本当に本当にホントにホントに
サウナの出入り扉をくぐりました。ムワッとした猛烈な熱気から解放され、それだけでも気分がよろしいのです。
出た先のここも浴室内ですので充分に湿度は高いはずですが、ついさっきと比較すればずっと涼しく感じられますの。
ああなるほど。これが整うという感覚なのでしょう。
小指ほどの大きさレベルで良さが理解できた気がいたします。
この胸の中に渦巻いていた劣等感も少しは治まったでしょうか。
少し落ち着いたらシャワーで汗を流して、そしたら上がることにいたしましょう。
クリアになった思考と視界で辺りを見回してみます。
「ん? あれ、ご主人様ですの?」
「え、うそホント!?」
浴室内ということでいつもの真っ白な軍服は着ておりませんが、この私が見紛うはずもございません。
その鍛え抜かれた肉体美には数多の戦場を生き延びてきた証であろう生傷がいくつも煌き刻み込まれております。
あの荘厳な胸板に収まりたい……という欲望は、整った頭には浮かんできませ――あ、いえ、完全に嘘を吐きました。
正直今すぐにでも抱かれたいです。
私にも体裁がありますので口には出しませんが。
お風呂場ということでリラックスされているのでしょう。総統閣下の普段のキリッとした表情も幾分か穏やかになっていらっしゃるように感じ取れます。
取り巻きの護衛や慰安要員も見えないですからね。
私たちがサウナに入ってる間に、仕事の息抜きがてらお越しになったのでしょうか。
「あー! 本当に本当にホントにホントに総統だ!
近すぎちゃってどーしよーッ! 挨拶がてらに一発あっそんでこーよー」
あ、こら、いきなり湯船に飛び込まないの。
「おあ!?」
対する総統さんですが、飛びつきに少しばかり体制を崩されました。
されども大きく水飛沫をあげることもなく、綺麗に受け止められましたの。さすがは私たちのご主人様です。
「ああ、なんだお前らか。お疲れさん」
ですが抱き着かれたまま平然と挨拶を返してくるのもどうかと思いますの。この対応、案外慣れっこなのかしら。
わ、私は飛び付きませんわよ?
こう見えて体裁とマナーを気にする淑女なんですもの。
「こんにちは。ご機嫌麗しゅう。こんなところで珍しいですわね。今日は外回りの日ではございませんの?」
せめて浴槽内に浸かるにしても、全身の汗を一通り流してからにいたしますの。えっと、桶、桶っと……。あ、有りました。プカプカと湯船に浮かんでおりますね。
手を伸ばせば、おそらく取れそうですの――あっ。
「へばぅわあッ!?」
手が滑って、つるりと身体ごと浴槽内へッ!?
「あ、おい大丈夫か!?」
「うぇっぷ、だ、大丈夫ですの。お気になさらず、ちょっとだけバランスを崩してしまっただけなんですからぁ」
うう、鼻からお湯が入りました。
中がヒリヒリといたします。
まったくビックリしましたの。変な声が出ちゃいましたの。
世界が一瞬スローモーションになりましたわね。
私の反射神経、別に死ぬわけでもないのに大袈裟なのです。
ラッキーなことに落下の際にご主人様が優しく支えてくださいましたので大事には至りませんでした。
「こほん、お見苦しい姿失礼いたしましたの」
「おう。別に気にすんな。脇腹ボディブローされるよりは100倍マシだ」
「あ、総統ごめん、さっきの飛び込む勢い強すぎちゃった?」
「別に構わんさ、これくらい」
ふふふ、懐の広いお人ですわね。施設の壁を容易くぶっ壊せるほどの怪力ボディブローを受けたと言いますのに。
クールにお淑やかに振る舞うというのは早速没になってしまいましたがこの際開き直りましょう。
汗もゆぶねにダイレクト混入しちゃいましたの。管理人のナマズ怪人さんには申し訳ないですが、乙女の搾りたてエキス入り風呂の完成ということで勘弁してくださいまし。
「して、どうしてこちらに? 今日は外回り営業の日ではなかったんですの?」
「早めに切り上げてきたんだよ。今日はヒーロー連合の奴らもあんまり出てこなかったし」
「あら、それはお珍しい」
彼ら、市民のピンチ信号を察知したら、それこそゴキブリのようにどこからともなく湧いてくるような連中ですのに。
総統さんがお続けなさいます。
「今回はカメレオン怪人の奴が上手いことやってくれたからな。つーわけでほとんど被害はナシ。隠密工作も成功。しかも、ラッキーなことに収穫もアリだ」
なるほど大収穫だったのですね。
何事も平和に穏便に進むのが一番ですもの。
ちなみに総統の言う収穫とは〝人材確保〟のことを意味します。有能そうな人物を外部からスカウトしてきたというわけですわね。
捉えた人材の人権や前職などは関係ありません。
皆全て弊社の色に染め上げてしまえばよろしいのですから。
「それでなんだが、今回のは多分、お前らの後釜なんじゃないかと思ってる」
「ということは、魔法少女ですの?」
「ああ。かなり小生意気な女子を一人な。ホントは二人居たんだが、そっちを庇われて逃げられちまった。
連携と振る舞いからしてまだ見習いか、せいぜい実戦投入されて間もないぺーぺーコンビだろう。お付きの従者も見当たらなかったしな」
現役の魔法少女ということは、私たちの後輩に当たる人物ということでしょうか。まぁ私たちが表舞台から姿を消してからもう既に数年は経ってますからね。
そろそろ魔法少女の枠にも新たな適合者が現れてよい頃合いかもしれません。ですが従者が側にいないのは気になりますね。
「ふーむ、何かありそうですわね」
第一線級の適合者でないとすれば、今回捕らえられたその女子は、世の中の明るい話題を担う顔として権力者から適当に見繕われただけの、只の凡人という可能性も大いにあります。
情報が少ないゆえに滅多なことは言えませんけれども。
「ああ、ブルーもそう思うか。今は反抗してるから独房に入れてるんだが、あらかたの情報を聞き出したら、場合によっては外で泳がしてもいいかもしれん」
聞いた話によれば、弊社とちがって連合の本拠地はコロコロ変わってるらしいですからね。
コイツを囮にすれば敵の現在基地を掴むチャンスが得られるかもしれません。是非とも今後の尋問で詳細を得てやりましょう。
ここで総統は茜に目を向けました。
先程から総統のお腹の上でなんだわちゃわちゃしております。
「……レッド。お前をこの話に混ぜてやれないのは非常に残念なんだがな」
「うん? 別に気にしてないよ?」
「ああ。それはありがたい。ンだがあれだ、真面目な話をしてるときくらいは、俺の股間をニギニギするの、少しくらい我慢してもらえないかな。とにかくくすぐったいし気が散るしで話に全く集中できない」
ちょっとアナタ私の見えないところでナニしてますの!?
っていうか総統のニギニギの言い方可愛いですわね。不意打ちすぎて、なぜか私のママみ成分がキュンとしてしまいましたの。
実に不服そうな顔の茜がお答えなさいます。
「えー、いいじゃん減るもんでもあるまいし。むしろ大きくなってお得な感じするじゃん。どーせ相手してもらえないことは分かってるからさ、それまで色々補充してるの。
……あー、まだ全然おっきくなってないのにー、ちぇー」
総統の手によって、まるで首根っこを摘まれた猫のように、茜は軽々と引き離されていきました。
「ともかくだブルー。ここからが提案と相談なんだけど。お前最近、何かに及んで暇だ暇だとか言ってたよな」
「確かにお伝えいたしましたわね。今もわりかしその通りですの。でらそれが何か?」
まったくどうしたんですの?
そんな神妙そうな面持ちをなさって。
「お前さ、今回の尋問官をやってみないか? 捕らえたソイツが本当にお前らの後釜なのか、それともただのお飾りのでっち上げなのか、〝元〟の目から見極めて欲しいんだ」
「ほほう、尋問官、ですの……っ」
あら、意外に面白そうなことが舞転がってきましたわね。
訴えてもみるものですの。
上手くできるかは分かりませんが、別に失敗したところで大したお咎めもないのでございましょう?
なんだか尋問官って言葉の響きだけで優越感があって気持ち良くなれそうな気がしますし。
何より無味な毎日を過ごすよりは格段に暇潰しになるでしょうし。
「いいですわよ。私で努められるモノなら何だって喜んで。
とりあえず鞭で叩いてシバき倒せばよろしいんですの? それとも靴先を舐めさせた方が? 最終的にはバター犬にでも調教したほうが需要ありますかしら」
「いや、そこが目標じゃないから」
「冗談ですのっ」
正直な話、私は鞭は叩くより叩かれたほうが興奮しますの。もちろん相手にもよりますが大抵は甘んじて受け入れさせていただきますわね。ただ、今大事なのはそこではなく。
私と茜の、ある意味では後輩と呼べなくもない新たな魔法少女さんについてのお話ですもの。
さすがに興味がないわけではありません。直接会って、お話を伺って、必要があればその身に宿る無知を知っていただきましょう。
「よし。詳しい話は拷問室の奴に聞いてくれ。色々経緯やらコツやらを教えてくれるだろうさ」
「ローパー怪人さんですわね。諸々了解いたしましたの。お風呂上がりに早速お伺いさせていただきます」
確かにあの人は凄腕の調教師ですからね。生意気な牝馬を分からせたら右に出る者はおりません。
伊達に108もの密手をお持ちではありませんし。彼からノウハウを直接的にしろ間接的にしろ色々ご伝授いただきましょう。今から楽しみですの。
「あ、お話終わったー? 揉み揉み再開していいー?」
「ダメですのッ」
それ、あなただけのムスコではございませんの。
ずるいですの私にも触らせろ畜生め、ですのッ!
ざっちゃんばっちゃんと水飛沫が飛び散ります。
うふふ。まったく私も茜も元気ですわねぇ。
アレだけ汗水を垂れ流しましたのに。
「はぁーあ。……なんやかんやでこんな場所でも仕事の話しちまうんだよなぁ。身体休めに来たはずなのによ」
「それって間接的に私のせいって仰りたいんですの?」
「いやそういうわけじゃないけどさ。お前ってホント変わってるよな。ブルーくらいならもんだぞ、この施設内で、こういう話する奴」
「よく言われますの。遠慮なく頼り甲斐があると宣ってくださいまし」
腰に手を当ててフンスとドヤ顔を見せて差し上げます。
ふぅむ。な、なんですのその乾いた笑いは。んもう。
後で覚えておきなさいですの。
そのうち真夜中に反撃させていただきますからね。
私もフッとクールな微笑みを返しておきます。
「では、私たちは充分に堪能させていただきましたので、一足先に失礼いたします。ほら、上がりますわよ茜」
「ええーもっと総統と遊んでたーい」
「これ以上はご休憩のお邪魔になってしまいますでしょう」
「ふへーい」
聞き分けがよくてよろしいですの。
そんなあなたにはお風呂上がりの牛乳を差し上げますわね。
乳製品をたっぷり摂取して、せいぜい地道に成長なさればよろしいのです。牛歩レベルでしょうけれども。
牛さんになれるのは何年後のお話でしょうね、うふふ。
次回から、物語が動きます。多分。