合言葉は〝姫始め〟だ
ご褒美の番外編から第3章スタートです。
番外とはいってもストーリーには直結しております。
この話は導入初っ端から回想シーンの為
まだ穢れを知らない過去の美麗ちゃんですの。
それではどうぞお楽しみください。
※ 番外編 ※ 美麗の姫始め
――瞼の裏側にほんの少しだけ眩しさを感じました。
「ふわぁ……あふ。朝、ですのね……?」
何の気なしに目が覚めてしまいました。
別に窓から入り込んだ光に気を取られてしまったからとか、つい起床の必要性に駆られてしまったからというわけではございません。
つい身に付いてしまった感覚の為ですの。
ベッド脇のサイドテーブル上の目覚まし時計を手に取って見てみれば、表示されていた時刻は朝の6時58分。
アラーム音が鳴り響くちょうど2分前でございます。ほら、よくありますでしょう? 鳴り始める直前に自然と目が覚めてしまうあの現象ですの。
この地下施設にお世話になってから早一週間が経とうとしておりますが、体に染み付いた習慣というものは簡単には薄れてくださいません。
外界から隔離されたこの施設では油断しているとすぐに時間感覚を失ってしまいます。別に目覚ましのアラームまではセットしなくてもよいのですが、一応の朝のお知らせの為に何となく付けてしまっているのが現状です。
時間設定については変更しても良さそうに思えますが、ええとその、操作方法が分かり兼ねますの。お恥ずかしながら。そのうちなんとかしてみせます。
あ、そろそろですわね。既に起きているというのに喧しく音を鳴り響かれてはたまったものではありません。先手を打って待ち構えておきましょう。
目覚まし時計のバックライトが光る瞬間を見極めてコンマ2秒、すかさず停止ボタンを〝ポチッとな〟いたします。
登録された言葉の一言目さえ発させないこの超スピードは私でなければ到底成し遂げられない所業ですの。
……いえ、虚勢を張りましたわ。慣れればわりと誰でもできますの。単に押すだけですし。
「おはようございますの、地下世界。おはようございますの、私。今日も今日とて特に何もない――」
朝早く起きればその分自由に過ごせる時間も増えるような気はいたします。
「――わりかし退屈な一日の始まりですの」
けれど、ただ自由なだけでこれといって大きなイベントも何もない、息苦しさとも呼べる退屈さを感じ始めているのも間違いはないのでございます。
あの忙しいだけ生活が良かったのかと問われると難しいところですので、全てが全て一概には言えませんのですけれども。
であればさっさと二度寝すればいいと思いますでしょう?
お生憎、一度ぱっちり目が覚めてしまうと簡単には眠れない質なんですの。ホント不憫な身体とは思います。
早くこの生活スタイルに慣れてほしいんですのに。
「はぁ、にしても早速暇々ですわね」
ほろりと独り言が零れてしまいます。
もう早起きして見回りする必要はございません。それどころか施設内のパトロールはおろか、むしろ部屋の外を出歩くのも極力控えるようにと総統さんに言われております。
まだまだ企業秘密な部分が多いのか、それとも私に見られてはいけない世界が広がっているのか、はたまた私の存在を良しとしない方がいらっしゃるのか……今は想像することしかできません。
ただ、何かこう……言い表しようのないもどかしさを感じてしまっているのは紛れもない事実なんですの。
せめて暇つぶしになりそうなものさえあれば、と。天井のシミや天蓋の模様の数を数えるのには飽きたのです。
「ほわー、ひーまっでーすのー。ひーまっでっすーのー……ふぅむ?」
指先でくるくると、シーツのシワとシワを繋げてお絵描きモドキでも始めようかと思っていた、ちょうどそのときでした。
コン、コン、と。
自室の扉がノックされたのでございます。
こんな朝っぱらから誰ですの? とは絶対に言いません。イベントの方からこちら側に転がり込んできてくださったのです。むしろ手放しで歓迎の意を示したいくらいです。
急いでベッドから跳ね起きて部屋のドアへと駆け寄ります。
「はいはいどなたでーすのっ?」
ドアノブに手をかけてガチャリと開きます。
「よっ、早いな。もう起きてたか」
「あら、おはようございます」
扉を開けた先にいらっしゃったのは総統さんでした。いつもと変わらぬ白帽白軍服白革靴を召していらっしゃいます。ピッチリ整ったお姿がとても凛々しいのです。
それに比べて私ときたら、寝て起きたままのパジャマ姿……正確には若干布が薄めなネグリジェ姿ですの。少なくとも人に会う為の格好ではありません。
本来であれば恥ずかしくて表も歩けそうにありませんが、結社からは何故かこれしか支給されておりませんので仕方がありませんの。
それに、この姿でも彼とは既に何度かお会いしておりますし。可愛らしいと、そして似合ってると仰ってくださいましたし。
羞恥心がないわけではないのですが、おかげでほんの少しだけ慣れましたの。自己肯定くらいはしておかないとこの先やっていけませんの。きっと私の適応能力が試されているんだと思いますの。
平静を装いつつ彼にご挨拶いたします。
「コホン。お見苦しい格好で大変申し訳ありませんが、こんな朝早くからいかがなさいまして? 立ち話するのもなんですし、よろしければ、ささどうぞ遠慮なく中へ中へ。そして是非とも私の話し相手になってくださいまし。
一時間でも二時間でも、お好きなだけご自由にお寛ぎくださいまし。ついでに貴方の口から楽しいお話をお聞かせくださいましっ。自慢話でも何でもいいですからっ。早く! さぁ早く!」
「おうおう、持て余した時間にだいぶ参っちまってるようだな。ま、無理もないか。何もないもんなこの部屋。まぁそう急かすな急かすな引っ張るな。
ようやくお前に本題っつーか、ブルーのこれからの仕事について、話してみてもいいかな、と」
「ふぅむ?」
よく見てみれば、彼のお手元には4、5冊の本が握られております。全部、黒やピンク色などの中々目に優しくないカラーリングの背表紙になってますの。
それとアレはハンディタイプの懐中電灯でしょうか。
上にちょこりんと乗っかっているのです。
視線を総統さんのお顔に移し直します。
「前にも聞いたが、お前、勉強は得意か?」
「ええ。少なくとも人並み程度には」
いまいち状況を飲み込めておりませんが、素直に頷いて答えます。一応は学年上位の〝元〟優等生でしたし。予習復習は欠かさず行なっておりましたし。
「ならよかった。それじゃ今日は保健体育の勉強をしてもらう。これら全部を熟読しておいてくれ。んじゃ、また夜頃に顔出すからヨロシクな。合言葉は〝姫始め〟だ」
「あ、ちょっと!?」
半ば強引に手渡されてしまいます。更には扉も閉められてしまいました。
……んもう。
じっくりとお話して暇を潰せるかと思いましたのに。
まぁいいですの。夜にまた来てくださると仰ってくださったのですから。それまで素直にご指示の通りいただいた本を読んでおきますの。
また一人っきりにさせられてしまいましたが、暇潰し用のグッズは手に入れることが出来ました。4、5冊くらいであれば問題なく今日中に読み終えられるはずです。
「ふぅむ……『初夜の心構え〜初めてでも安心、相手を骨抜きにする100の方法』、『夫婦の営み大全集』に『お互いがお互いに満足できる体位・実践編』? 何の本ですの? コレ」
正直初めて聞くような単語ばかりです。
保健体育と仰っておりましたが、通っていた学校で耳にしたことはございません。
とりあえず読み進めてみたら分かるでしょうか。
何か彼なりの意図があるのかもしれませんし。
すたこらとベッドへと戻りまして、一緒に手渡された懐中電灯を天蓋に引っ掛けて簡易的な照明にいたします。
またベッドの支柱に枕を立ててみて、簡易的なソファの完成にしてみましたこ。これで楽な姿勢で読書ができそうです。
改めて一番上に置いてあった本を手に取ってみます。
えっと、どれどれ、ですの……?
――――――
――――
――
―