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私を……貴女のお友達を、信じてくださいまし

 

 今もなおガタガタと震え続ける茜さんを見て、思わず目を瞑ってしまいそうになります。けれど、改めて奮起してこの目に映し直します。


 たった今茜さんが頑張っていらっしゃるのです。必死に戦っていらっしゃるのです。それを見届けずして何が責任ですの。


「みれ、みれ、ミレぁぁああぅァああ」


「茜さん……ッ!」


 彼女の体の震えは貧乏揺すりなんていう生優しいモノではありません。もはや痙攣と呼ぶしかないそのご様子に、私は唇の端を噛むことしかできませんでした。


 顎からも肘の先からも汗が滴り落ち、床に大きな水溜りを作っております。ヘルメットの中から微かにビリビリという電気的な音も聞こえますの。


 何が起こっているのかは想像できませんが、少なくとも相当な負荷が掛かっていることは分かりますの。



「進捗35%二到達。奴ラノ精神洗脳ノ軸ヲ捉エマシタ。コレヨリ直接干渉ニ移行シマ……ッ!?」


「あぐぅァアあッ!? あぁ……あ……?」


「どうなさいまして!?」


 突然ローパー怪人さんのうねりが止まりました。


 同時に茜さんの身体の引き攣りも少しだけ収まります。筋肉の強張りから解放されたのか、肩で息をするようにぐったりと椅子にもたれ掛かっていらっしゃいますの。


 プシューっという空気の抜ける音ともに、ヘルメットの隙間から汗が白い蒸気となって辺りに漏れ出してきました。中は相当な熱が篭っていらっしゃるようです。


 ただでさえ生温い空間だといいますのに、これ以上熱にうかされてしまっては意識を保つことさえ叶いませんでしょう。今すぐ冷風器か何かで冷たい風を送って差し上げたいところですが、生憎この近くにそんなものはございません。



「おいローパー、こんなときに故障か!?」


「イエ、ソウデハアリマセン。此方ノ手デ一時停止イタシマシタ。……見方ニヨッテハ、故障ヨリモット酷イ状況カト思ワレマス」


「どどどういうことですの!?」


 故障でこのまま放置よりまずい状況とは!? それとも茜さんの肉体的なお話ですの!? 熱を出して痙攣する以上に酷い具合となると、残されるは即卒倒ですの!? 泡吹いて気絶して最悪は心停止ですの!? 


 そんなのさすがに認めるわけにはいきませんの!


 急いで茜さんに近寄って、その手を握ります。


 一瞬ローパー怪人さんの触手が近付くのを遮ろうとなさいましたが、すぐさま引いてくださいました。私の心を尊重してくださったようです。ありがとうございますの。


 洗脳除去が完了していない以上、無意識に爪を立てられてしまう心配も無いわけではありませんでしたが、そんなことは気にしていられません。


 今の私に何かが出来るわけではありませんが、すぐ傍に居て差し上げることくらいはできますの。



 こんな……あからさまに火照った体で……肉体的にも精神的にも負荷を受け続けていらっしゃるだなんて……! もはや苦痛のレベルは私の想像を超えております。


 茜さんの手、とんでもなく熱いのです。こんな状態で治療を続けなければならないだなんて普通なら考えられないことなのです……! 

 お願いしますの。どうか早く終わらせてくださいまし……! 


 祈るような気持ちで両手で握り締めます。



「おい! 何が分かったんだ!?」


「……ヤラレマシタ。ひーろー連合ノ奴ラ、コノ娘ノ〝魔法少女ソノモノノ記憶〟二、直接洗脳ヲ結ビ付ケテキヤガッタノデス……!」


 魔法少女そのものの記憶、と仰いまして? どういうことですの?


「私にも分かるようにご説明くださいまし」


 茜さんの手を握りながら、私はローパーさんの方に首を向けます。彼は今もウネウネと悩ましそうに体と触手をうねらせていらっしゃいますの。



「……要スルニ、魔法少女ノ記憶ヲ消サナイ限リ、奴ラノ洗脳ヲ解除スルコトモ出来ナイ、トイウコトダ。魔法少女イコール断罪者トイウ紐付ケガ完了シテシマッテイル」



 魔法少女=断罪者、ですって?


 何を仰っているんですの……?


 魔法少女はそんな野蛮なものではありません。悪を退け、弱きを助ける正義の使者ですの。皆助け合って平和な日常を手に入れようと毎日躍起になっているはずなのです。

 同族狩りをする為に存在しているのではありません。


 けれど、その偽りの前提が、捏造された記憶が、茜さんを苦しめているのだとしたら……。取り除かなければ、茜さんが楽しく笑うことができないのであれば……。



 ……あ。



「……っていうことは、茜さんは……私との思い出を、ほとんど全部、忘れなければいけなくなってしまいますの……?」



 彼女との思い出は、ほぼ全てが魔法少女としての活動と紐付いております。

 

 私を助けてくださったあの日の出来事も、学校の裏山で一緒に修行した熱い日々も、帰りがけに二人で星を見たキラキラな思い出も、共に力を合わせてカボチャ怪人を倒せたあの安堵と達成感も、全部、全部……茜さんは忘れなければならないんですの?


 ……それだけではありません。


 商店街での食べ歩きだって、授業中での居眠り連発だって、全部が全部、魔法少女としての活動内で起こったイベントですの。全てパトロールや警戒体制での出来事なのです。



「……ソウナルナ。断片的ニハ残ルカモシレンガ、朝方ノ儚キ夢ノヨウニ、明確ニ思ニ出セルモノデハ無クナッテシマウダロウ」


「……そう、です……の」



 茜さんは魔法少女の活動の為に毎日を過ごされていたような方ですの。プライベートの時間を減らしてまで、あの街の為に尽くしてきた方ですの。関連性が無いモノが無いと言っても過言ではありません。


 私は茜さんのことを全て知っているわけではありません。けれど、彼女から魔法少女を除いてしまったら……後に何が残ってくださるんですの……?



 そこに、私は残っておりますの……?



 底無しの慈愛も、面倒見の良さも、前向きさもひた向きさも、それらは彼女の心に紐付いたモノですの……? それとも魔法少女としての責務から生まれ出でた要素なんですの……?



「……どうしてこの世界(現実)は、こんなにも冷たくて……残酷で……」


 たしかに、私自身が覚えていればそれでいい……とは言いました。でも、それでも、本当の本当に失ってしまうだなんて、二度と思い出せなくなってしまうだなんて、そんなことは机上の空論で、実際はあるわけないんだって……半ば心の中では否定していたくて……。




「私……わす、れちゃ……う……の……?」


 

 シュウシュウと湯気を立てる茜さんが、息のような声を漏らしました。



「……どうして、ねぇ……どうして……?」



 ヘルメットの隙間から、一筋の(しずく)が零れ落ちます。



「…………嫌……だよ……美麗、ちゃん……」



「……私だって、嫌ですの。でも、このままでは貴女はずっと苦しめられたままですの。意図しない思いに駆られて……少しも自由に、生きられませんの」



 辛く苦痛に歪んだ顔を見るくらいなら、いっそのこと一から、もう一度……!




「何があっても私は貴女の側に居ますの。だって、私たちは〝相棒(親友)〟なのですから。だから私を……貴女のお友達を、信じてくださいまし」


 


無意識的に

第46部のサブタイトルと

ほぼ同じサブタイトルになりました。


あのときは……美麗ちゃんが

魔法少女になる決意をしたとき、でしたね。

 

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