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私が、守って、あげるからね

 

 拘束具とヘルメットが外れて、ようやく茜さんのお顔が露わになりました。はぁはぁと息を漏らしながらこちら側にばたりと倒れ込んできます。


 両手で受け止めたお体はべったりと汗に濡れていらっしゃいました。


「茜さん!? 大丈夫ですの……って熱ッ!?」


 思わず声を漏らしてしまうほど、彼女は熱を持っていらっしゃいました。抱えながらに額に手を当ててみると、それこそ触れているのも煩わしく思えてしまうくらい高温度になってしまっているのです。発熱という言葉が優しく思えてしまうレベルですの。


 今まで相当な負荷に耐えていらっしゃったのでしょう。噴き出した汗の量といい、目に見える疲労感といい、直前まで気を失わなかった彼女の精神力の高さを窺い知ることができます。



「……みれ、美麗、ちゃん……」


「茜さん! 気が付かれまして!? よく頑張りましたの! もう安心ですのよ!」


 ぐったりとしたまま起き上がれないようですが、幸いなことに意識ははっきりとしていらっしゃるようです。とりあえず一安心ですの。


 私の胸に寄りかかる彼女の頭を撫でて差し上げます。


 ヒーロー連合の忌々しい捏造記憶を消し去ることが出来た今、私たちに怖いものはありません。早く休んで英気を養いましょう。それくらい許されて当然ですの。貴女の頑張りをこの場にいる誰もが認めているはずなのですから。


 総統さんに頼めば今すぐにでもふかふかのベッドと暖かいお布団をご用意してくださると思いますの。汗にまみれて気持ちが悪いかもしれませんが、今は体と頭の休息が第一ですの。ご堪忍くださいまし。



 でも、さっきの茜さんが呻き声をあげなくなった、あのタイミングでの不安感はなんだったんですの……?


 アレはただの杞憂でして? こういうときのマイナスのイメージって、外れた試しが無いものですから……。



 一瞬物思いに耽る中、ぴくりと茜さんが動かれました。



「……どうし、よう」


 安堵する私を他所に、茜さんは()()()()に震えた声をお出しになります。胸に埋もれるのを止めて、酷くゆっくりとした動作で頭をお上げなさいます。


 その瞳には、大粒の涙が溜まっていらっしゃいました。


「……ダメなの、何にも思い出せないの。私がここにいる理由も、今まで自分が何をしていたのかも……美麗ちゃんが私と一緒にいる理由も……。全部、全部にモヤがかかってるの。思い出そうとすればするほど……頭の奥が……ズキズキって……痛く……ウグッ」


 まるで大切な宝物を無くしてしまったような、幼い子供のような目で私をお見つめなさいます。とても不安げで小動物じみたお顔です。



――ああ。控えていた不安感は、これでしたか。


 無理矢理消された記憶に脳の処理が追いついていないのか、彼女自身が混乱してしまっていらっしゃるようなのです。


「……茜さん……えっと……その……」


 私も言葉が意図せず引っ込んでしまいます。


 今日これまでに何が起きたのか、ご説明して差し上げるのは簡単です。しかし、何がトリガーとなってまた連合側の邪な捏造が元に戻ってしまうか分かりません。それに今の不安定な茜さんにお伝えしたところで、それが彼女にとって有益な情報になるのか、それとも……。



「あのね、美麗ちゃんが、私の大切な存在だって……それはなんとなく、分かるの……。でも……それだけ、なの……私、どうしちゃったの……?」



 ぷるぷると震える彼女を見て、その思いがますます強くなってしまいます。真実をお伝えしても、今よりもっと深く混乱させてしまうだけではないのでしょうか。


 一度落ち着かれてから、時間をかけて現実を見つめ直した方がよいのではないでしょうか。


 そう、ですの。その方が、絶対に……っ。

 


「茜さん。今は、深く考えなくていいんですの。お体を休めてから、ゆっくりと整理することにいたしましょう? お疲れの、まま……で……は……いいごど……な……んで……」


 ありませんの、という言葉は私の口からは出てくれませんでした。


 代わりに出てきたのは……この二つの瞳から絶え間なく零れ落ちる、大粒の心の雨でした。



「ぅぅぇえ、あが、ね、ざぁぁあん」


「美麗、ちゃん? いきなりどうしたの? どうして、美麗ちゃんが泣いてるの……? どうして笑顔なのに、そんな悲しそうな目をしてるの……? 美麗、ちゃん……?」


 気丈に振る舞いたいこの心とは裏腹に、ポロポロと涙が流れ出てきてしまいます。初めは一粒一粒だった雫も、やがては止め処なく流れ続ける小さな滝となり、眼下の茜さんを濡らしてしまいます。


 すみ、ません、わね。私の涙を浴びせてしまって。不快ですわよねこんなの。今すぐ止めて、差し上げますから……お待ち、くださ……うぅ。



「ぅぅ、うぅえぇえぇえぇええぇえ……」


 ダメですの。全然止まってくださいませんの。


 茜さんを諭そうとしていた私自身が一番泣きじゃくってしまっておりますの。私の涙腺が少しも言うことを聞いてくださいませんの。



 この涙の理由は自分が一番理解しております。


「うぅぅうぅぇえっ、えぇぇええええ」


 貴女とまた他愛もないお話が出来るのだというこの上ない喜びと、もう思い出話をすることはできないのだという無限の悲しみが、同時に溢れ出てきてしまっているのです。


 やりどころのなかった感情が今まさに崩壊してしまっているのです。


「ぅぇぇぅうぁあぁあ……どうじで、ごんな目に合わなければなりませんの……私と茜さんが、なにをじだっでいうんでずのぉぉ……ごんなのって……ごんなのっでぇええ……」


 茜さんの中では、楽しかった頃の魔法少女の思い出まで全て失われてしまったのです。それが忍びなくて仕方ないのです。


 私のことを覚えていてくれただけでも十分嬉しいのですが、ただそれだけという現実が悔しくて仕方がないのです。


 ……寂しくて、悲しくて、仕方がないのです。


 彼女が無事に戻れたことを喜べばいいですのに、それ以上のことまで求めてしまいます。プラスの感情とマイナスの感情がぐるぐると目まぐるしく混ざり合い、私の涙腺と脳を狂わせてしまうのです。


 今の私に感情を制御する力なんて残っておりませんの。



「がわいぞうでずの……ごんなの、あんまりでずの、おがじいですのぉお……でも、本当に本当によがっだんですのぉぉ……ぉお」


 今の今まで我慢していた分が、一気に溢れ出て来てしまうのです。



「……美麗ちゃん。……大丈夫だよ。私がいる、から。私が、守って、あげるからね」


 ふらふらの手で私の頭を撫でてくださいます。


「ぞれば……ごっぢの台詞でずのぉぉ」


 私も茜さんを抱きしめます。いつもより余計に熱を持った彼女の身体を、とても愛おしく感じてしまいます。

 

 命の危険を感じずにお話できるのはいつ以来なのでしょう。こんな安心できたのはいつぶりなのでしょう。


 もっとやるべきことがあるのは重々理解しております。装置から解放された茜さんが今どのような状態なのか、ローパー怪人さんにキチンとご説明いただく必要がございますの。けれど、そんなのは後でいくらでも出来るのです。


 今はただ……彼女の温もりを、この身に存分に実感させてくださいまし。


 

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