベッドの外に押し出して転がして差し上げてもよろしいのですが、それはそれで可哀想な気もいたします。私の中に残る小指ほどのサイズの良心に免じて、ソフトでジェントルな起こし方を続けて差し上げますの。
「まったくもう。私以上に寝相も寝起きも悪い子ですの。だから背もおっぱいも大きくなりませんのよ」
「…………んぇー…………っ!」
抗議の声がやや強くなった気がいたします。どうやら聞こえてはいるらしいのです。
であるならば効果的かつ合理的かつストレートな方向性で畳みかけて差し上げましょうかね。
「このままお眠り続けるのもよろしいですが、総統さんは私がいただいてしまいますわよ」
「それはダメぇー……起きるぅー……」
「素直でよろしい。おはようございますの」
「ふぃ。おはよー美麗ちゃん……」
寝ぼけ眼の茜さんがブランケットの隙間から首だけをお出しなさいました。ぱっちりお目々の真逆バージョン、つまりは一直線閉じお目々になっていらっしゃいます。
だるまの要領で二、三度前後に転がって体を起こしなさいました。ホント器用ですわね。んむんむと目元を布地で擦られまして、ようやく目をお開きになられます。
「私ねー、上層フロアに行くの、やっぱりあんまり気が進まないんだよねぇ。ホントどうしてだろう」
「……きっとココより空気が美味しくないからですの」
「かもねぇー、人口密度けっこー高いし」
あのフロアに行くと、貴女の過去の記憶が無意識のうちに揺り起こされてしまうかもしれないから、とは口が裂けても言えません。
最初こそ眉をハの字に曲げていらっしゃいましたが、私の適当な理由に納得してくださったのか、悪戯っ子の困り顔のような微笑みを浮かべられました。
……肌に合わないということにしておくのが何かと都合がいいのです。深くは詮索なさらないのもありがたい限りですの。
「念の為、今回も目隠し、付けていかれまして?」
「うん。そーする。お願いしていっかな?」
「お安いご用ですの。ほら、そっち向いてくださいまし」
「ほいー」
こうなる流れを予見して、昨夜のうちに解いたリボンを用意しておりますの。コレを頭に巻いて目隠しにいたしますの。
サイドテーブル上から拾い上げまして、彼女の目元が隠れるようにぐるぐると何周も巻きつけます。ついでに目覚まし時計も回収しておきますの。
手頃なアイマスクがあればもっと簡単なのでしょうが、緊縛プレイ用のモノはそもそもの扱いが難しいですし、隙間から光が漏れ入ってきてしまうこともありますし、かと言ってフルフェイスのラバーマスクまでいくと息苦しさと見た目の滑稽さに目も当てられなくなってしまいますし……。
そんなこんなで最終的に落ち着いたのがこのリボン巻き巻きハチマキスタイルなのです。これなら彼女の愛らしさをキープしたまま、お目々を完全に覆えますからね。
「締め付け具合、苦しくありませんこと? もう少しゆるゆるにして差し上げましょうか?」
「んー大丈夫ー。私の頭にピッタリフィットー」
会話だけを耳にすれば卑猥に聞こえてしまうかもしれませんが、今のは至極健全なやりとりなのでございます。決して勘違いなさいませんよう。
それでは参りましょうか。お足元に気を付けてくださいまし。ベッドから転げ落ちぬよう、最新の注意を払って一歩ずつ確実に進むのです。
もちろんドアは私が開けて差し上げますし、廊下でも手を引きつつ腰を支えつつ何かと気遣いを忘れないようにいたします。
本当はおぶって差し上げた方が早いのですが、施していただいた改造手術によって私の筋力が増強されていたとしても、私の持久力についてはこれっぽっちも上がっておりませんの。心肺機能はか弱い乙女の頃からほとんど変わっておりませんの。元のままでは背負えてもすぐにハァハァと息を切らしてしまうのがオチなのです。
だからこうして、わざわざ茜によちよち歩きをしていただいているというわけなんですわね。
この移動方法も手慣れたものですの。南極のペンギンも仲間と見紛うほどの、見事なてちてち歩きが私の眼前に繰り広げられているのでございます。眼福ですの。得られる愛らしさと優越感に、ハチマキより先に私の頬が緩んでしまいますの。
「ハイ茜、その調子ですのー。あんよがじょうず、あんよがじょうず」
「ねぇ美麗ちゃん。ひょっとしてバカにしてない? ねぇねぇ怒ってもいい? グーパンチレベルで怒ってもいい?」
「ひぇっ、そんなつもりは……ふふ。ほんの三割ほどしか、思っておりませんの」
「結構思ってるじゃーんっ!」
貴女ほどの怪力に殴られたりしたら、それこそ私も脳震盪を起こしてまっすぐ歩けなくなってしまいますからね。到着が遅れたら医療班のハチ怪人さんに怒られてしまいます。それだけは避けませんと。
「ハイ転ぶはおヘタ、転ぶはおヘタ。足のほろほろ、足のほろほろ……ちゅごいでちゅのねー偉いでちゅのねー。ぷふっ」
「ぐむぬぬぬ……後で覚えてるがいいんだよーだ……! 総統に言い付けてやるんだから……! そんで二回くらい順番飛ばしてもらうんだから……! っていうかそもそもの話っ!? エレベーター前までは別に目隠し無しでも頭痛無しに近付けるんだけど!?」
「あっ」
ちっ。バレてしまいましたか。
それと告げ口は困ってしまいますの。さすがに二回も飛ばされたらカラッカラに枯れてしまいますの。
ですがまぁ乗りかかった船ですし? 最後までよちよち歩きをお楽しみくださいまし。途中で道行く怪人さん方に笑われても無問題ですの。
適度に戯れ合いつつ、私たちは上層の医務室へと向かいます。