尋問や洗脳のスペシャリスト
今もなお頭の下にお手を敷いてぷにぷに感を楽しんでおりますが、起きろと言われてしまっては仕方ありません。名残惜しさを捨ててでも、私たちは前に進まなければならないのでございます。
起こされたということは、そろそろ茜さんが目を覚ましてしまうということですのね。今ここで目を覚まされては、彼女はまた苦しい思いをなさってしまうということなんですのよね。それは私の本意ではありません。
駄々を捏ねずに素直に半身を起こします。そして大きく伸びをしたのちにベッドから降り立ちます。
数回膝の屈伸をしてみましたが問題ありません。
筋肉痛のような痛みは若干残っておりますが、肉体的疲労はほとんどありませんの。昨日のエステがだいぶ作用してくださったようです。パーフェクト美麗、これにて復活でございますの。
「あらあら、意外なほど素直ですわねぇ。お菓子をねだるお子様みたくもう少しグズられるかと思いましたのに」
私の返答に、ハチ怪人さんはそこそこ驚いたような顔をなさっておりました。ふふふ、あんまり見くびっていただいては困りますの。これでも現実を見つめ直す力は今日までに幾度となく養われてきたのですから。
「ええ、昨晩のうちに覚悟を決めておりましたの。さぁ、茜さんが目を覚まさないうちに、速やかに再洗脳を施してくださいまし。これが私の答えですの」
「よろしいでしょう。ならば自ら彼女をお背負いなさい」
え、私がですの?
思わずぽかりと口を開けてしまいます。我に返ってすぐさま閉じ直しました。
いえ、身長体重共に平均以下の小柄な茜さんですから、非力になってしまった私でも難なく担ぎ上げられるとは思いますが、それにしたって総統さんや他の男性方にお手伝いいただいた方がより安全な運搬を……。
問いの目を向けようとした丁度そのときでした。
「他でもない、あなたが〝背負う〟のです」
ハチ怪人さんが真っ直ぐな言葉を向けてきたのです。
曇りのない瞳でこちらを見つめていらっしゃます。昨日のような言葉の裏表は感じさせません。彼女の本心そのもののように思えます。
……今朝はよく眠れたからでしょうか。
一瞬で彼女の真意を理解してしまいました。
私と違って……茜さんは〝自ら〟魔法少女を辞めるわけではないのです。
正確には私に強制的に辞めさせられるのです。
彼女が戦いたくないと仰っていたのは紛れもない事実です。しかし、それが一時的に戦いたくなかっただけなのか、夢の中でただ魘されていただけなのか、その詳細は誰にも分かりません。
私と彼女の安全の為だとはいえ、またやむなく再洗脳するしかないとはいえ、私は私の意志で皆様に処置をご依頼いたしますの。
その責任を今から自覚しろと、ハチ怪人さんが暗に仰ってくださっているのです。
「分かりましたわ」
彼女を抱き抱え、この背中に背負います。長らく動かれていないせいか、細いお身体がより細くなったように感じます。
再洗脳が無事に終わって、少し落ち着いたら聞いてみてもよいかもしれませんわね。
ほとぼりが冷めたタイミングなら私の行為を笑ってお許しくださいますでしょうか。それとも怪人さんの手をお借りするだなんてと罵りますでしょうか。茜さんに限ってそんなことはしないとは思いますが一抹の不安もないとは言い切れません。
「それでは、着いてきてくださいな」
前を歩くハチ怪人さんの後に続きます。昨晩彼女らが消えていった反対側の扉へと向かわれているようです。
この向こう側は見たことがありません。白一色の世界から抜けた先にあるものは……なんだか、暗くてジメジメとした陰気臭い場所でした。初めて足を踏み入れます。
先程のはちみつの香りが舞う素敵病室から一変して、生温い湿気が満ち満ちておりまして、こちらは何とも不快な感じが漂う空間です。
ガチャガチャとしたよく分からない機械や、所々赤く変色した器具らが所狭しと並び積まれております。
少し開けた空間で、ハチ怪人さんが立ち止まられました。
中央にはヘアサロンにありそうなヘアセット用可動椅子のような装置が設置されてあります。椅子に座ったら、頭にヘルメット的なモノをカポリと被せて温熱波を当てるようなあのチェアです。
ヘアサロンのものと決定的に異なっているのは、手置きや足置きの部分に頑丈そうな拘束具が備え付けられていることでしょうか。明らかに物騒ですの。
メイドさんが深夜に観ていらしたホラー映画に出てきた……ええと、電気拷問椅子に近いのかもしれません。
あんなモノに茜さんを座らせますの?
ハチ怪人さんに目で確認を取ってみましたが、こくりと何食わぬ顔で頷きをお返しくださいます。どうやら間違いないそうです。
「私、五円玉を紐で吊るして顔の前でブラブラさせるとか、そういうライトなモノだったらと暗に願っておりましたの」
こんなThe 洗脳装置と呼ぶしかないようなブツを見せつけられてしまいますと、茜さんをここに座らせるのも気が引けてしまいます。
「貴女……ヒーロー連合の技術をそんな柔な催眠で上書き出来ると本気で思っていらして? どれだけ甘チャンなのでしょうか。徹底的にやらねばとても抵抗できませんでしてよ」
「分かっているつもりではおりましたが……」
「一度始めたら、彼女と貴女、両方の安全が確保されない限り、装置を止めることはできません。情のために〝非情〟になりなさい。昨日の今日で私たちを信じろとは言いませんが、彼女の為を思うなら、貴女の決断を大切になさい。
もうじき総統様と心強いプロの方がお越しになります。その前に、準備をば」
分かりましたの。
言葉には出さず、無言で茜さんを椅子に座らせます。両手両足とも、備え付けられた金属拘束具でしっかりと固定いたします。これで身動きひとつ取れなくなられました。
目を覚まされても暴れられる心配は無さそうですが、入院した初めの頃のベッドに拘束されていた姿を思い出してしまい、ちょっとだけブルーな気持ちになってしまいます。
まさか自分が行う側になるとは思ってもおりませんですの。けれど、これも彼女の〝治療〟の為、手荒になってしまうのも仕方がないことなのだと自身を納得させます。
「茜さん。もう少しの辛抱ですの。すぐ楽になりますからね。ファイトですのよ」
未だ目を閉じて、くぅくぅと寝息を立てていらっしゃる茜さんの頭を撫でて差し上げます。この世に頑張りパワーがあるのならばこの手の平から発射したい気持ちですの。
私が変わって差し上げることはできないのです。私にできるのは見届けて、どんな結果になっても最後までお付き合いすることですの。
生きていれば何とかなりますの。何とかする為に今を生きているんですの。
きっと……きっと茜さんも分かってくださるはずです。
「総統様方が、お見えになりましたわ」
ハチ怪人さんの呼び声に、私は振り向きます。
白軍服に白軍帽、白軍靴の純白の総統様のお隣には……えっと? 何ですのこの生物。少なくとも一見では人には見えませんでした。
クラゲともイソギンチャクとも形容できない……半透明の魚肉ソーセージみたいなお身体? から何本もの触手がウネウネと伸びていらっしゃいます。一本一本別々の動きをしておりますの。非常にワキワキしておりますの。
かろうじて二本の足は見えますが、どちらかといえばその周りの下半身側の触手で身体を持ち上げていらっしゃるようにも見えます。それで床を滑るように移動なさっておりますの。
どう見ても特異な存在です。ハチ怪人さんやカメレオン怪人さんのような人型に素体の特徴を表した感じではございません。まるっきり別物な奇妙奇天烈そのものです。
「待たせたな。紹介しよう。コイツはローパー怪人だ。尋問や洗脳のスペシャリストで、心も体も陥落させる――いわゆる調教の達人ってやつだ」
ローパー……? ロープ? 縄?
それって生き物なんですの?
いたとしても架空の怪物ではございませんの?
もしかして怪人って何でもアリなんですの? 人型でなくても? 動物素体でなくても? というよりお顔はどこなんですの? お目々は? お口は? そもそも意思の疎通は可能なんですの?
頭の中で様々な疑問が飛び交いますが、想いに耽っている場合ではございません。
ローパー怪人さんとやらが私の目の前で停止なさいました。あ、近くで見てみると意外に身長が高いです。180cmはゆうに超えていらっしゃいますでしょうか。
「ヨロシクナ。ぶるートヤラ」
「あ、喋れるんですのね……っ!」
ぷるぷると水の中のような独特な声でお喋りになりました。ギリギリ聞き取れましたが注目していないと難しそうです。
世の中まだまだ知らないことが沢山ありすぎて怖いですの……っ!