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糸を引く程にしっとりと濡れそぼって


 平然を装おうといたしましたが無理でした。


「こち、こちらこそ、よよよろしくお願いいたしっ」


 自分の予想以上に声がうわずってしまいます。


 彼から感じる威圧感といいますか、ここまで現実離れした存在とはさすがに対峙したことがありません。初めて総統さんにお会いした時の感覚とも異なります。

 あちらは身体の神経そのものを押さえ付けるような絶対的な恐怖でしたが、今回はまるで直接脳を揺さぶりに来ているかのような……?


 そんなくすぐったい好奇心と自身の知らぬ恐れとが同時に溢れて出てきてしまうのです。


 近くで見るとより異質さが際立ちます。しかしながら決して不快な見た目というわけでもなくて、なんというか、その……ある種では可愛らしさも感じますの。とにかく興味を引かれてしまうのです。目を離せません。


 まじまじと見つめるのも失礼だとは思いますが、胸の奥底が騒いでしまい、上手く行動に反映させることができません。


 どうしてもゆらゆらと揺れる触手を目で追ってしまいます。見つめていると、頭がぼーっとしてきてしまいますの。


 その体表は糸を引く程にしっとりと濡れそぼっておりまして、ツヤツヤてらてら面妖に輝いていらっしゃいます。質感も見るからにプニプニもちもちとしていて触り心地がよさそうです。


 グッと抱き締めたり、逆に何本かの触手で巻き付いていただいたりしたら……とっても気持ちがよさそうな――



「ナルホド、首輪持チカ。ナラバ」



――あ、いえ、なんでもありませんの。


 今の今まで脳内がフル活性化してしまっておりましたが、ようやく冷静さを取り戻すことができました。どうかしてましたの。猫じゃらしを前にしたネコの気分でしたの。戯れることに夢中で周りが見えておりませんでしたの。


 思い返せば、今は茜さんのターンなのです。私が世界の中心ではありません。今一度気を取り直して平常心に戻ります。



「コノ身体ヲ見テ動揺シテシマウノモ無理ハナイ。()()()()()()代物ダ。自分ノ見タ目ニツイテハ有ル程度把握シテイル。総統ノオ気ニ入リヲ取ッテ食ウツモリハナイカラ、ヒトマズ安心シテ欲シイ」


「ふぅむ? 了解いたしましたの」


 そう言うと、彼はそそくさと私の横を通り過ぎて、茜さんの座る椅子の方へと向かわれました。

   

 彼が微笑んでいたかどうかは掴めず終いでしたが、とても穏やかで和やかな方に感じます。あくまで客人として、一線を引いてくださっているようなご様子です。少なくとも悪人というイメージは生まれてきておりません。



 ……にしても、一瞬不思議な感覚に囚われてしまいましたが、さっきまでの感情は何だったのでしょうか。今はもう何ともありません。


 まるで無理矢理感情を増幅させられてしまったかのような……無意識下で何か得体の知れないチカラが作用していたかのような……。

 


 チラリ横目で総統さんを見てみましたが、何やらニマニマと含んだ笑いをしていらっしゃいます。


 私の視線に気が付いたのか、一歩近付いてくださいました。

 

「な? ローパーってなかなか面白いヤツだろ? ああ見えて結構頼れる奴なんだ。仕事は真面目だし戦闘力も高いし物腰も身体も柔らかだし。さすがはウチの上級怪人(幹部)だな。格が違う」


 うんうんと自信ありげに頷いていらっしゃいます。この仰りようから察するに、とても優秀で信頼のおける部下なんでしょうね。


 とはいえ総統さんだって、カメレオン怪人さんからもハチ怪人さんからも、更には一般戦闘員の皆様からもとても慕われていらっしゃるじゃありませんの。貴方自身が強さも優しさもピカイチですの。


 それだけではありません。貴方の下の怪人さん方だって、見た目は怖そうだったりマトモではなさそうに見えますけど……案外お話してみたら皆さんちゃんとしていらっしゃいますの。己の芯がハッキリしてますの。とても親切な方ばかりですの。



 総統さんの人望ゆえなのか、それがこの秘密結社の社風なのかは分かりませんが、温もり溢れるアットホームな雰囲気は嫌いではありません。むしろとっても居心地がいいのです。



「……人を見た目で判断してはいけない、ということを再認識いたしましたの。大事なのはお心ですのね。あ、えっと、怪人さんって人扱いで合ってますの?」


「ああ。是非そうしてやってくれ。その方がアイツらも喜ぶ」


「了解ですの」


 私もここにいる方々が〝悪〟の怪人の皆さんだという偏見は持たないで、一人一人が〝生命〟と〝心〟と〝使命〟に燃えた秘密結社の一員さんなのだと思って接していくことにいたしましょう。


 誠心誠意振る舞えば皆さん優しくしてくださるはずです。私の本質を曲げることなく、これからも堂々と接していこうと思いますの。


 


 改めて冷静な頭でローパー怪人さんを見つめてみます。


 真面目そうな彼は、茜さんの座る装置の上部に取り付けられたヘルメットをしきりに気にされているようです。使用前の最終点検中なのでしょうか。ほら、いかにも職人気質で頼り甲斐がありそうですもの。



「ローパー。準備は大丈夫そうか?」


 総統さんが彼にお声がけなさいます。


「ハイ、ツツガナク。程度ニ応ジテ設定状況ヲ見直セル設計ニシテオリマス故ニ、止ムヲ得ズノ高出力モ選択可能ニナッテオリマス。コレハ最後ノ手段デスガネ」


「ああ。そうならないことを祈ろう」


 やや離れたところにいらっしゃるせいか、喉仏がこんにゃくと化したようなぷるふにゃ潤い声の半分も聞き取れませんでしたが、支度が整ったことを総統さんの口振りからお察しいたしました。



「どうか、よろしくお願いいたしますの」


「ああ。お前も祈ってくれ。そしてあの子に話しかけてやってくれ。言葉は届くさ。どんな状況でもな。んじゃそろそろ始めるぞ」



 総統さんが片手を振り上げました。合図をご確認なさったローパー怪人さんが、装置上部のヘルメットに触手を伸ばしてゆっくりと下ろしていきます。


 今、茜さんの頭がすっぽりと収まりました。

明らかに異様なオーラを放つその光景は、これが正規の治療法ではないことを暗に物語っているようです。


 決して目を背けず見届けま……いえ、私もこの空気に参加いたしますの。当事者として、責任者として。彼女の相方として。


 それが私の務めなのです。



「デハ、すいっちヲ入レマス」


 ジメジメとした生温い空間に、ローパー怪人さんの潤い声が響き渡りました。

 

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